20 これからも


自分の手足と口元が震えているのが、容赦なく吹き付ける冬の寒さの所為なのか、それとも赤司を目の前にして遂に気持ちを打ち明けようとしている所為なのか、名前にはわからなかった。

「赤司くん、困らせてしまうかもしれないけど、聞いてほしい…」

再びぎゅっと両手を握り締める。思い切り深呼吸してみても、いつもより喉が狭くて苦しい。目も痛々しく腫れ上がって、顔も真っ赤で。きっと今の自分は自分が思ってる以上に酷いだろう、と名前は心の中でそんな自分を笑いながらも、声援を送った。震える口を開いた時、静かに名前を見つめる赤司がこくり、と喉を鳴らした。


「赤司くんのことが、好き…!」


口にした途端、気持ちが溢れ出して止まらなくなる感覚。

「ちゃんと、伝えたくて…っ!あんな終わり方なんて、あんまりだから…」

そう言った時、名前は泣いてしまいそうになったが、咄嗟にぐっと堪えた。遂に、伝えたんだ。赤司くんがちゃんと、聞いてくれてる。ただそれだけが嬉しくて、それでもやっぱり怖くて、名前は赤司を直視できずに俯いた。


「…実は、そうなんじゃないかなって…昨日よりもずっと前から思っていたんだ」

「え、…え?!」


まさかの赤司のカミングアウトに勢いよく顔を上げた名前は、顔を赤くさせればいいのか青くさせればいいのかわからずに混乱した。(じゃあ、赤司くんはもうずっと前から私の気持ちに気付いてたってこと…!?)今までの出来事を一瞬で思い出して、名前は顔を隠さずにはいられなかった。

「…でも、苗字さんが今こうして伝えてくれたことで、自惚れなんかじゃない、実感が湧いたよ」

名前が沸騰しそうな頭で赤司の言葉を冷静に整理し始めると、赤司は赤く染まった頬を隠すように目を逸らしながら右手で口元を覆い、未だに混乱し続ける名前に「…1つ、聞いてもいいかい」と声をかけた。


「…俺で、いいのか」


切なそうに眉毛を下げた赤司がちらり、と名前を見つめる。赤司の思わぬ謙遜に、名前は吃驚してしまう。

「わ、私は!赤司くんじゃなきゃ、駄目なの!」

勢い余ってかなり大声で伝えてしまったことにハッとして赤面する。慌てふためく名前を見て、赤司は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。

「昨日、田中くんが君に告白しただろう…俺はそれを聞いて苗字さんが誰かに取られてしまうと、初めて焦りを感じた。…吃驚、したんだ。俺は君のことになると、こんなにも余裕がなくなってしまう…」

“どうしたらいいか、わからなくなってしまった”名前はそんな赤司の言葉を聞いて、昨日あの時、赤司が何故去って行ってしまったのか、わかった気がした。


「…どんな赤司くんも、好きだよ」


「ああ…俺も苗字さんが好きだ」


小さく、伝えあった同じ気持ちをどうしようもなく疑ってしまうくらいに、信じられない奇跡が起こってしまったと思った。名前の耳には世界の音が聞こえなくなって、ただ、彼の微かな息遣いと、自分の鼓動だけが全てを支配していた。我慢していた涙がぽろっと呆気なく溢れて、地面に落ちていった。名前は流されるように赤司と同じようにしゃがみ込んだ。

「…私、クラシックなんて聴かないよ。仲良くなりたいきっかけ作りだった…食堂で赤司くんの隣に座ったのも態とだし、映画なんて口実で、ただ赤司くんと一緒に居たかっただけなの」

しっかり見つめ合った2人はお互いの揺れる瞳を綺麗だ、と思っていた。赤司はじっと、ただ名前がぽろぽろ涙を流すのを黙って見つめていた。

「ずるい、でしょ。私、本当はずるくて、臆病で、弱くて…こんな、こんな私でいいの…?赤司くん、」

「愚問だね…俺だって苗字さんじゃなきゃ駄目だし、どんな苗字さんだって好きだよ」

泣きじゃくる名前の髪を、赤司は愛おしそうに優しく撫でて、「それに、」と言葉を付け足した。

「…白状してしまえば、ホラー映画が観たいだなんて、俺は完璧に狙っていたね。車が通って危ないからなんて口実で、ただ、寂しそうに俯いた君を抱き締めたかっただけ」

観念したように眉を下げて微笑んだ赤司は、肩を震わせて涙を流しながら、ぱちぱちと瞬きした名前をそっと抱き締めた。

「似た者同士だな、俺たちは」

いつでも余裕そうな赤司が、心の内では葛藤していたなんて。名前は驚いたと同時に、じんわりと心が温かくなっていくのを感じた。(なんだ、赤司くんも私と同じ…)切なくて、臆病で、ずるくて、愛しくて…。お互い、恋をしていたんだ。ただ、それだけのこと。赤司が少し離れて、そっと名前の瞼を撫でる。

「こんなに腫らして…見るだけで心苦しくなるな。それなのに、こんなにも君が愛おしい」

ちゅ、と可愛いリップ音がすぐ近くに聞こえて名前は思わず飛び上がった。

「っぎゃあ!あ、あ、あ赤司くんなにを…っ!」

「ふっ…泣いたり照れたり、苗字さんは忙しいね」

さっきまで眉毛を下げて頬を染め、力無く名前を見つめていた赤司は何処へやら。いつも通り余裕そうに、それでもやっぱり少しだけ頬を染めた赤司が笑って立ち上がり、名前の手を取った。

「さあ帰ろう。」

自然と手を繋いで歩き出した赤司につられて名前も歩き出す。少し後ろを振り返った赤司があまりにも幸せそうに微笑むので、名前はまた泣きそうになった。繋いだ手はお互い冷たいのに温かくて。あの日ひっそり祈った、“理由もなく手を繋ぎたい”という夢がついに叶ったことを実感して、名前は下唇を噛み締めて顔に出てしまいそうな嬉しさを堪えて、赤司の手を少しだけ強く、握った。


end





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