08 入念な準備


「いやいやいや、絶対ピンクよ」

放課後制服のままショッピングモールを見て回るのは女子高生の穏やかな日常であるが、今日のハナ子と名前は心なしかピリリとした空気感に包まれていた。ハナ子は頑として首を横に振っている。名前は両手に持った薄手のニットセーターを見比べて、不満そうにハナ子一押しのピンク色の方を身体に当てながら、鏡とにらめっこしていた。

「私、ピンクなんて着たことないよ…」

「デートと言ったらピンク!女と言ったらピンクなの!」

「そ、そんなの聞いたことない!」

ハナ子の理不尽な台詞に軽く反抗しながらも、ピンクとは別のホワイトのニットを身体に合わせた名前は、やはりこちらの方が自分に合っている気がしてならないのだ。

「赤司くんも絶対白の方が好きだよ!」

「何を根拠に!」

「そもそも私、ピンクなんてキャラじゃ…」

自分がピンクのかわいらしいニットを着ている姿を想像した名前は青ざめた顔をして、サッとピンクのニットを元の位置に戻した。それを見たハナ子は不満そうにしていたが、名前はそれを無視して潔くレジに向かっていった。



「下はどうするの?」

「紺のタイトスカート持ってるから、それと合わせて…」

名前とハナ子は、フードコートで購入したドリンクを片手に、ぶらぶらと当てもなく歩きながら女子トークを繰り広げていく。

「それにしても、もう二人きりでデートしちゃうだなんて、名前も手が早いわね」

「えぇ!何その言い方!何かやめて!」

「褒め言葉のつもりよ。それより、ちょっとシュミレーションしときなさいよ」

「しゅ、シュミレーションって…」

意地悪にニヤつきながら名前を見るハナ子。そんなハナ子の視線に貫かれ、名前は動揺して顔を赤らめる。何も想像していない訳ではなかった。赤司との待ち合わせ、赤司の私服、赤司の隣を歩くこと…。きっとどんな時でもあの赤司はスマートにエスコートしてくれるに違いない。そんな完璧な赤司に対する自分が少しでも恥ずかしくないように、と今日は当日の服を買いにやって来たのであった。名前は購入したニットをちらりと覗いては、密かに心躍らせていた。





「苗字さん、ちょっといいかな」

お昼休み。突然赤司に話しかけられた名前は、箸で掴んでいた卵焼きをポロっと落とした。一瞬の間が空いて、名前は椅子がひっくり返る勢いで一気に立ち上がった。

「な、なに!赤司くん!」

「日曜のことだけど、」

赤司は気にせずに話を続けたが、目の前で名前のあからさまに可笑しい行動を見せつけられているハナ子は笑いを堪えきれずに、下を向いてぷるぷる震えていた。赤司はポケットから携帯を取り出して、名前に見せた。

「お互いに連絡を取れた方がいいと思ってね、連絡先を交換しておこう」

「へ、」

名前の世界が再び一瞬止まる。やがて赤司の言葉の意味を理解して、全力で頷いたものの、携帯を取り出す際に焦って落としそうになり、誤魔化す為にえへへと笑ってみせる。

「番号、口頭で伝えるよ」

「う、うん、ちょっと待ってね」

アドレス帳を開いて準備を整え、お願いします、と一言言えば、赤司が番号を言いながら名前の携帯を覗き込んできた。間違えないかしっかり確認してくれているつもりの様だが、その距離はあまりにも近く、名前としては心臓が持ちそうになかったため、やめていただきたいと心の中で思っていた。

「俺に一回かけてくれるかい?」

「わ、わかった!」

名前が言われる通りに発信ボタンを押すと、赤司の手の中にある携帯が震えた。すると、赤司は応答ボタンを押して、当たり前のようにその携帯を耳元に持っていく。

「もしもし、聞こえるかい」

名前の手元の携帯から、目の前から聞こえる声と同じ声が聞こえる。名前も赤司に流されるまま、携帯を耳元に当てがった。

「…聞こえます」

「よかった。登録完了だね」

赤司はクスクス楽しそうに笑いながら未だに携帯を耳に当てている。(もう、赤司くん、あんまりかわいいことしないで)名前は赤司の冗談にも本気で照れてしまい、赤くなった顔を隠す為に俯いた。赤司の笑い声がすぐ耳元で聞こえてくることに、名前の心臓が鳴り止まない。名前は、赤司は何て罪な男の子なんだろうと思った。

「じゃあ、またね」

そう言って教室を後にした赤司の背中をぼうっと見つめながら名前は、話していく度にどんどん彼を好きになっていく自分を誰にも止められなくなりそうで、ちょっぴり怖いと思った。




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