ふと目が覚めると、わたしは厨房の丸椅子に腰掛けて頬杖をついていた。
 しんと静まりかえった閉店後のパティスリー・スヴニール。ステンレスの冷たい作業台の上には食べかけのアップルパイがあって、ふんわりとスパイシーな香りが漂っている。

 ──研磨。

 ぼんやりとした意識のふちに、別れた恋人の姿が浮かぶ。名前を呼ぶと、記憶のなかの彼はすぐに振り向いてくれる。繊細なシュクレフィレのような琥珀色の髪を揺らしながら。
 いったいわたしたちは、いつから間違えていたのだろう。すべて忘れるには、共に過ごした時間はあまりに長すぎる。
 まぶたを閉じると、出会った頃の内気な背中がよみがえってくる。わたしがまだ彼のことを「孤爪くん」と呼んでいた、うら若き乙女だった頃の、きらめいた日々が──。



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