朝に弱いお人好しの話
学院の敷地内に存在する学生寮。男子寮のとある部屋の朝は、とても早い。
ぼんやりと空が白み始めた時間帯。まだ薄暗いにも関わらず、部屋の電気が点けられた。
「ヴェイセル。朝だ、起きろ」
同居人の眠るベッドの横をすり抜け様に、容赦なく布団を剥ぎ取っていくイレール。そのまま真っ直ぐに窓へと向かい、換気のためにと開け放つ。流れ込んでくる冷えた空気が心地よい。
しかし、その清々しさを味わうことなく、イレールは身支度を整え始める。放課後は仕事で予定の埋まっている彼にとって、朝は貴重な自由時間だ。自然を愛でることが無駄だとは思わないが、ゆっくりしている時間はない。
「ほら、ヴェイセル。寝坊するぞ」
ワイシャツに袖を通しながら、未だにベッドの上で身じろいでいるヴェイセルに声を掛ければ、呻くような声が返ってくる。起きようとする意思と、眠っていたい欲の間で、葛藤しているのだろう。眉間に深いしわが寄っている。
そもそも、朝の時間を有効に使いたいと思うのはイレールの事情だ。ヴェイセルは寝ていてくれても構わないのだが──実際、去年はぎりぎりの時間まで寝かせていたのだが、彼の事情が少し変わったことにより、今年から同じようなサイクルで生活を送っている。
言葉にならない声で何度か呻いた後、イレールがネクタイを締め終える頃に、ようやくヴェイセルが上体を起こした。
「………………しんどい」
「慣れれば普通、だろ」
青白さすら感じられる顔で呟くヴェイセルに水を手渡して、イレールは彼をベッドから追い出す。水分を摂ったことでいくらか動けるようになったヴェイセルが身支度を整えている間に、布団に風を通し、乱れたシーツを伸ばす。
二人分のベッドを整えたところで振り向けば、丁度、ヴェイセルもネクタイを締め終えたところだった。
「ありがと、イレール」
目はすっかり覚めたようで、てきぱきと脱いだ服を片付けながら礼を言うヴェイセル。どういたしまして、と応えたイレールは机に向かう。ちらりと窓の外へ目を向ければ、薄暗かった外の景色はだいぶ明るくなっていた。
少しゆっくりしすぎたかと頭を振り、授業の予習をすべく教科書を開いたところで、ヴェイセルも椅子に座る。
「今日も朝から大学部か?」
視線は手元に落としたままでイレールが訊ねれば、そうだな、と苦笑いを含んだ答えが返ってくる。
「クリスタ様が無事に登校したか、確認しないと……」
「大変だな」
「まぁ、俺が外で勉強していられるのは、クリスタ様のお蔭なところあるしな……」
苦ではない、と当たり前のように口にするヴェイセルに、思わずイレールも苦笑をもらす。
「ほんと、お人好しだよな」
ヴェイセルが従っているような、種族の繋がりやルールなど、人間であるイレールにはよくわからない。だが、尽くす大変さは知っている。
相手と自分の予定とを擦り合わせ、様子を確認しに足を運ぶ。聞くだけであれば簡単そうに思えるが、それだけのことが、周りが想像する以上に労力のかかる作業なのだ。その作業を、同族とはいえほぼ初対面だという相手に対して行っているのだから、感心してしまう。
しかも、万が一に備えて放課後の予定は空けておきたいと、生活サイクルすら変えて苦手な早起きまで続けているのだから、本当に人が好い。
「お人好しって……イレールには、言われたくないような」
「は? 俺が面倒見んのは、エメだけ。他人にまで気ぃ遣ってられるかよ」
言い切ったイレールに、うーん、と納得いかないようにヴェイセルは息を吐いて、それでも、特にそれ以上の反論をしてくることはなかった。
それからは、お互いが教科書のページを繰る音と、ペンを走らせる音だけが響く。窓の外に広がる空は青に染まり、一日の始まりを告げていた。
fin.
2019/06/23
