神の涙で満ちた箱庭



幸せを注ぐ天使


 それは、あるフレイの日の放課後。
 あと数刻もすれば始まるお茶会のため、ユリアは中庭でティーセットを準備していた。淡い黄緑のテーブルクロスに並べるのは、白地に橙色の花が控えめにあしらわれた金縁のティーカップ。まるで草原に花を咲かせるようで、知らず知らずのうちに鼻歌が溢れる。
 ふと顔を上げた拍子に、珍しい姿を遠目に見つけて、思わず手を止めた。

「……ユズリハさん」

 自分の主と同じ神聖術教師の使い魔である彼女は、普段から術者の傍に控えている自分とは違い、術者から離れて行動していることが多い。顔を合わせる機会こそ少ないが、同じ天使ということもあり、決して知らない仲ではなかった。
 彼女の赤黒く染まった羽根の理由も、知っている。知りながら、主の役に立てる彼女のことを、羨ましいと思ってしまう。

「………………」

 綺麗に並べたティーカップの位置を、意味もなく直して、ユリアは小さく溜め息を吐く。
 初めて主に喚ばれてから、決して短くはない時間が過ぎた今でも考えてしまう。彼の召喚に応えたのが、自分ではなかったら、と。
 主の役に立つ為ならば、努力を惜しもうとは思わない。だが、生まれ持った能力の性質ばかりは、どう足掻いても変えられるものではなく、何度も自分の至らなさを恨んだ。自分が治癒能力を備えた天使だったのなら、きっと役に立てるのに。そう考えては、悔やむことしか出来ない自分に嫌気が差す。

「ユリアさん」

 自分で思うより、深く考えこんでしまっていたようだ。主の声で、我に返る。
 ティーカップから手を離して、主──カーナーへと向き直った。

「な、何でしょう?」

「そろそろお客様がいらっしゃる頃合いなので、お茶の準備を始めてもらえますか?」

「はい、先生。すぐにご用意しますね」

 沈んだ気分を切り替えるように、努めて明るく笑顔を返して、ユリアは茶葉の入った缶を手に取った。
 蓋を開けた瞬間に香るのは、甘いものが苦手な主の為に選んだ深い味わいの茶葉。癖もなく、砂糖とミルクを加えても美味しい。きっとお客様の口にも合うだろう。
 丁寧に淹れなければ、と気合いをいれて、ティーポットへと茶葉を量り入れるユリア。その姿を眺めながら、カーナーはひとり静かに頷く。

「恵まれている、というのは、こういうことを言うのでしょうね」

 主の唐突な呟きに、ユリアは手を止めて顔を上げた。視線が合えば、カーナーはゆったりと微笑んで、続ける。

「暮らす場所があって、自分に出来ることがある。加えて、美味しいお茶を淹れてくれる使い魔までいるなんて、これは、ちょっとした贅沢ですよ」

 まるで、ユリアの悩みを見透かしたかのような言葉に、思わず涙が出そうになる。
 治癒能力を備えていない自分は、彼の授業において、役立つことなど無いに等しい。出来ることは、授業の準備などの雑用と、お茶を淹れることくらいで──それでも良いと、それで満足だと、主は言ってくれている。
 駄目だと否定した自分を、主は肯定してくれるのだ。

「……私のお茶が贅沢だなんて、先生は欲がないのですね」

「おや、そうでしょうか?」

 そうですよ、と頷き返して、熱いお湯をティーポットへ注ぐ。
 使い魔として役に立たない自分でも、主のために、ささやかな幸せを作り出すことは出来るのだろうか。ほんの少し、肩をほぐしてあげられるような存在で、いられるのだろうか。
 そんなことが可能ならば、それは。

「私、先生にもっと贅沢だと思っていただけるように、頑張りますから。期待していてくださいね」

 とても、贅沢なことのような気がした。





fin.
2019/05/27

thanks!!


⇒カーナー(翡奈月あみ さま)

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