Crack Clock



守りたいもの


 頬杖をついたテンの目の前には、派手な格好の少年──エートゥが座っている。どちらかと言えば貧困層寄りの人間が集う薄暗い酒場で、上機嫌に紙幣を数えるその姿は嫌でも人目を引いていた。
 髪と装飾に半ば隠された顔は中性的で、性別すら定かではない。世間話の一環程度に訊ねたことはある。一度目は「お好きにどうぞ」とはぐらかされ、二度目には「気になるんですか」と茶化されて、三度目にようやく「男ですよ」という答えが返ってきたが、本当かどうか疑わしい。
 自分の中性的な容姿は棚に上げて、テンは胡散臭げに目を細めた。

「はい、ぴったりですね」

 そう頷いたエートゥは、数え終わった紙幣を封筒へと戻す。一度、それを卓上へと置いて、一束の書類をテンへと差し出した。
 どこからともなく手品のように取り出されたそれは、日頃からタイム・セルを追っているテンの動体視力をもってしても突如として現れたようにしか見えず、益々胡散臭さを増長させる。

「そのぼったくりみたいな情報料、なんとかならないの?」

 受け取った書類を斜め読みしながら訊ねるテン。咎めるというよりは呆れたような色を含む問いかけに、エートゥは小首を傾げて微笑む。

「妥当な金額ですよ、此方だって危ない橋を渡っていますから。質についてはテンさんも納得して下さっているんでしょう?」

「……危ない橋、ね」

 テンからしてみれば、目の前の少年の一挙一動、全てが嘘臭く見える。だが、危ない橋というのは本当なのだろう。
 提供される情報は、速度も質も申し分ない。簡単に手に入れられるものでないことは、依頼している自分がよく解っている。加えて、余計な詮索もして来ない好条件な取り引き相手に対して、金銭を惜しむつもりは毛頭なかった。
 ただ、解せない。

「わっかんないなー。一般市民がわざわざそんな危ない橋、渡る必要ある?」

 視線の先で微笑む少年は、どう見ても自分と変わらない年齢だ。更に、出で立ちや振る舞いからして富裕層の人間だろう。だというのに、何故わざわざ危険な仕事をしているのか。
 テンが発した純粋な疑問に、エートゥは言い淀むことなく静かに口を開く。

「守りたいものが、あるんです」

 そう告げた声は、あどけなさの残る容姿に不釣り合いな、ひどく大人びた色を含んでいた。

「それは、テンさんも同じでしょう?」

 何処か確信を持ったように問い返されて、不快そうに眉をひそめるテン。一通り目を通した書類を仕舞い、足元のトランクに手をかけて立ち上がる。
 そして、卓に置かれたままの封筒の上に、更に紙幣を数枚置いた。

「生憎だけど、僕はそんなに出来た人間じゃないよ」

 エートゥが口を開くよりも早く、振り切るように背を向けた。





fin.
2012/11/12 公開
2021/05/14 修正

Crack Clock
七つの水槽