7月31日(1/1)
「どこに行っちゃったの?」
レイニーはごちゃごちゃと散らかった部屋の真ん中で仁王立ちしながら溜め息を吐いた。11歳の誕生日に届いたホグワーツへの入学許可証がさっぱり見当たらないのだ。 入学に必要な物を買い揃えるためのリストが必要なのだが、買い物を先延ばしにしていたらいつの間にやら7月最後の日になってしまった。入学式は9月に迫っている。早くリストを見つけてダイアゴン横丁に買い物に行かなくていけない。
レイニーの記憶が正しければ机の上の本の間に挟んでおいたはずなのだが、まさか入学許可書がひとりでに動き出すなんてことはないはずだ。机も本棚もクローゼットも探した。おかげで部屋中めちゃくちゃだ。これ以上どこを探せばいいのだろう。
レイニーはふとベッドの下に目をやった。そういえばここはまだ探していなかった。レイニーは腹這いになりベットの下に腕を伸ばした。行方不明になっていた羽根ペンと靴下の片方を発見し、さらに奥へ手を伸ばすと指先にかさりと乾いた感触がした。
「あった!」
レイニーは封筒の埃をはらい、それを茶色い肩掛け鞄に突っ込んだ。椅子に掛けっ放しにしていた薄手のカーディガンを羽織り1階へ降りると、そこにはまるで病人のようにやつれた顔をしまリーマス・ルーピンがいた。レイニーはぼさぼさになっていた髪を慌てて撫でつける。
「やあレイニー。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「うん。私は元気よ」
リーマスは相変わらずみすぼらしい格好をしていたが、レイニーはそれを気にする様子もなく笑顔でハグをした。リーマスはそれを優しく受け止め、まるで猫にするように頭を撫でてくれた。
丁度その時地下の研究室から爆発音のような音とシェリダン氏の叫び声が聞こえた。研究中にしばしば起こる小さな爆発か何かが起きたのだろう。いつものことだ。
「お父さんったら、また実験するつもりなの?リーマスは実験材料じゃないのに」
「いいんだよ。僕らは博士のような人にしか頼れない」
リーマスの言う『僕ら』が何を指しているのかレイニーはもう知っている。 リーマスはまだ若いのに、薄茶色の髪にはもう白髪が混じっている。今までずっと苦労してきた証だろう。
リーマスは月に1度、薬をもらうためにシェリダン家へ訪れる。頻繁に来るときは、体調が悪いかシェリダン氏が呼び出しているかのどちらかだ。シェリダン氏は一時的な効能ではなく本当の意味で『人間に戻る』新薬の研究をしている。その薬の開発のためにリーマスは被験体になっている。
「大丈夫?ひどいことされてない?」
実験と聞いてレイニーが真っ先に思い浮かべるのは目も背けたくなるような残酷な光景だ。レイニーが心配そうにリーマスを見上げると、リーマスは困ったように眉を下げ微笑んだ。
「大丈夫。一度だってひどいことをされたことはないよ。君のお父さんは新しい脱狼薬を開発するために、一生懸命研究してくれているんだからね」
リーマスの笑顔は決して溌剌としているわけではなかったがレイニーは少しだけほっとした。
「今日はデートにでも行くのかな?」
「ち、違うわ!入学に必要な物を買いに行くだけ!」
唐突に出てきた『デート』という言葉にレイニーが顔を赤くすると、リーマスはくすくすと楽しげに笑った。
「デートならもっとおしゃれするもの」
唇を尖らせながらぽつりと呟く。からかわれた恥ずかしさで俯いてしまったレイニーの頭をリーマスは「冗談だよ」と優しく撫でた。
丁度その時レイニーの母であるシェリダン夫人がボサボサの頭のままで階段を下りてきた。レイニーはぎょっとした。
「お邪魔してます、シェリダン夫人」
「あら、いらっしゃい。紅茶でもいかが?いい茶葉があるの」
「それじゃあいただこうかな」
シェリダン夫人は人当たりのよさそうな笑みを浮かべた。リーマスはシェリダン夫人のひどい格好を特に気にする様子もなく笑顔で答える。シェリダン夫人がひょいと杖を振ると食器棚の扉が開きティーカップがすっと出てくる。
「お母さん。入学用品を買いに行きたいんだけど…」
「ああ、そうだったわね!それじゃあ行きましょう」
「その格好で行くの?」
シェリダン夫人は首から下を見下ろして他人事のように笑った。シェリダン夫人は魔女向けの雑誌で連載を持っているので締め切りが近くなるといつもこうなのだ。
「あら本当にひどい格好ね!支度するからちょっと待ってくれる?」
「ひとりで行ってもいい?」
「だめよ。ひとりじゃ危ないわ。すぐだから待ってなさい」
「だってお母さんの化粧長いんだもん!」
母娘のやりとりにリーマスは笑いをこらえている。シェリダン夫人はレイニーと話しながら器用に杖を動かし続けている。紅茶の良い香りが漂ってきた。
「ダイアゴン横丁には前にも行ったことがあるし、ひとりでも平気よ」
「レイニー、少し待っていてくれたら私が一緒に行くよ」
リーマスがレイニーに提案する。レイニーはその言葉に甘えたかったが、リーマスのやつれた顔を見ているとどうしても頷くことは出来なかった。レイニーはお礼を言って丁寧に断った。
「娘がホグワーツに入学することをすっかり忘れるなんて私ったら本当に脳ミソがやられちゃってるわ!」
「見送りには来てくるわよね?」
「もちろんよ。それは約束するわ」
結局レイニーはひとりでダイアゴン横丁に行くことになった。ダイアゴン横丁にひとりで買い物に行くのは初めてなので少しドキドキする。
「日暮れ前には帰ること。いいわね?」
「わかったわ。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけて」
二人に見送られながら暖炉に入り、思い切りフルーパウダーをふった。
「ダイアゴン横丁!」
青い炎に包まれて、レイニーは姿を消した。
20160109
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