再熱
「良く見ろ」
「上ですよ」
「え!?」
焦る小狼に対して、黒鋼は目線と顔を上へやり、レイノは小さく手を上げて爆発があった場所を指差した。それに誘導されて思わず上空を見上げると、煙の音と黒煙と共に優しい風に包まれた人影が見える。それは小狼が心配していた人物で、その張本人はへらへら、と何時もの笑みを浮かべていた。
「びっくりしたー。あれも巧断かー。本当にすごいねぇ、この国はー。モコナ喜びそうだねぇ、あの攻撃」
『すっごい、すっごーい!!!』
「プリメーラちゃんの巧断は特級です! 気をつけてー!」
「くやしーい!! でも! 負けないわよーぅ!!」
ファイの予想通り、手を叩くモコナの横では正義が泣きながらファイに注意を促している。一体どう言う状況なのだろうか。一方、プリメーラは避けられたのがよほど悔しかったのか、歯を食い縛ってマイクを振り回している。そして、再び攻撃を再開させたのだ。しかし、それもファイは余裕の笑みを浮かべながら軽々と避けてしまうのである。そのせいで阪神城が壊れても彼女は知らんぷりだ。
「なんで、当たらないのよーぅ!」
「当たったら痛そうだしぃ」
「何する気だ?」
「上に登って、二人を降ろさないと! それに、ファイさんも…!」
「あいつは放っておいても大丈夫だろ」
「身軽ですしねえ」
攻撃が一度止み、その隙を狙い、ファイはプリメーラの正面の屋根の先端へと着地した。そんな彼はへにゃん、と何時もの笑みを浮かべて腰に手を添えている。そんな一つ一つの仕草が彼女の癇に障るらしい。そんな光景をぼうっと見つめていたレイノは黒鋼の声で我に返り、思わず横を見ると小狼が焦った様子で周りを見渡していた。放置を促す黒鋼の言葉が合図だったかの様に、再び攻撃が始まったのだ。
「俺も巧断で戦ったから分かる。巧断で飛べるようになったっつっても体は元のままだ」
「紙一重で避けているのは、ファイさん自身だってことですか?」
「ああ。へにゃへにゃしてやがるが、あいつ…戦い慣れてる」
「…そうですね」
「驚かねぇな」
「ファイさんの何気ない身のこなしとか、あと…目とか見てて何となくそうかなって」
「…バカじゃあねぇらしいな」
「でも、手助けできるならしたいです」
「けど、甘くてガキなのは間違いねぇと」
「それが小狼くんらしいって事ですかね」
次々と繰り出される立体化した文字を、ファイは余裕の笑みを浮かべて避けて行く。彼は不利な状況に追い込まれている筈なのに、未だに笑みを浮かべていた。この状況を面白がる様な、そんな笑みである。そんな彼を冷静に分析している小狼に向かって、黒鋼は感心する様な瞳で見下ろし、静かに呟いた。そんな黒鋼を見てくすくす、と笑みを溢すレイノは完璧に他人事である。
「こうなったらチェンジよ!!」
「プリメーラ! プリメーラ!」
「マイ巧断ちゃん、変身! マイ巧断ちゃんがスタンド型になったからには、逃げられないわよぅ!!」
再び叫ばれたプリメーラの声に一番大きいと思う程の大きな歓声が上がり、彼女はマイクを空へと掲げる。そして、マイクに僅かに強い風が巻き起こり、形が変わって行くのだ。そこに風と共に現れたのは自分の背丈よりも大きなスタンドで、彼女は思わず楽しそうな笑みを浮かべる。そこからは先程よりも巨大化した文字が現れ、ファイに迫って行くのだ。彼は横に跳んでそれを避けてみせるが、マイクの軌道に合わせて曲がった文字が避けた筈のファイの正面へと近付いて行ったのである。
「ファイさん!!」
避けきれなかったファイは顔を歪めて両手で自身の身体を守っていた。今までにない程の大きな爆発が起こり、その真下には落ちてくる人影が微かに見える。この状況にはレイノも行動を起こすと、ファイが落ちた辺りには淡い黄緑色の風が巻き起こっていた。どうやらそれらがクッションになったようである。
「変身するとは思わなかったよー。それに、あの文字のヤツ、引っ張れるんだねえ。彼女が巧断で戦ってもモコナが反応しないってことは、彼女はサクラちゃんの羽根を持ってないみたいだし。レイノちゃんも感じないでしょー?」
「はい。全く」
「うふふ。どう? もう降参?」
「降参したらどうなっちゃうのかなぁー?」
「次の相手は「シャオラン」よ♪」
「困ったなぁ。小狼君は大事な用があるんだよー。できたらオレで済ませたいなぁ」
モコナと正義は未だに阪神城の鯱の先端に吊られており、モコナは凄く音痴な歌を奏でているが、正義は未だに静かに泣いている。何時もと同じへらへらとした笑顔を浮かべ、ファイはプリメーラと対立していた。そんな中、特大サイズの立体化した文字がファイの元へ迫り来る。流れる様な動作でそれに手を添えたファイは彼女の驚いた声を無視し、素早く足を回転させて彼女に近付いて行ったのだ。
「可愛い女の子に怪我させたくないから、やめない?」
タン、と響く音はファイが阪神城の屋根に手を付いたそれである。そして、その下には焦った顔のプリメーラが居た。彼の揺らめく金髪は時折太陽の光に照らされて、酷く輝いていた。また、常に浮かべているうっすらとした笑みが余計に輝きを魅せる要因となっている。それを一番間近で見ていたレイノはほっと息を吐いたのだ。
「く…くやしいー!!!」
負けたのが余程悔しかったのか、手にマイクがある事も忘れてヤケクソになり、プリメーラは文字を出してしまったのである。それらは阪神城のモコナと正義を吊っている先端へと見事に当たり、爆発したのだ。レイノも咄嗟の事で巧断を出せず助ける事が出来ない。このままではモコナはともかく、彼は地面へ激突してしまう。
「危ない!!」
「Calling!」
正義から巧断が現れるが、落ちる勢いを弱める事は出来ない。刻々と地面へと近付いて行った瞬間、聞き慣れた声と共にエイの様な生き物が正義と巧断、そして、モコナを受け止めてくれたのだ。それをしたのは呆れた表情を浮かべた笙悟である。正義が助かった瞬間にレイノの胸元にチリ、とした痛みが走る。それは本当に一瞬の事で彼女は首を傾げたが、後(のち)に早く言えば良かったと、酷く後悔する事になるのだ。
「おまえ仕事だろ。アイドルだろ! コンサートどうしたんだよ」
「だってー! 笙悟君、全然遊んでくんないんだもんー!! それに、まだ時間大丈夫だもん! 会場、そこの阪神ドームだし!」
「それにしたって、何、文化財壊してんだよ」
「笙悟君のほうこそ、いっつもアチコチ壊してるじゃない! 何よーぅ!」
笙悟は何をやってるんだ、と呆れる様な目でプリメーラを見やり、溜め息を吐いている。すると彼女は怒りながらマイクを振り回し始めたのだ。ファイはそんな彼女を笑みを浮かべて立ち上がらせると、礼の言葉を浴びせられる。一応筋は通すらしい。笙悟は未だに煙が漂っている阪神城の屋根を指差し、他人事の様に指摘した。
「なにモメてんだ、あっちは」
「痴話喧嘩、ですかね?」
「あれぇ。みんな、何泣いてるのー?」
「プリメーラちゃんはあのリーダーが好きなんだ!」
「けど、リーダーは遊んでくれなくってさびしいんだ!」
「なんで、みんな知ってるの?」
「プリメーラちゃんが公表してるから!」
小狼はどうしたんだ、と言った焦りの表情を見せて、レイノと黒鋼は呆れの混じった表情で笙悟らを見やり、その後ろではファイが阪神城から降りて来た。気が付けば、男らは鼻水を垂らして泣いており、そんな男らにファイが優しく声を掛けると、男らは赤ん坊の様にに号泣してしまったのである。そして、男らは泣きながら一斉に一冊の雑誌を取り出した。どうやら少し型破りなアイドルらしい。
「小狼くん、あの、――」
『小狼ー! 小狼ー!』
「モコナ! その目!!」
『ある! 羽根がすぐそばにあるー!!』
「どこに!? 誰が持ってる!?」
『分かんないー! でも、さっきすごく強い波動、感じたのー!』
阪神城の屋根の先端では目を見開いたモコナがぴょんぴょん、と跳び跳ねていた。モコナがこんなに大きく反応したと言う事は、レイノも気付いている。モコナがだめなら、と焦った表情を浮かべて隣の彼女へと目を向けるが、彼女は肩を竦めていた。こんな事になるならもっと早く、口に出すべきだった。――わたしが知る彼とはひどく遠のいているから、どう、声をかけたら良いのか分からずにいた。冷たくて、ただただ実直な様子からどうにも違和感が拭えなくて、なかなかどうして「小狼くん」と呼びかける事すら難しい。
「やっぱり巧断が取り込んでるのかなぁ」
「しかし、強くなったり弱くなったりするってなぁ、どういうことだ?」
「力が一定じゃない理由、分かります?」
「巧断は憑いているひとを守るものだと、空汰さんは言っていました。だから、一番強い力を発するのはその相手を守るため」
「つまり、やっぱり戦ってみないと分からないってことだね」
先程、男に渡された「マガニャン」と言う雑誌を読みながら、黒鋼は問い掛けた。それに続く様に問い掛けたレイノは顎に手を添え考え込んでいる。しかし、それらの答えは小狼の中で既に出ていたようだ。笑みを浮かべながら結論を出したファイの腕は微かに擦り傷が出来ており、そんな彼女の視線に気付いたファイは苦笑を浮かべて彼女の頭を軽く撫でたのだ。
「俺が余計なこと言っちまったせいで迷惑かけて悪かったな。シャオラン。けど、気に入ったってのは本当だぜ。おまえ、強いだろ。腕っぷしが強いとかじゃなく、ここが。だから、お前とやり合ってみたかったんだよ。巧断で」
「笙悟君の巧断バトルマニアー! ばかー!」
「ばかっていうな! せめてあほって言え」
「…分かりました…その申し出、受けます」
笙悟は言葉を紡ぎ、にっとした笑みを浮かべて胸元を親指で押さえた。そんな彼に対し、小狼はボッと炎を纏った巧断を出し、一歩前に歩を進め、笙悟の要求を了承する。その時の真っ直ぐな瞳は何よりも熱くて、何があっても、何が起こっても小狼の瞳にはサクラしか映ってないんだと、そう悟った。
笙悟の掛け声と共に始まった小狼とのバトルは序盤から激しいものだった。炎と水が激しくぶつかり合い、周りの瓦礫はどんどん下に落ちて来る。その際に向かって来たそれにいち早く気付いた正義は叫ぶが、分かっていた小狼は自身の足でそれを砕いてみせた。そんな小狼は遺跡発掘が趣味の男の子と言う訳ではないようだ。色々あった、そう言うだけなら簡単なのだが。そんな事をレイノらが話しているとは露知らず、小狼は炎を纏った左手を力強く突き出した。それは笙悟を吹き飛ばす程の威力で、その一撃で笙悟の心に火が灯ったらしい。しかし、それがいけなかった。津波の様に襲って来る水から正義を守った事により、正義の巧断の中にあるサクラの羽根が覚醒してしまったのだ。
小狼が言った「巧断は憑いた相手を守る」と言う言葉は正解だったようだ。その証拠に正義を守った巧断には余りに強い力が備わっている。しかし、強すぎる力と言うものは時に害悪になる場合があるのだ。今回の件が良い例である。正義の巧断に飛び込んだ小狼は胸元で輝くサクラの羽根に手を伸ばした。その手が奥に進むほど、正義の心臓も焼ける様に痛くなる。痛い、痛い。涙が出る。死にそうな熱さだ。――けど、だけど、一緒に探すと約束した。小狼くんは僕の憧れの人なんです。だから、だから。
「だから熱くても平気です!!」
初めて放った僕の欲は、何よりも相手の為でした。
「あーあ、小狼くんはやーい」
「どうしよう……」
「お前のせいだろ」
「笙悟君も壊したじゃない!」
「うっ!」
サクラの羽根を手に入れた小狼はすぐ様駆け出してしまい、その姿はもう見えなくなっている。そんな彼を見てへにゃ、と笑い、褒めてるのか分からない言い方をするファイの横では震える声を発したプリメーラが、青ざめた顔をして阪神城を見上げていた。しかし、やった事と言えば笙悟も同じなのだ。現にプリメーラに図星を刺され、顔が歪んでいる。
「…リーダーさん」
「…え、俺?」
「これ、直した方が良いですか?」
「え、まあ、そりゃ……って直せんのか?」
「まあ、わたしの巧断ってそう言う力らしいですし」
目の前のぐちゃぐちゃに壊れてしまった阪神城を視界に入れたまま、レイノは笙悟に声を掛けた。どうやら彼女はこの惨状を一人で修復する気らしい。しかし、この有り様だ。どれだけの時間が掛かるか分からない。彼女はそれだけが気がかりだった。ちらり、と横を見ればファイと黒鋼がぱちくり、と瞬きを繰り返している。この時だけは、この二人の事を可愛いと思えた。
「お前、本当に出来んのか」
「一応」
「倒れたりしないー?」
「しませんよ」
「…本当に?」
「疑い深いですねえ。何なら見張ってて下さいよ」
「いや、最初からそのつもりだけど」
(こいつ…)
淡々と進んで行く会話はまだまだ互いの事を探る様なそれで、周りの者はちらちら、と視線を合わせていた。そんなざわめきを無視し、ファイは白々しい笑顔をレイノに向けた。――何だろう。唐突に腹が立って来た。これ絶対わざとだよね。――握り締めた拳に気付いた黒鋼の額には冷や汗が垂れている。そんな黒鋼の様子に気付かないレイノは淡い光を手に浮かべ、それで壊れた阪神城を覆った。
「ファイさん」
「んー?」
「一つ、言っておきますね」
「…なあに?」
「わたし、かわいそうな女の子じゃないんです。自分のやるべき事くらい分かってます」
ぽそり、と小さく呟いたレイノちゃんの声は、喧騒の中のはずなのにオレの耳に酷く響いた。ソプラノの細い、存在感のない、そんな声だった気がする。けれどどこか芯を持っていて、自分の考えはきちんと持ってるんだろうな、と言う印象だった。けれどそれは少し違っていたのだと、この時理解した。
「わたしがやるのは、裏方で充分なんですよ」
それが自分だと、儚い存在だと言っているようで、少し、悲しくなった。