死にたがり

 まるで合図があったかの様に、ファイと黒鋼は同時に飛躍した。ファイは余っていたダーツの矢を放ち、その直後に黒鋼も正面に居た鬼児を斬る。ファイはもうダーツの矢がなくなってしまったらしく、細い体格を生かして攻撃を避ける事しか出来ないでいた。しかし、それに気付かない黒鋼ではない。


「避けてばっかいねぇできちんと倒せ!」
「でもー。アレじゃ鬼児さん、すぐ戻っちゃうみたいだしー。これ遊び道具らしいしね。それに、やっぱり本職に任せたほうがー、ね。『おっきいワンコ』」
「まだ、てめぇのいい加減な呼び名のほうがマシだ!」
「ほんとにー? ね、ね、どれが好きー? 黒たん? 黒りん? 黒ぴっぴ?」
「どれも好きじゃねぇ!!」

 黒鋼は鬼児達を倒しながらも避けてばかりのファイを睨み、叫んだ。しかし、ファイの言う事は的確で、自身が放ったダーツの矢は鬼児の中に取り込まれている。そんなファイが言う渾名に、黒鋼はやはり「ワンコ」は嫌なのか、制止の声を叫びながら刀を振り回していた。そんな黒鋼を、ファイは鬼児の攻撃を避けながら茶化すのである。しかし、そんな余裕がなくなって行くのを自身でも感じていた。せっかく買った服が破れて行く。――ああ、もったいないなぁ。


「反撃しろ!!」
「けどー、オレ、武器これ以上持ってないしー」

 黒鋼は刀で鬼児を斬りながらも、やや押され気味のファイを気に掛けて声を張った。そんな中でも笑みを絶やさないファイは電灯に片足を置いて着地する。その周りには未だ戦意を持つ鬼児達がこちらを見つめていた。――さて、どうしようか。――そう考えていた時、ファイの背後の鬼児の目が光ったのである。


「――伏せろ!!」

 目が光る鬼児に気付いた黒鋼はファイに向かって声を張り上げるが、それは僅かに遅かったらしい。ファイは鬼児の両目から放たれた光線をもろに受けたのである。ファイはそのままブロックへと突っ込み、瓦礫の山へと倒れ込んだ。目に再び光を集める鬼児を倒すが、鬼児は減るどころかどんどん増える一方である。瓦礫の山へと倒れ込んだファイが起き上がる気配は無い。それが分かった黒鋼は、思わず小さく舌打ちを響かせた。


「――地竜・陣円舞!!」

 再び鬼児たちと対峙した黒鋼は刀の先端で地面に円を描き始める。その瞬間から周りには爆風が弾け飛んでおり、円外の者を全て消し飛ばし、破壊して行ったのだ。その技の威力は十分で、周りに居た鬼児達の姿はもう見えない。しかし、その圧に耐え切れなかった彼の刀も破壊されてしまったらしい。


「やっぱり、この刀にゃあの技は荷が重かったか」
「んん? 何か、足がヘンみたい?? でも、このくらいじゃ死なないからー」
「…死なないんじゃなく、死ねないんだろう。おまえは」

 今まで寝そべっていたファイは何時の間にか上体を起こしていて「さすが黒様」と手を叩いている。そして起き上がろうとしたが、どうにも鈍い痛みが抜けない。どうやら瓦礫に突っ込んだ時に捩ったようだ。しかし、歩けない痛さではない。そう結論付けた彼は苦笑を浮かべて大丈夫、と言う意味を込めてそれを黒鋼に向けた。――そんなファイを見た黒鋼は、月の光に照らされながら腰から鞘を抜き取る。そうして呟かれた言葉と共にファイの身に訪れたのは意図的に降りかかる痛みだった。


「俺ぁ、殺そうと向かって来た奴は殺る。生涯、守ると決めたものを奪おうとする奴も殺る。今まで何人殺したかも覚えてねぇからな。綺麗事なんざ言う気もねぇ」

 そうして話されたのはどうやら黒鋼なりの生き方だろうか。それは、ファイにとっては理解しがたい話である。――オレはそんなに真っ直ぐに生きる事は出来ない。ただ前だけを向くなんて事はきっと出来ない。今でさえ、オレは過去しか見てないんだ。考える事が出来ない。――だんだん息が荒くなって来るファイの顎に、黒鋼は鞘をそっと添えた。


「まだ命数、尽きてねぇのに自分から生きようとしねぇ奴がこの世で一番嫌ぇなんだよ」

 ファイは一瞬笑みをなくすが、再びそれを貼り付けた。黒鋼の事を渾名ではなく、「君」と呼んだのにも何か訳があるのだろうか。――それが分かるのはオレだけだけどね。嫌いだと、はっきり言われたのは初めてだった。不快だ、って言いたげな君の視線には気づいていたけど、ちょっとは傷つくし罪悪感だって募る。けどね、何でだろう。どうしてこんな時に、きみの笑顔ばかり思い浮かぶんだろう。

 ねえ、レイノちゃん。




「俺の攻撃を次々、良くかわせるな。けど、これは避けられねぇぞ」
「小狼君!!」
「っ、だめ!」
「いけません、龍王!!」

 一方、一行喫茶店では小狼と龍王の対決が続いていた。店内はめちゃくちゃで、こんな場所で食事をする気はまず無い。龍王は再び大剣を握り直し、笑みを浮かべて小狼へと駆けて行く。その瞬間、小狼の見えない右目も鋭く、妖しく輝いていた。それを止める声が三つ、店内で響くが止まる龍王ではないのだろう。思わず小さく舌打ちをしたレイノは唐突に駆け出したのだ。


「海龍…」

 龍王が大剣を構えると、彼の周りには風が巻き起こる。恐らくこの一撃を発動させてしまえば、一行の店は潰れる。それは避けたい。その気持ちは小狼も同じ筈である。周りに武器の代わりになる物がない、と気付いたレイノは龍王の両手首に向かって思わず足を蹴り上げたのだ。それと同じタイミングで「こら」と言う一声と共に龍王の脳天には大きな痛みがやって来た。


「ひとの店で何やってんだ」
「いっでー!!」
「……へ?」
「あれ」
「く、草薙さん…?」

 先程の痛々しく、鈍い音の正体は草薙による拳骨のそれだったらしく、しばらくは続きそうな痛みに思わず眉を顰めてしまう。しかしそれは一瞬の事で、同じタイミングで止めに入ったレイノと彼はお互いの顔を見合わせては瞬きを繰り返していた。――これ、わたしが出なくても良かったのかも知れない。




「申し訳御座いません。私の手で龍王をお止め出来ないだけでは飽き足らず、店員さんに止めさせてしまうだなんて…」
「いや、俺のせいでもある。うまい店見つけたって龍王に教えた時に、強い奴らに会ったって言っちまったからな。それにしても嬢ちゃん良く動く体だな。鬼児狩りでも十分いけるんじゃないか?」
「痛いの嫌なんで断ったんですよー」
「何その理由」

 先程の騒動から一転して、レイノらは改めて食事を提供する事になった。蘇摩はよほど悔しかったのか、目を瞑って拳を握り締めている。そんな蘇摩が口にしたのは、サクラが作った生クリーム付きフォンダンショコラとレイノが作ったスコーンである。後者には様々な味が用意されているため、それも楽しみの一つだ。それらを口に含んだ瞬間、蘇摩の頬はふわり、と綻んだのだ。


「本当に美味しいです。お三人で作られたんですか?」
「いえ。レイノちゃ…あ、『リボンにゃんこ』ちゃんと『おっきいニャンコ』さんが…」

 ――ああ、未だに慣れない。けれど不信感を抱かせる訳にもいかないので、わたしは笑みを浮かべた。でも一体どうして「リボン」なんかつけたんだろう。リボン要素どっこにもないし。そもそもつけた事ないし。相変わらずファイさんの思考回路は読めない。いや、この先も読める気しないけど。――そんな事を考えているレイノの視界の端にはグチャグチャになった店内を一人で片付ける龍王の姿が映っていた。


「あー、くそ! 俺も食いたいー!!」
「まだあるから、大丈夫ですよ」

 何処か寂しげな龍王を、手伝い始める手がある。――小狼である。そんな彼に問いを投げ掛ける龍王がどれだけおちゃらけていても、分かる事はあるのだと言う。相手の動きは良く見ている方らしい。そんな龍王に右目が見えない事をなかなか言い出せない小狼は、笑みを貼り付けた。けれど、この純粋な瞳からは逃れられない。そう感じ取った小狼は、その事について話す事になったのである。




「それであれだけ素早いのか。凄ぇよ」
「あのまま戦ってたらおれが負けてたと思います」
「勝負に、もしもなんてねぇぞ。勝ちは勝ち、負けは負けだ」
「…はい」
「っと、その敬語やめろよ」
「はい?」
「年齢なんて、この国じゃ関係ねぇだろ」
「また、手合わせしてくれよな!」
「はい。いえ、うん」
「よろしくな! 『ちっこいわんこ』!」

 壊された店内も元通り、綺麗になって行き、後はテーブルクロスを掛ければ完成である。そんな中で繰り出される小狼の敬語に納得が行かない龍王は思わず小狼に詰め寄って行く。そして、全力の笑顔を浮かべて小狼に手を差し伸べたのだ。それに対して小狼も可愛らしい笑顔を浮かべている。しかし、渾名に未だに慣れない小狼は言葉を詰まらせていた。そんな二人を見ていたレイノとサクラは顔を見合わせ、笑みを溢したのである。


「そういえば、お聞きになりましたか。あの噂」
「ああ。『情報屋』の絵里衣からな」
「鬼児の新種が出たってやつだろ!?」

 しかし、そんな和やかな空気をぶち壊す様な会話が始まってしまったのだ。その話は、昼間黒鋼とモコナと小狼が聞いた話と同じである。戦闘狂の龍王が嬉しそうに口を挟むと同時に、小狼の目付きは鋭いそれへと変わって行ったのだ。突如現れたそれは偶然なのだろうか。――そんな疑問が解消されるのはしばらく先の話である。




 家外では桃色の桜の花弁が宙を舞う。微かに風が靡く桜都国の夜は酷く幻想的だ。厚い雲が暗闇を覆う中、月の光だけが唯一の道筋である。その中にはフードを深く被った謎の人物が電柱の先に立っていた。顔はフードの影で見えない。けれどその顔は、何かを悟っているかの様な、そんな妖艶さがあった。


「…レイノ、小狼」

 ――その声は、君達には届かないだろうけど。




「そりゃ、災難やったなぁ。大丈夫か、その足」
「うん、なんとかー。氷ありがとー」
「『ロの段階』以上の鬼児は、鬼児狩り用の武器でしか倒されへんからなぁ」
「それでアレじゃダメだったのかー。鬼児に当たっても、すぐ元に戻っちゃったんだー」
「ダーツじゃ無理やで」

 無事に目的地に到着する事が出来たらしいファイと黒鋼はカウンターに腰を落ち着けた。ファイはバーテンダーに氷水を貰い、左足首を冷やしている。そして、話の内容は鬼児の事となる。そんな中、ファイは視線をダーツへと向けたのである。どうやらこの国には鬼児専用の正規となる武器が存在するらしい。そこで差し出されたのは一つのグラスだった。


「当店『白詰草』のオリジナルカクテル、『四つ葉』で御座います」
「綺麗な緑色だー」
「っちゅうワケで、絵里衣ちゃんが言うとったバーテンダーはうちやけど?」
「あのね、バーテンダーさん」
「カルディナでええよ」
「じゃー、カルディナちゃん。新種の鬼児に会ったって人の話を聞きたいんだ」
「ちょっと待ち」

 ファイに差し出されたのは、透明感のある緑色の液体に四つ葉が浮かんでいるカクテルである。先ほど入口で彼と黒鋼を出迎えてくれた女性はカルディナと言う。喋り方が阪神共和国の人達と良く似ていた。そんな彼女にファイが話を聞こうとするが、それは彼女の制止の声によって遮られたのだ。すると店内は暗くなり、舞台上の影がやけに目立つ。その影からは旋律が紡ぎ出され、それは「しあわせになりたい」と言う、切ない願いが込められた歌だった。


「…綺麗な歌だねぇ」
「何処かに行きたいなら自分で行きゃあいいだろう。他人に頼まずに」
「黒たんならそうなんだろうねぇ。オレはずっと待ってたからなぁ。連れてってくれる、誰かを」

 しあわせになりたい、それは誰もが思う事である。シンプルだけれど、想いが込められた歌詞、切ないメロディーは心にぐっと来る歌声によって人々の心に入り込んで来る。曲が流れた途端、世界が変わった。ファイは頬杖を付いては笑顔を貼り付けて、何かを思い出す様に呟く。そんな様子を、黒鋼は鋭い視線で見つめていた。


「って、こんなこと言ったら、また嫌われちゃうねぇ」
「――終わったぞ。鬼児の話を聞かせろ」
「兄ちゃん、せっかちやなぁ。っていうことみたいですよ、織葉さん」
「歌、素敵でしたー」
「ありがと」
「いつもここで歌ってらっしゃるんですかー?」
「ええ。私の店だから。奢って下さる? そしたら教えてあげる、私が遭った鬼児の話」
「喜んでー」

 カルディナは歌っていた女性である織葉にファイと黒鋼と同じカクテルを差し出した。織葉は黒く長いドレスに身を包んでいて、いやらしくない色気がある。そんな織葉にファイは笑みを浮かべて言葉を贈ると、織葉はウインクを返して来たのだ。意外にお茶目らしい。ファイと織葉が真面目な話をしている後ろでは、黒鋼はお酒を求めている。――何しに来たんだろ、本当もう。


「桜都国の鬼児は、鬼児狩りが誤って一般市民を傷つけてしまわないように、みな、異形なの」
「あー、なるほど。それで、あんな感じなんですねぇ」

 人間と同じ容姿をしていれば、最悪の場合鬼児狩りが犯罪者扱いされる日も来るのである。そう言った間違いが犯されないように、人であるものと人でないものは視覚的にもしっかりと区別されて来た。しかし、今回織葉が目撃した鬼児は人の形をしており、それはそれは美しい男の子の姿だったと、そう言ったのだ。




「お二人も鬼児狩りなんですね」
「おう! 『イの五段階』の鬼児までは倒したぞ!」
「凄いですね」
「草薙んとこは『イの四段階』倒したんだよな」
「ああ。しかしおまえでも倒せる。後は遭遇するかどうか、運だけだ」
「ん〜♪ ケーキも美味しいけど、このスコーンも最高ー!」
「俺も、それくれ!」
「はい」

 喫茶店では、小狼は龍王にお茶を差し出し、レイノとサクラとモコナはスコーンを提供している。隣では、それを食べた護刃と犬が悶えている。その様子は酷く穏やかだ。その横では口を尖らせながらスコーンを大量に要求する龍王と、それに笑顔で対応する小狼が居た。そんな二人を、レイノとサクラは楽しげに見つめていたのだ。


「仲良しになったみたいだね。あの二人」
「はい」
「二人共、楽しそう」
「私も友達になりたいな、貴方達と。だめ?」
「も…もちろん!」
「うれしい!」

 まるで、昔からの友達かの様に打ち解けている小狼と龍王は酷く仲が良さげだ。それは小狼が素を出せた、唯一の男友達だと言う事が関わっているのだろう。そんな二人を見ていたレイノとサクラも護刃に笑顔を向けられ、勢い良く首を横に振った。そして、サクラは持っていたトレーを顔へと持って行き、レイノは照れた様な、はにかんだ笑顔を護刃へと向けたのだ。




「うまかったー! 腹いっぱいだぜ」
「じゃ、ここは龍王のおごりで」
「なんでだよ!!」
「『リボンにゃんこ』さんと草薙さんが止めてなきゃ、今頃、このお店のもの全部壊しちゃってたでしょ? それ弁償するのに比べたら」
「安いだろう」
「うっ」

 テーブルの上には食べ物のかすが残る汚れたお皿と空のティーカップらが雑に置かれている。あれだけあったケーキと紅茶を、護刃らは見事に平らげたのだ。そして、護刃と草薙が龍王を責める様に言葉を並べて切り捨てれば、さすがの龍王も言葉を詰まらせている。


「龍王。強さを求め、戦うのも良いですが、状況を見極め、無用な戦いを避けるのも、またひとつの強さですよ」
「分かってる。けどな、俺は自分がどのくらい強いのか試してみたいんだよ。世界の広さを知らずに自惚れないように。強いやつと出会えることが俺のしあわせだからな」

 蘇摩は呆れる様に溜め息をついて、言葉を紡いだ。そんな彼女の様子に、戦闘狂の龍王も思わず苦笑を漏らしたのである。そんな龍王は背中に背負う大剣を持ち、ゆるり、口角を上げた。小狼もまたそんな龍王を見て、微笑んでいたのだ。強さを求めると言う形では二人は同じなのだ。――そんな時、ぴく、と自身の心臓が波打つのをレイノは感じたのである。それは他の者も同じである。


「「「「鬼児が来た!!」」」」
「ここにいて下さい!」
「小狼君!!」

 反応を見た護刃らは外へ駆け抜け、小狼もモコナをサクラに預け、護刃らに並んで外へと飛び出したのだ。そんな小狼をサクラは追い掛けようとするが、レイノの手によって止められる。しかし、サクラの強請る様なそんな瞳に苦笑を浮かべ、降参を表したのである。


「――わたしの側から離れないでね?」