魔の国
「ここは…」
紗羅ノ国から移動して来た一行はとある路地裏に身を投げ出された。相変わらず、モコナの次元移動は好い加減である。そんな移動に慣れて来たと言っても、それは土台があって、の話なのだ。そして、それは今回も例外とはならない。僅かに震える土台はとある人物の怒りを表していた。
「…おい、白まんじゅう。何でいっつも俺が下敷きなんだ、何で俺がいっつも土台なんだ」
「バランスが良い」
「安定感がある」
「てめーらブチかますぞ」
最後にふわり、と降りて来たモコナを頭に乗せて、黒鋼はぴくぴく、と口角を震えさせて言葉を紡いで行く。しかし、レイノとファイと言う思いもよらない所から降り掛かった言葉達に、黒鋼は何時ものごとく暴言を吐いてみせたのだ。そんな光景を見て冷や汗を流すサクラと小狼、と言うのももう慣れてしまった事なのである。そんな時にサクラが指差した先にあるのは「Midgard」と書かれた看板だった。
「レイノちゃん、あれって何て読むの?」
「あれは…」
それを問い掛けるサクラの声にレイノも視線をそちらに向けると、理解できてしまった言語に思わず目を見開いた。その下に小さく書いてある「Bezirk Gmünd」と言う言葉に少しほっとしたのも事実だが、ピリピリ、とした感覚にこの国をすぐに出る事は叶わない事を悟る。
「何かありました?」
「いや…」
「…レイノちゃん?」
「あの、すぐにここをで、――」
顔色を暗くしたレイノに気付いたファイと小狼は彼女に声を掛けるが、どうやらそれを気に掛けている時間は無いようだ。眉を顰めて言葉を紡ぐ彼女だが、それが最後まで紡がれる事は無かった。それは、目の前に唐突に現れた人間とは言い難いものが関係している。
『きゃー!』
(遅かった……!)
「おっきいねぇ」
「何寝ぼけてんだど阿呆が!」
モコナの悲鳴と同時に心の中で舌打ちを響かせたレイノは手の平から刀を出す。それは一番前に居た黒鋼も同じく、手に刀を持っていた。後ろではサクラの視界を遮る様に小狼が前に立っている。そんな緊迫したこの場には似合わない声が響き渡れば、黒鋼は青筋を浮かべて声を張り上げた。相変わらず緩い雰囲気を纏うファイに苦笑を浮かべながらも、レイノは再び刀を構えたのである。
久し振りの感覚に思わず身震いする。そんなレイノは黒鋼に「額を狙え」と口早に伝えた後、目の前のものの腹部に向かって刀を投げ、その柄に足の力を加えたのである。ぐりぐり、と力を入れる度に大きな口からはグロテスクな色合いをした血液が吐かれ、それに痺れを切らした彼は、目の前のものの額に刀を突き刺したのだ。
「レイノちゃん!」
『黒鋼ー! 大丈夫!?』
「おう」
「すっごい返り血ー。大丈夫ー?」
「臭い……」
「――あの、大丈夫ですか?」
黒鋼が刀を抜いた瞬間に弾け飛んだものは周辺をグロテスクな色合いに染めて行き、それはレイノと彼の身体を染めて行ったのである。ファイとサクラはレイノに、モコナと小狼は黒鋼に、とそれぞれ駆け寄るが、酷い異臭に思わず眉を顰める。そんな中でもレイノの顔に付着した返り血を、ファイは指の腹で拭っていた。そんな時に一行に声を掛けて来たのは、とある女性である。
先ほどの女性に案内された一行は、開放感のある飲食店に腰を下ろした。装飾は至ってシンプルで、とても居心地はよい。カウンター席には両端だけを埋めている重々しい雰囲気の叔父らがおり、19世紀のヨーロッパにでも居るようだ。そこの大きなテーブルを陣取っている一行は空腹を満たす為に食事を次々に注文する。それをしているのは主に黒鋼なのだが。そんな中、聞こえて来たのは南の町のとある噂だった。
「あの、さっきの南の町の話って…」
「ああ、あんたら旅行者かい?」
「まあそんな感じですねー」
『南の町に何があるの?』
「おや、使い魔かい? まんじゅうみたいだねぇ」
「まんじゅうだってよ」
『モコナだもん!』
最初に声をあげたのは小狼だった。それに気付いた気前の良さそうな叔母は、一行が頼んだ料理をテーブルに置いて笑みを浮かべる。そして、モコナの存在が当たり前かの様につやつやな肌を撫でたのだ。その事に驚いたサクラと小狼は思わず顔を見合わせる。表情筋を動かさないレイノは、どうやら知っていたようだ。そんなレイノに気付いたのか、叔母はきょとん、と瞳を丸くさせて小さく声をあげた。
「…おや? あんた、ハンターの…」
「…お久し振りです」
「戻って来たのかい」
「不本意ですけど」
「南の町には?」
「……これから行きます」
レイノは苦々しく顔を上にやり、歪んだ笑みを浮かべてみせた。そして、何かを決した様に重苦しい色合いのワンピースをぎゅっと握り締めたのだ。それに気付いたのは両隣に居たファイと黒鋼のみで、そんな行為に思わず目を細める。そんな彼女の言葉に小狼は目を見開き、続ける様に言葉を紡いだのだ。
「南の町の事を、教えて下さい」
「壊れた町、ねぇ」
しばらくの間滞在した飲食店で一行が聞いた話は「数ヶ月前、『グラーツ』と言う南の町で大きな火災と爆発事故が起こった。それらにより町は全焼、生きていた人々も今はもういないらしい。それらがあってからと言うものの、その町は『壊れた町』と呼ばれている」のだそう。叔母に紹介された宿屋の二部屋を借りた一行は、その町に行く事になったのだ。
「その事故の原因は分かってねーんだろ?」
「そうみたいですね。その事故の前後に魔物が急激に増えた、とも言っていましたし」
「大きな力、が関係してるのかなぁ」
「レイノちゃん、モコちゃん、羽根の気配はする?」
ファイらが「壊れた町」について話し込んでいる間、レイノは口元に手を当てて、神経を尖らせているようであった。もちろん彼らの話はきちんと頭に入っている。けれど、レイノには不安要素があるのである。それは彼らに言っても解決はしない事だった。サクラの声により我に返ったレイノだが、定まらない力の源に苛立つだけに終わったのだ。
『…するんだけど、何だろう……バラバラなの』
「どう言う事だ?」
「色んなところで気配がするってこと?」
『レイノも?』
「…多分それは、この国が魔力でいっぱいだからでしょう」
「何で分かる」
新たな気配の感じ取り方に、ファイらの頭上には複数の疑問符が浮かび上がっていた。しかし、それから逃れる人物が一人居る。それがレイノだった。スラスラ、と出て来る言葉達は、やはりどれだけ離れていても分かるこの国の基本知識だ。その事に苦々しい思いを抱きながらも、レイノはベッドに腰掛けた。そして、黒鋼の一方的な問い掛けに「ここは」と続けたのだ。
「……わたしが育った国だから」
「ね、殺っちゃってよ」
『…本当によいのですか』
「良いよ。それがあいつの望みだろ」
深夜、街中が静まり返っている夜明け前は酷く不気味である。そんな何処となく暗い印象を持つ空気が、とある二人の男女の高低音によって振動した。そんな二人が持つ無邪気な声色に笑顔、それがどれほど恐ろしいか。それが分かるのは淡い光を放つ一人の少女のみである。そんな少女の顔には陰りが見えた。
「あの子はきっとここに来るわ」
「それまでの余興だよ」
『……分かりました』
ぬるい向かい風が二人の男女と少女の身体を突き抜ける。そんな男女の瞳には眩しいくらいに輝く満月が姿を映していた。それが表すのは希望か絶望か、それを知っている者は誰も居ない。それでも、少しでも良い未来が訪れるようにと、少女は固く瞼を閉じて了承の意を込めた言葉を呟いた。そんな少女は、知らない。
あいつに会わなければ、俺らはきっと消える事すら叶わない。
「『くーっろちゃん!』」
「ぐッ!!」
翌朝、お昼前になっても起きて来ない黒鋼を起こしに来たレイノとモコナは、彼の腹目掛けて全体重を預けたのだ。その行為は、奇妙な渾名と共に行われた。痛々しい呻き声は彼女とモコナに達成感を与えるには充分で、口角はしっかりと緩みきっている。そんな最悪な寝起きに、彼は思わず頭を押さえたのだ。
「おはよう御座います。良く寝れました?」
「お前らが来なかったら良く寝れたんだがな」
『朝ご飯できてるよー!』
「…そうかよ」
モコナは元気そうに言葉を押し付けて足早に一階へと降りて行った。置いて行かれた黒鋼は未だに寝惚けているのか短い黒髪を無造作に掻き毟り、昨日買ったこの国の服に着替える。そして、部屋の外で待っていたレイノと共に少し長めの廊下を歩き始めたのだ。彼は黒を基調にしたストライプ柄のジョードプリを着用し、黒色のチャッカブーツを履いている。
「珍しいですね、黒鋼さんが一番遅いだなんて」
「…普通だろ」
「昨日のわたしの様子が気になるんですか?」
「分かってんなら聞くな」
「…大丈夫ですよ」
「取り乱してたくせに良く言うな」
「…サクラちゃんの羽根がある。進む理由はそれだけで充分じゃないですか」
コツコツ、とレイノと黒鋼の靴音が響く中、途中で割り込んで来たのは彼女の声だった。けれど、このタイミングで口を開いたのは失敗だった気がする。言葉を紡ぐ度に追い詰められて行く様な感覚は、どんどん自分の首を絞めて行っている様な気がした。そんな嫌な感覚から逃げる様に階段を降りた彼女は、その後に呟かれた彼の言葉は聞く事が出来なかったのである。
「…そう言う意味じゃねーんだよ、馬鹿女」
「おはよう御座います、黒鋼さん」
「朝ご飯できてますよ」
「…おう」
「おっはよー、黒ちゃん」
「何で渾名が全部一緒なんだよ。打ち合わせでもしたのかてめーら」
溜め息を吐いた黒鋼は一階の床に足を踏み入れた。そこにはファイとサクラと小狼、そして、先ほど降りたレイノとモコナが黒鋼の登場を待っていたのである。ちらり、と僅かに絡み合ったレイノとの視線を流して、黒鋼は呆れた様に言葉を吐きながら席に着いた。それが合図になったのか、他の者たちもぞろぞろ、と自分の席に着き始めたのである。
「おばさん、これ美味しかっ「何て?」
「…お姉さん、コレ美味シカッタデス」
「よろしい」
「――あの、『グラーツ』にはどうやったら行けますか?」
「あんた達、あの町に行くのかい? 止めた方が良いけどねぇ」
「探しているものがあるんです」
「……距離はあるから馬でも借りて行けば良い。ただ、あの町はおかしい事になってるよ」
「それって、どう言う事ですかねー?」
朝食後、宿屋の女将的立ち位置であろう女性が食器を片付けに来た。年の割には若く見える彼女に「おばさん」発言をしたレイノは何時も通りで、先程の痛々しい笑顔が嘘の様に思えて来る。この旅が始まる前、「前に進みたい」と、ただそれだけを侑子に伝えて具体的な行動を起こさなかったレイノはきっとこの国に来たくは無かった筈だ。けれど、自分で進むと、ちゃんと自分の足を動かすと、そう決めたレイノの気持ちの変化には、やはりファイが関わっているのだろう。そんな彼は頬杖を付いて宿屋の女性に問い掛けた。
「復興は続いているんだけどね、そんな矢先に事件が立て続けに起こってるらしいよ」
「事件、ですか?」
「変死事件、だったかしらね」
『その町に人は住んでるの?』
「最近増えて、前のように、とまではいかないけど町としては機能してるはずさ。けど…」
「んん?」
町としての復活を着々と進めているのにも関わらず立て続けに重なる変死事件により、すっかり人は寄り付かなくなっているらしい。想像する事は難しいが、どうやら生活する事は出来るようだ。しかし、その後に続いた宿屋の女性の言葉に、一行は緊張感を持たざるを得なければならない事となったのだ。
「魔物も増えてるらしいから、気をつける事だね」
「変死事件に魔物の増加、だって」
「黒さまが喜びそうな案件だねぇ」
「魔物だけだろ」
「にしても、『グラーツ』にだけ集まるってどう言う事なんでしょうね」
「やっぱりサクラ姫の羽根、でしょうか」
宿屋を出た一行は三頭の馬を借りて、昨日購入したこの国の服に着替えて「グラーツ」に向かう事になった。小狼は白のシルクシャツに濃いベージュのベストを着込み、紺色の燕尾服を合わせている。そして膝辺りをゴムで締めた同色のズボンに白いソックスを合わせ、紺色のチャッカブーツを履いていた。サクラは緩い白のシルクシャツに黒のベストを着込み、首元にあるシルク素材のリボンがアクセントになっている。そして紅色とワインレッドのスカートを重ね、黒のエンジニアブーツを合わせていた。
ファイはクリーム色のカミーズに黒色のシャルワールを合わせ、黒のチャッカブーツを履いていた。そんな服装に合わせたダイヤモンドチャームには、きちんとしたレイノへの愛情が込められている。レイノは二の腕で緩く締められたシルクの白シャツに柿色のワンピースを合わせている。胴体の真ん中にはボタンが付けられており、腰はリボンで締められていた。そして、足元にサイドゴアショートブーツを合わせれば完成だ。
「魔術が盛んだと言ってる割には移動方法は馬なんだな」
「お金かけるの嫌でしょう」
「黒んぷがいっぱいご飯食べるからー」
「「ねー」」
「お前らも容赦なく食ってただろうが!」
カツカツ、と蹄の音を立てながら目の前の道を進んで行く一行の中で、一番最初に声を発したのは黒鋼だった。珍しい、と思ったのも束の間、レイノとファイが乱入してしまえば漫才の様になってしまうのである。それを見ているサクラと小狼が焦り、モコナが笑うのは何時もの光景で、分からない事だらけのこの現状を少しでも忘れさせてくれるのだ。――二時間ほど馬を使って進んだ先には、「Graz」と書かれた看板がぶら下がっていた。そこに着くまでに所々で遭遇した魔物らは、「グラーツ」に近付く程に増え、攻撃力も強くなって来ている気がする。そんな中辿り着いたそこは、ざわざわ、とした喧騒に包まれているようである。
「何だ?」
「宿屋の人が言ってた例の事件、だったりしてー」
「姫、捕まっていて下さい」
「う、うん」
耳障りな喧騒に眉を顰める黒鋼の隣では、ファイがへらり、と笑みを浮かべている。その後ろでは小狼がサクラを包み込む様に抱き締めており、そんな彼女は胸元にモコナに抱えていた。ゆっくりと町の中を進んで行くと、旧市街の路地へ続く道に人だかりが出来ている。そこにちらり、と顔を覗かせるとそこには目を見開かせる光景が映っていたのだ。
「え、――」
「レイノちゃん?」
「進入禁止」と書かれたテープを辺りに張ってその中で指示を出している人物は金髪碧眼の、ファイに良く似た人物だ。少し幼さが残るその容姿は可愛らしいが、きちんと着込まれた軍服がその要素を完璧に消している。そんな彼を見たレイノは桃色の瞳を見開かせて、呆然とした様子で言葉を漏らした。それに気付いたファイの声に反応する事もなく、ただただ目の前の光景に夢中になったのだ。
――死んだはずの貴方が、どうしてここにいるの。
「すみません。何があったんですか?」
「また変死体さ。これで五件目だよ」
「そんなにですかー?」
「犯人は…」
「いまだに見つかっていないよ」
馬から降りた小狼は近くに居た人にこの騒動について問いを投げ掛けた。それに返って来た答えは一行が欲していたものだったが、予想を大きく上回るそれだったのである。それに僅かに目を見開いた小狼はちらり、と視線を事件現場に向ける。そこには無惨にも人の形になってはいないものがあった。異臭が漂うそれは、数時間は放置されている事を示している。
「あの人たちは…」
「ああ、自警団だよ。最近できてね、知ってるかい?」
「オレ達旅をしてましてー、さっきこの町に辿り着いたんですよー」
「旅人かい。こんな騒動でお迎えになってすまないね」
「いいえー」
苦々しい表情を浮かべながら問い掛けたレイノに、町の人は笑みを浮かべてそっと首を傾げた。それに代わりに答えたファイは同じ様に笑みを浮かべながらそっと彼女を自身の背後に隠した。それに気付いた彼女がファイの服を掴む力を強めると、ピク、と反応を示した気がする。そんな時、彼女に気付いた町の人が思わず声をあげたのだ。
「あんた、ハンターの…」
「……レイノ、です」
「…帰って来ちまったのかい」
「……はい」
ビク、と肩が跳ねたレイノをファイは心配げに見つめるが、それに返って来る何時もの朗らかな笑みを見る事は叶わない。この国に着いてからと言うものの、彼女の口数は極端に減ってしまっている。何時も飄々とした笑みを浮かべる姿などは見えず、代わりに見たのは初めて見るであろう、取り乱した彼女の姿だった。頭を撫でて、額同士を擦り合わせて抱き締めたが、眠れていないんだろう事は分かっている。それを危惧して出来るだけ人前に出さないようにしていたのだが、やはり無理だったらしい。
「…レイノ?」
「……フェン、リー」
「お帰り」
「た、だいま」
レイノに声を掛けて来たのは「フェンリー」と呼ばれた軍服を着込む男性だった。殺人現場で彼女の帰還を口にする彼は何処かおかしいのだと思う。しかし、彼女の言葉が途切れ途切れになるのはそれが原因と言う訳ではないようだ。その時、ファイの脳裏には阪神共和国での彼女のとある言葉が浮かんでいた。自身にそっくりだと言う人物がいる、と。もしかしたら目の前のこの男性が彼女が言ってた人物なのではないのかと、そんな考えに至ったのである。しかし、それは有り得ない事なのだ。その者は確かに、死んでいる筈なのだから。思わずぞくり、と背筋を震わせたと同時に、この場には何かを叩く様な軽快な音が響き渡っていた。
「何女の子ナンパしてるんですか、シバき倒しますよ」
「もうしてるから!」
「仕事して下さい」
「…じゃあな、レイノ」
『レイノ…?』
先程の軽快な音は部下であるヨルによって出されたそれらしく、それを受けたフェンリーは痛みに顔を歪めて未だに響く後頭部に手を当てた。その後に背中を思いきり叩かれたフェンリーは、仕方ない、と言いたげに眉を顰め、レイノに手を振ったのである。それに反応しない彼女はらしくは無くて、モコナは思わず顔を覗き込んだ。そこにあったのは、悔しげに、けれど悲しげに歪められた顔だったのだ。その時、モコナの目が見開かれる。それは彼女も同じだった。足元で輝く物に触れれば、それは輝きを収めて消滅したのである。
「消えた?」
『今の、サクラの羽根の気配だよ!』
「羽根じゃなかっただろ」
「欠片、でしょうか」
「て言うかー、普通こんな人目に付くところにあるかなぁ?」
その一連の動きを見た一行は揃って目を丸くした。次々に紡がれる言葉達は憶測に過ぎなくて、解決への道に進んでいる訳ではない。けれど、この時の言葉で最も確信が持てたそれはサクラの言葉だった。そして、ファイの疑問はすっかり消えてしまった喧騒の中に沈んで行く。そんな中、レイノは自身の手の平から消えてしまったサクラの羽根の欠片を握る様に手に力を込めて緩める、と言った動作を数回繰り返した。そして、誰も答えられないであろう疑問をそっと呟いたのである。
「どう言うこと…?」
このグラーツと言う町には市街地から少し離れた場所に「エッゲンベルク城」と呼ばれる森に囲まれた城がある。城門からファサードまでの間に開放的にある庭園は何時でも手入れが行き届いており、グラーツが誇る文化遺産だ。城内にはたくさんの間(ま)があり、それらの一つである「惑星の間」には噴水の上に巨大な鏡が浮かんでいる。その前に居るある一人の少女はそこに向かって静かに視線を向けていた。そして、鏡にはある男が映っており、どうやらその人物と会話をしているようである。
「レイノとフェンリーが出会った……これで良かったんでしょう」
『ああ。これで道筋を戻せねばな。期待しているぞ、サクラ』
「…ええ」
ただ一言だけ声を出すと、ニヒルに笑ってみせた男は鏡から姿を消した。その瞬間、「サクラ」と呼ばれたその少女は大きく溜め息を吐いたのだ。――道筋を戻す、なんて何馬鹿な事を言っているんだろう。そう言ってやりたいけれど、それをしてしまえば私は一生あの子に会えないから、できない。それを分かってて敢えて、なのでしょうね、あの男は。一番分からないのは自分の事なのかもしれない。あの子の根元は変わらないのかもしれない。けどね、少しずつでも「あの子」だけの心が出来てると、私は思うのよ。だから、あまり過信しない事ね。分かってるのかしら。
ねぇ、飛王。