赦してくれますか

「美華、クラウン行こうよー!」
「今日はパス」
「えっ、行けないの? 珍しいね」
「バイト入れちゃった。ごめんね」
「バイト? 何の?」
「TV局」

 放課後、それは学生たちが楽しみにしている時間の一つである。うさぎもその中の一人だ。今日もまた行き付けの喫茶店であるクラウンで集まるらしい。何時もなら「仕方ない」と言いながらうさぎに着いて行くところだが、生憎今日はそうもいかない。高校からバイトを始めた美華に一度それを詰め込む理由を聞いた事があるが、金が欲しいと言う自分の欲望丸出しの解答をもらったので余り首を突っ込まない様にしているのを思い出した。


「TV局!? バイトあるのね」
「みちるちゃんから紹介してもらってね。あの人バイオリニストでしょ?」
「さすがみちるさん…」

 TV局のバイトは求人誌にも載っている事が稀であるため、芸能関係者からのコネがないと入る事さえ難しい職種だとされている。中身は雑用、スタジオの使用許可などTVと言うメディアに直接関わりはしないものの、それらがなければ物を残す事も出来ない大切な役割だ。そんな役割を美華に任せると言う事は、それだけみちるの中の美華に対しての信頼が大きいと言う事だろう。――そんな裏の事情を知っているみちるも充分TV局の信頼を得ていると思うが。




 銀河TV局内でバイト中の美華は多数の備品を運んでいた。こう言う事をしていると、体術を習っていて良かったなぁ、としみじみと思う。生まれながらの負けず嫌いが功を成したのか、続けていて良かった、とさえ感じた。――ふとカメラのシャッター音が自身の耳に届く。そちらに視線を向ければ、そこにはカメラを構えたスタイルの良い女性が居た。


「……さきさん? でしたっけ」
「ええ。あなたはここの職員? にしては若いけれど」
「バイトです。これから撮影ですか?」
「ええ。今話題のスリーライツを撮らせてくれる事になったのよ」

 さき、と呼ばれたその女性は、心底楽しそうにカメラを抱き締めた。この時ほど自分の好きな事を仕事に出来て良いなぁ、と思った事は無い。――運んで来た台車から、レフ板を取り出し、それを担当の職員に渡して行く。見た目よりも重いそれを何時間も持つ仕事は、想像以上に重労働らしい。ただひたすらに尊敬の視線を向けつつも、美華の意識さえもスリーライツに向いていた。


「彼らと同じ学校なんですけど、相変わらずすごい人気ですよ」
「あのメディアの露出の多さにあの容姿じゃ、放って置くところは無いわよね」
「…やっぱりさきさんも綺麗な顔だと思いますか?」
「もちろんよ。どの角度から見ても美しいわ…まるで彫刻品みたい」

 美華のその言葉は、スリーライツと同じクラスであるからこそ出て来るものだ。違うクラスであれば、ここまで彼らの人気には直面していないだろう。また、きっと彼らが、夜天が自身の事を個の人間として認識する事もなかった筈だ。――否、そうであると信じたい。しかし、ふと零れ落ちたさきの本音に、美華はぴくりと眉の形を歪めさせる事となった。


「――あの人たちは、そんなに大人しい人じゃない」
「え?」

 呟く様に響いたその言葉は、どうやらさきの鼓膜を震わせる事は無かったらしい。――当たり前だ、聞こえない様に言ったのだから。スリーライツは芸術品の様にただ待ち望むだけの存在じゃない。寧ろ真逆の、自身でチャンスを掴み取る様なそれだと美華は思う。そんな彼女は、何時もと同じ様にディレクターにスタジオの使用許可を取りに行った。さきからは真っ直ぐな視線を向けられるが、今行けば何を問い質されるか分からない。ちらり、と視線を向けてうっすらと笑みを浮かべる。――もう何も聞かないで。大人のあなたなら、その意味が分かるでしょう。




「さきさん!」

 先程のディレクターの解答をさきに伝えるため、美華はスリーライツが居るであろうスタジオへと歩を進めた。――スタジオの分厚く、重い扉を開けて耳に入って来たのは、さきと誰かが言い争っている声だ。TV局でバイトを始めてからと言うもののこう言う場に鉢合わせるのは初めてだが、それにしても何処かで聞いた事のあるそれだ。
 スタジオ内へと足を進めて行くと、艶やかな金髪、真っ赤に燃える大きめのリボンが視界に入る。嫌な感覚を心に秘めてカメラマンの名を呼ぶと、口論の相手も同時にこちらに顔を向けた。――美奈子である。


「あら。あなたはさっきの…」
「美華ちゃん!? なんでここに?」
「いや、それわたしの台詞なんだけど…」

 美奈子の驚きの混じった問い掛けに答えれば、放課後には見なかったなぁ、と今更ながらに思い出した。彼女の食い付きようには苦笑を浮かばざるを得ないのである。だが、今の優先順位はさきだ。その事を思い出した美華はディレクターから頼まれた伝言を伝え、美奈子の頭を叩く様に軽く撫でた。美華が男だったら、今の行為で美奈子は完璧に堕ちていただろう。その一連の流れを見てしまったスリーライツはメイクをしてもらっている反面何も出来ないが、何処か恥ずかしくなってしまったらしい。


「じゃあ美奈ちゃん、行こう?」
「えっ、でも…」
「大丈夫だから。お腹空かない?」
「…ん。けど、うさぎちゃん拾わなきゃ」
「え゛っ。どっか行っちゃったの? てか来てんの?」

 そんな何処かうぶなスリーライツには気付かず、美華は美奈子の手を引いてスタジオの出口へと歩を進めた。それでも渋る美奈子に苦笑を浮かべながらも、横目で撮影を再開させられた彼らに対して「プロ」を理解しているんだなぁ、と少し見直したのだ。――そんなこと、本人たちには死んでも言うつもりは無いけれど。そんなわたしの視線に誘導され、美奈ちゃんもそっちを見れば言いたい事が分かったのか、やっと笑顔を見せてくれた。けれど、その後に続いた言葉に、口角を引き攣らせたわたしはきっと悪くない。




「うさぎちゃんったら、どこ行ったのかしら」
「これで帰ったとかぬかしたら明日クラウン奢り決定だね。高いやつ食べてやるんだから」
「まあまあ。うさぎちゃんの通常運転じゃない」
「そうだけ、――」

 スタジオを出てからうさぎを探し続けていた美華と美奈子だが、一向に見付かる気配は無い。その事実に段々と苛立ちを覚え始めた美華から、暗いオーラが出ているのは気のせいではないだろう。目の前にある裏口へと繋がる扉を開けてさっさと帰りたい。しかし、ここら辺りに居れば、なんて願いも無駄となるのだ。だが、代わりにそこには仕事終わりのコーヒーを楽しむさきが居た。視界を広げようとした瞬間、缶が地面に転がり、さきの悲鳴が響き渡る。さきの目の前にはこの前見たセーラーアイアンマウスがさきに狙いを定めていたのだ。


「あれ、敵…!?」
「美奈ちゃん……変身。早く!」
「は、はいっ!」

 急な敵の出現に戸惑う美奈子とは裏腹に、美華は冷静に今の状況を頭の中で整理していた。前世の記憶があるにも関わらず変身が出来ないのは心苦しいが、今この場にセーラー戦士として覚醒している美奈子が居てくれて本当に良かった。もう少し欲を言えば、うさぎも居て欲しかった気持ちもあるが。どれだけダメージを与えても、戦士の力では生きながらえさせる事は出来ないのだから。
 さきが敵の攻撃に襲われた瞬間、悔しげに顔を歪めた美華は、それを発散させる様にアイアンマウスに渾身の蹴りを喰らわせた。しかし、生身とセーラー戦士。強いのがどちらなど、一目瞭然である。そのまま身体を投げ飛ばされるが、ちょうど後ろに居たヴィーナスに受け止められる事となった。――ヴィーナスが居なければ、コンクリートに激突していただろう。そんな時、美華が後ろを振り向けば同時にムーンが駆け付けている最中だった。どうやら、ファージに対する感覚は弱まってはいないらしい。――しかしここで残念なお知らせだ。生憎と美華には、月夜に輝く銀髪に良い思い出がないのである。


「…げ」
「げ、じゃねぇよ。あんた、またなの? どんだけ巻き込まれんの? 馬鹿なの?」
「違うよ! わたしはムーンに巻き込まれてるの! 至って普通の一般人だから」
「一般人は武装してる奴に生身で攻撃したりしない」

 その瞬間、美華の脳内には先日のヒーラーとの口論の情景が浮かび上がっていた。思わず反射的に声を漏らしてしまい、残念な事にそれはヒーラーに聞こえてしまっていたらしい。その言葉によって怒りを露わにしたヒーラーは、粗雑になった言葉遣いで美華を責め立てる。しかし、それを言葉を躱す美華の耳には、ムーンの抗議の言葉などは聞こえていないのだろう。勿論ヒーラーにも、それを見て冷や汗を掻いているファイターとメイカーの姿も見えていない筈だ。


「べ、別に助かったんだから良いじゃん!」
「結果が良けりゃ全部良い訳じゃないのよ」
「難しい言葉良く知ってたねぇ、よしよしってする?」
「どこまで人をおちょくれば気が済むのこのポンコツ……」

 美華とヒーラーの口から紡がれる口論の言葉たちに、この場に居る人間全員が戸惑っていた。戦いの場としては何処か異様な状況から一番に我に返ったのは運悪くもファージで、この中で唯一一般人の風貌をした美華を的に絞ったのだ。しかし、美華は迫って来たファージの顔面に足をめり込ませ、周囲の人間を再び戸惑わせた。そこからようやっと我に返ったヴィーナスがムーンに声を掛け、浄化を促すと、ファージは人間に戻り、地面へと横たわる事になったのだ。


「あんたは何かしら首を突っ込んで無茶してるわね」
「別に無茶してる訳じゃないんだけど」
「その『無茶』がいつか命取りになるわね。惜しい人を亡くしたわ」
「惜しい人って思ってくれてたの……?」
「嫌味通じないの? このアホ女」

 ファージを浄化した事により、自身の中に少なからずあった緊張感が解けた美華は、ふとヒーラーを見上げた。諦めている様な、呆れている様な、そんな表情に美華の身体はとくん、と脈を打つ。そんな気持ちを抑える為に美華はおちゃらけた笑みを作ってみせた。そうしたらほら、何時ものふざけた雰囲気の出来上がりである。
 まるでコントの様な美華とヒーラーの会話に、未だに気を張り詰めているファイターとメイカーも思わず笑みを溢した。そして、何処か懐かしさを感じたのだ。会った事は無い筈なのに。この安心してしまう雰囲気は何なのだろう、と。


「…ほんと、どうしてそんなに身体を張るの」
「――守りたいものがあるから。ヒーラー達が戦う理由も、そうじゃないの?」
「……あんたみたいに頭を空にして生きられないのよ」

 ヒーラーは美華と目線を合わせては、理解不能、と言いたげに眉を顰める。しかし、その際に手を握られ、思わず驚きの表情を浮かべるも美華の真っ直ぐな双眸にその感情をなくしたのだ。一瞬苦笑を浮かべたヒーラーは、去り際に美華の頭をくしゃり、と優しく撫でた。そして、名残惜しげに美華の頬を再び優しく一撫でし、その場を去ったのだ。
 綺麗で強くて逞しい大好きで大切なヒーラー。昔はあんなに近かった距離も、今じゃ懐かしむ余裕もないくらいに遠いね。自分だけが覚えている事がこんなにも切なくて、苦しくて、こんなにも愛おしいなんて思わなかったの。あなたはもう、―――とは呼んでくれないかな。わたしの言動に照れるなんてかわいい仕草、もうわたしには見せてくれない?

 思い出して欲しいだなんて馬鹿げたこと、ゆるしてくれるかな。