十七話
しばらくして、腕の中で庄左ヱ門がもぞもぞと動き出した。どうやら離れたいようで軽く私の胸を押し返すが、それを無くすようにさらに抱きしめる。
「先輩、苦しいです………」
「潰したりはしない」
「そういう問題じゃないと思うんですが、」
「庄は私と離れたいのか……?」
「そういう問題でもないと思います」
少しだけ体を離して悲しむような顔と声で言うが、相変わらず庄左ヱ門は冷静でバッサリ切られてしまった。そんな変わらないことに喜びもあるが、そうにべもなく断られれば肩が落ちるのはしょうがない。だが庄左ヱ門の言うことももっともなので、渋々ながらも離れた。
「怪我は大丈夫?」
「はい。恐らく煙を吸いすぎただけだと思います」
「火傷は」
「僅かにはありますが、ほとんどかすり傷程度です」
「そう……」
自分の目で確かめ、本人からも確かめようやく安堵の息をつく。けれで庄左ヱ門は逆に眉間にシワを寄せる。それにどうしたのかと問いかけるが、庄左ヱ門のシワは増えるばかり。どうしたのかと原因がわからず首を傾げるしかない。
「先輩。僕よりも先輩の方が明らかに怪我の度合いが高いのでは?」
不機嫌丸出しの様子で言われたその言葉に目を丸くする。けれど庄左ヱ門にはその反応も不満だったようでさらにシワが増えた。
「ふっ、はは…」
「先輩。僕は真面目に言っているのです」
「ああ、ああ。わかっているさ」
堪えきれず漏れ出た笑いを庄左ヱ門は見逃さず、苦言を言う。それを遮って抱きしめる。あやすように背中を優しく叩いていると、子供扱いするなと怒られた。
「庄、私は可笑しくて笑っているわけじゃない。嬉しいんだよ」
「嬉しい、ですか?」
「ああ。こうやって私が無茶して、お前に窘められて。そういう当たり前のことが当たり前に出来る今があるっていうことが、たまらなく嬉しいんだ」
そういうと暴れていた庄左ヱ門の動きが止まり、背中にその小さな手が回される。
「ぼ、僕も。先輩にまたお会いできて嬉しいです」
見えないように顔を私の胸に押し付けてはいたが、僅かに見えた耳は真っ赤で。それが可愛くて、私は抱きしめる力をさらに強めた。
その後、私はまだまだ足りなかったが、庄左ヱ門が照れたことと怪我の治療や周りへの対応を訴えたことで渋々と今度こそ身体を離した。確かにまだまだ火は燃え盛っているし、表では騒ぎが大きくなっている。私が来た時点で他のヒーローはいなかったし、こんな大火事ではきっとオールマイト並のヒーローじゃないと助かる人なんて皆無だろう。
事後処理を思い浮かべてその面倒さにうんざりするが、庄左ヱ門はこの施設の居住者であった事実からこのまま連れていくことの面倒さと比べてみて、圧倒的に前者がましだという結論に至る。
「さて庄左ヱ門。恐らくだが今回の生存者はお前一人だ。そこで聞いておきたいんだけど」
「僕には両親がおらず、この施設に預けられていました。他に縁者も僕が把握している限りはいません」
「さすがだ庄」
僅かな言葉でこちらの意図を汲み取り、正確に客観的な情報を必要な部分だけ答える。相変わらず優秀な後輩にただでさえ緩んでいる顔がさらに緩んでしまうのは仕方がないだろう。
「ならば邪魔立てするやつはいないな。___庄。私はお前を引き取りたいのだが、異存は?」
緩やかに微笑み、差し伸べられる手を跳ね除けることが、どうして出来ようか。
「ありません!」
由紀のわざとらしい言い方も、元気よくその手をとった庄左ヱ門の姿も。何もかもがあの頃と同じで、二人は今が一番幸せだと言うように笑いあった。