十六話
倒れ伏し動かない庄左ヱ門の姿に、生まれ生きていたことを喜ぶよりも恐怖が押し寄せる。怪我をしたのか、煙を吸いすぎたのか、ピクリとも動かず倒れるその姿は、まさに前世の最期と同じ。
意図せず息があがる。視界が揺れる。今立っているのかすら分からない。昔【前世】の記憶が、目の前とリンクする。
嗚呼死んでしまう。違う。あの子が、あの子達が。違う、ここは違う、まだ、まだ間に合うはず、まだ死んでいない。でも血が。違う、これは違う、この景色は違う。嗚呼でも、早く。動け、早く動けよ。早くあの子の元へ行かなくては。なんで動かない。嫌だ。早く。嫌だ、もう。死んでしまう。嫌だ。嫌だ。嫌だ!
目の前が真っ暗になりかけたその時。倒れていた指がかすかに動く。たったそれだけで、由紀の視界は明るくなり、思考が現実に戻る。
あの子は、まだ生きている。
その事実を脳が認識するのと、庄左ヱ門の上に屋根が崩れ落ちたのは同時だった。考える前に体が動き、一息で移動すると庄左ヱ門に当たる前に木材を蹴り飛ばす。火がついていたせいで少し火傷をおったが、そんなものどうでもよかった。
「庄………庄っ、」
抱え上げた庄左ヱ門は、意識こそないけれどそれでも確かに心臓は動き、息をしている。生きている。そのことがとんでもなく嬉しくて瞼が熱くなるが、火が弾ける音に現実に引き戻される。とにかく早くここから脱出しなければ。
自分の上着を庄左ヱ門に被せ、出来るだけ外と触れ合わないようにしっかりと抱え込む。すばやく周りを確認すると、まだ火が回りきっていないところを見つける。その先には僅かにだが外の景色も見えた。
躊躇いはない。まっすぐ最短距離で向かう。途中火が立ちふさがったが、庄左ヱ門が火傷にしないようにさらに抱え込み守ると、一気に駆け抜けた。ガラスが割れ、熱気から開放される。体をひねってうまいこと草むらに背中から落ちる。何度か転がり、ようやく止まった。
打ち付けた背中が痛い。あちこちに出来た火傷がジクジクと熱を持ってその存在を主張してくる。だけどそんなもの全部どうでもよかった。
「庄、庄………庄っ!」
傷には触らないように、それでもはやる気持ちを抑えきれず少しだけ荒々しくその小さな身体を揺らす。すると、瞼がふるえ少しずつその目が開いていく。さまようようにぶれていた焦点が徐々に定まっていき、その瞳に私が映った。
「由紀、せんぱい……?」
耳から聞こえるのは聞きなれた愛しい声。その声で、自分の名前が呼ばれたのが限界だった。ボロボロと涙が勝手に零れ落ち、頬を濡らしていく。状況についていけず戸惑っている庄左ヱ門を無視して、ただ衝動のままに抱き寄せる。
「庄、庄っ!」
「せん、ぱい……?本当に?」
「ああ!ああ!そうだとも!」
恐る恐る。その存在を確かめるように私の背中に手を回し、抱き締め返す庄左ヱ門。その反応が、今腕の中にいる存在が本当に庄左ヱ門で、確かにここに存在していることを実感させる。
「よかった………!よかった、本当に!」
庄左ヱ門を押しつぶしてしまうほどに強く、強く。まるで間にある少しの隙間も埋めてしまうほどに強く抱きしめる。心音の音が、ここに確かに生きている証。
表にいる野次馬やヒーローの声も。背後に感じる熱気も。なにも気にならなかった。