二十三話
昼にエンデヴァーと出会ってテンションがダダ下がりしているのでもう観戦どころではない。トーナメントに出ない生徒が観客席に戻ってきているがそれを気にするのすら億劫だ。
「浅間さん……?」
名前を呼ばれても庄左ヱ門の肩に顔を埋めて上げない。それに呼んだ気配が困惑したのを感じた。
「すみません。先輩は今少々お疲れですので」
「え!……き、君は?」
「僕は由紀先輩の後輩で黒木庄左ヱ門と申します」
「浅間さんは一体どうしたの?」
「少しいろいろありまして」
がやがやと周りに人が集まってきたのが分かる。でもまだ顔を上げたくない。今他の奴らと接するのはめんどくさい。
「ねぇ浅間さんはなんで体育祭出なかったの?勿体ないよ!」
緑谷が言った言葉に頷く周り。
少しだけ顔を上げ目だけで緑谷を見る。その時びくついていたけどそんな態度とるのなら最初から話しかけるな。
「先生方が危惧されて出るなと言われたんだ。校長先生直々に言われたらしょうがないでしょ」
「え!?」
「先生に?でも何で?」
「知らない」
最初から少ししか被っていなかった猫を被ることすらなんだかもう面倒になってきた。庄もいるしもうどうだっていいだろ。
「それより緑谷出久。第一・第二種目見たよ。凄いね。爆風を利用するなんて誰も思いつかなかった」
「え!あ、ああありがとう、!」
「使えるものはなんでも使う。いいね。その心意気は好きだ。騎馬戦でも周りを上手く使えていたじゃないか。指揮官の才能があるんじゃないか?」
「ええ!そ、そんなことないよ!」
「そうだよ!緑谷君凄かったんだよ!」
上手い具合に緑谷の活躍に話を逸らすことができた。こちらにいかに凄かったのか興奮気味に話す麗日や飯田を横目に、庄左ヱ門の肩に顔を戻す。それに庄左ヱ門は短い手を伸ばして頭を撫でてくれる。後輩に慰められるなんて。でももっと撫でてくれ。グリグリと肩に頭を擦り付けるとくすぐったいですといって叩かれてしまった。
こちらの様子を見に来ただけなのか、エキシビションがそろそろ終わりそうになり控え室に戻っていった。
「はぁ……」
「……大変でしたね、先輩」
「もう帰りたい」
最終競技のトーナメント。第一試合は緑谷と心操。あのくまの凄い彼だ。
「へぇ〜……あの個性じゃ確かに使いずらい」
「初見殺しですね。発動条件にもよりますが、分かっていれば対処はいくらでもある」
「楽しそうだね。庄」
「色々なパターンを想像して何が出来るのか考えると楽しいです」
昔を思い出しているのか、うきうきとしている庄左ヱ門にこっちも楽しくなる。
しかし勿体ない。あの個性はヒーローに向いている分類に入るだろうに。初見殺しだが相澤先生のように情報を秘匿すれば問題ないし、身体を鍛えればどうとでもなる。にも関わらず弾かれたということは、入試に問題があり、そこで零れた原石をここで回収するということか。なるほどよく出来ている。
試合はそのまま進んでいき、エンデヴァーの息子の轟が出てきた。
「うっわ……」
「寒いです」
「温めてやろう。もっとこっちにおいで」
「すでにひっついてますよね」
巨大な氷が会場の半分をしめ、目と鼻の先にまであった。あたりか寒くなり庄左ヱ門が震えればこれ幸いとさらに擦り寄った。
***
「………気持ち悪い」
試合が進み緑谷と轟の試合になった。
勢いよく出させる氷を指を弾いて生じる衝撃波で砕け激しい応酬に観客は盛り上がる。けれどそれと比例するように私の周りは空気が冷たくなっていく。実際私だけが空気を悪くしているのだが、庄左ヱ門は特に反応せず頷いた。
「指ボロボロですね」
「お節介。人の中にズカズカと土足で入り込む。ヒーローってのはそんなものなのかね」
「あのエンデヴァーの息子ですから。それなりの闇を持ってそうですけど」
「そんなもの当人の問題だろ。何か信号を送られたならともかく、勝手に首を突っ込むのは不愉快極まりない」
「出来れば距離を取りたい人種ですねぇ……」
緑谷が轟に何かを叫んでいる。一見するとそれはただでさえ劣勢のくせに敵に激を飛ばして訳が分からないが、唇を読めば彼らの会話が聞こえる。それはなんともまぁ意味がわからない。わざわざこんなところでやる必要があるのかと言いたいものだ。
「あ〜……もうめんどくさいな」
「どうされました?」
「帰りたい。家で庄のお茶を飲んでまったりしたい」
「本当にいきなりどうしたんですか……」
とんだ茶番。こんなところにまで来てわざわざこんなもの見せられるなんて時間の無駄。青春?ああはいはい若い者の特権だね。でも見ているのはもう飽きたよ。あと何試合?もう帰りたい。
グリグリと庄の肩口に頭を擦り付けていると、昼休みからずっと引っ付いているからかそろそろ離れろと言うように腕を叩いてきた。もう少しくっついていたかったが、さすがに引っ付きすぎたと思うので渋々離れる。とは言っても起き上がっただけで膝の上からは退かさなかったが。
ふと、顔を上げた視線は自然と放送室に向かう。たまたまなのか、あちらもこっちを見ていたのかバッチリと目が合った。相変わらず包帯でどこを見ているのか分からないが、何故かこちらを見ていると分かる。
首を中に向け振られる。まるで来いと言うようなその仕草。
「先輩。行かれるのですか?」
「ん〜……」
さっきは離せと叩いてきたくせに、相澤の仕草を庄左ヱ門も見たのかムスッとしながら寄りかかってくる。
言葉では問いかけてくるが、それは行くなと言うようなものだ。
「庄が嫌なら行かないぞ?」
そういって顔を覗き込むが、表情は不満そうなまま。すっかり機嫌を損ねてしまったようでどうしたら直るのか全くわからない。
「庄〜……?」
宥めるように頭を撫でながらゆらゆら前後に揺れるが、依然としてムスッとしたまま。それでも足を軽くブラブラさせながら口を開いてくれた。
「……僕が嫌じゃなかったら行くんですか」
「そりゃあ……ここで行かなかったら後で面倒そうでしょ?」
「…………」
「庄〜。黙ってちゃ分からないよ」
「……………本当に、それだけですか」
「ん?」
最後の一言がよく聞こえず聞き返すが、庄左ヱ門は何でもないと首を振る。どうしたものかと悩んだが、いきなり膝から立ち上がる。
「先輩。行きましょう」
突然変わった態度に驚くが、ニッコリと笑いながら右手を引く庄左ヱ門に逆らわず立ち上がる。
「突然どうしたんだ?」
「何がですか?」
「いや、行かせたくなさそうだったから…」
「そんなことはありませんよ。それにもし行くとなっても先輩は僕も連れて行ってくれたでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「ならいいじゃないですか。行かないで先輩が後で何か言われるのも嫌ですし」
何が何だか分からないが、とりあえず手を引かれるがままに放送室に向かった。