二十五話
体育祭が終わって初めての学校。教室の中は朝からざわざわと騒がしかった。
体育祭の感想を興奮ぎみに語り合っており、参加していないなかったから話しかけられたりしていたが、適当に相槌を打っておいて右から左へ聞き流していた。
そんな騒がしさも先生が入ってくれば途端に静まるのだからよく躾られている。
体育祭の内容を観たヒーロー達によるスカウト。これは伸びしろをみて出している部分もあるので、今後によっては取り消される場合もある。そのスカウトが発表され教室内が一喜一憂しているのを、体育祭に参加していないのだから当然指名も来ていないので、眺めていた。
指名が来ていない者は事前に受け入れ許可をもらったヒーローのなかから選び行く。私はヒーローになるつもりはないのだけれど、授業の一貫だからこれも行かなければいけないのかと面倒に思いながら、リストを見る。
すると、影が出来たのでリストを見ていた顔を上げると、目の前に轟が立っていた。
「なに?」
「………少し来てくれないか?」
「なんで?」
「二人で話がしたい」
めんどくさい。が、断るのも後々絶対に面倒くさくなる。幸いなことにこちらを気にかけている人はいないし、会話を聞かれたわけでも無さそうだから渋々と頷いて席を立つ。
「浅間」
私の後ろに続くように轟が教室の外に出た瞬間。最近よく関わる声に呼び止められ振り返ると、壁に寄りかかるように相澤先生がいた。
「どうされましたか相澤先生?」
「……お前に指名がきている」
「は?」
手渡された紙にはただ一つ。ナンバー2ヒーローエンデヴァーの名前が。
「………なんで私にきたんでしょうか?」
「俺が知るか。だが体育祭に出ていないお前に指名がきたって周りに知られると煩くなるだろ。だから朝には知らせなかった」
「お気遣いありがとうございます」
「ん。じゃあ職場体験はそこでいいな」
「全力でお断りしたいのですが」
「駄目だな」
ため息をついて了承すると、先程から後ろにいたまま微動だにしない轟の方を一瞥する。
「悪いな。引き止めたか」
「いえ大丈夫です」
とりあえず頭を下げて相澤先生がいる方とは別の方向に足を進めると、後ろから着いてくる気配が一つ。背中に痛いほどの視線を一つ浴びながら、人気のないところに足を進めた。
***
「で、一体何の用」
人気のない廊下につき、この辺りなら大丈夫だろうと振り返りざまに問いかけると、轟は無表情のままチラッと持っていた相澤先生にもらった紙を見る。私に視線を戻して停止。
「………」
「………」
「……………」
「……………」
いやなんか言えよ。
え、なにこれ。最近の奴らって黙り込むのが主流なの?
「…………それ」
ようやく口を開いたかと思えば、示しているのは指名の紙。
「お前、親父となんか関わりあるのか?」
「ない」
「……」
「私自身なんで指名がきたのか不思議なんだ」
「………この間。体育祭が終わってから親父にお前のことを聞かれた」
「へぇ」
「お前、一体親父に何を言った?」
轟の言葉に肩をすくめる。
「別に何も。確かに体育祭の時に少しだけ話したけど、私はいたって普通に会話しただけ。そしてその内容をお前に話す義理も義務もないよ」
轟は僅かに眉を動かしたが、元々感情が出ない質なのだろう。無表情のままじっとこちらを見続ける。けれど、その目は僅かに疑問の色を写していた。
「まあ、俺も親父の所に行くから。職場体験ではよろしくな」
「………お前とよろしくする理由はない」
私の言葉に右手を差し出しかけて僅かに目を見開く轟。それを置いて、さっさと踵を返して荷物を取るために教室に急いだ。
早く行かないと庄が待ちくたびれてしまう。
職場体験なんて、一週間も庄と会えない。庄不足で死んでしまう。なんとか庄も一緒に連れていくことはできないものか………。いや、無理か。むしろ欠席する方がまだ望みはある。
そもそも、ヒーローを目指していない私には職場体験なんて不要なんだ。