三十七話
浅間が倒れると、すぐに相澤が傍に駆け寄った。
「色々やばいです」
「すぐにリカバリーガールの所につれていこう!」
「けど動かすとやばいっぽいから、ゆっくりとしか無理じゃね?」
浅間は打撲に切り傷にと身体中傷だらけ。そんな中急いで動かすと怪我が悪化する心配があり、すぐに動かすことが出来ない。
リカバリーガールを呼んできて来てもらおうとなった時。騒ぐ他の教師を総無視して相澤は浅間を抱き上げる。
「おぉ?」
「あら」
「へぇ」
「意外だな」
「相澤くん!?!?」
その姿に面白そうに反応する同僚達を構わず、相澤はリカバリーガールの元に急いだ。姫抱きで。
「おいおいおい!イレイザー!そういう関係だったのか!?」
「なんで何も言ってくれなかったのよ。水臭いじゃない」
「馬鹿なこと言わんでください。ただこうして運んだ方が合理的ってだけです」
ため息をついて茶化してくる同僚達を躱すが、姫抱きにしているということは密着しているわけで。浅間の身体や柔らかさがダイレクトに伝わり、内心では緊張しっぱなしだった。
試験が始まる前に、轟と楽しそうに話しあまつさえ名前呼びの話をしているのを見て嫉妬もしたが、今の方が断然役得だ。
少し気絶していたようで、誰かに抱えられて移動している。規則正しい振動に、顔の横にある温もりが心地よかった。
僅かに戻ってきた視力には、黒しか写らない。それでも伝わる心臓の音が、ひどく安心する。
「…気づいたか」
どうやら運んでくれていたのは相澤先生だったらしい。
私が目を覚ましたことに気がついたようで、歩きながら聞いてくれる。
少しかかる髪がくすぐったくて身じろぐと、先生は少し顔を離した。
「試験は……?」
「お前が最後オールマイトさんにハンドカフを掛けて終了。傷がやばいからな。ゆっくりとしか運べねぇが婆さんもこっちに向かってきている」
「…………なんでこの体勢?」
「下手に動かすことが出来なかったんだ。この体勢が一番合理的だ」
「相澤先生であった意味は……?」
「俺はお前の担任だからな。………嫌だったか?」
聞いてくるその声が、不安そうに聞こえた。
普段なら他人に触れられるのは不愉快でしかなかったのに。なぜだか今は平気で。伝わる心音も。温もりも。優しく見下ろす目も。心地よかった。
「……………いいえ。安心、します」
ああ。頭がフワフワする。さすがに今日はやり過ぎた。今世で初めての実践とまで言っていいほどやったから。身体中ボロボロだ。
ゆっくりと目を閉じて、相澤先生に身体を預けた私は、相澤先生が私の言葉に目を見開きそれから愛しいものを見るような目だったなんて、気がつくことはなかった。
***
「全く!揃いも揃って子供を虐めるんじゃないよ!!」
怒鳴るリカバリーガールに、その前で身を縮める教師陣。
私の姿を見たリカバリーガールがきれ、私の治療をする傍ら全員を正座させ説教だ。
「目は出血による後遺症だね。もうほとんど回復しただろ?」
「はい」
「耳は若干聞こえづらいだろうが、今の体力だとこれが限界だ。腕の刺傷は治したが、細かいところは自然治癒でやったほうがいいね」
「ありがとうございます」
「血が足りなくて貧血気味だからね。よく食べてよく休みな。しばらくは激しい運動は禁止だ」
「分かりました」
立ち上がると、やはり血が足りないのかふらつき、隣にいた相澤先生に寄りかかるようになった。
「すみません」
「いや、いい」
まだふらつく私の腕を掴んで支えてくれる。
「そんなザマじゃ危ねぇ。送ってやるから待ってろ」
「いえ、さすがにそこまでお世話になるわけには……」
「構わん」
「…………じゃあ、お願いします」
ふらつくのは事実だし、このまま帰ってもいいけど危ないっていう言葉もその通り。まあ別にいっかと深く考えず了承すると、相澤先生は満足そうに頷いた。他の先生方がニヤニヤ笑っているが、何でだ。
「先輩!」
「庄!!」
救護テントを翻して勢いよく入ってきたのは、庄左ヱ門だった。急いできたのか少し汗をかいている。私の姿を見つけると安心したような顔をしたが、すぐな真っ青になった。
「せ、先輩……!その傷は!?」
「もう擦り傷程度だよ。大丈夫」
「よかったぁ……」
ああ可愛い。安心したように大きく息をついて、トコトコとこちらに近づき、抱きついてくる。相澤先生との間に割り込むように抱きつき、掴んでいた腕を離させたという意図があるなんて、私は気がついていなかった。
「先輩。お疲れ様です」
「ああ……さすがに、疲れた」
「ならもう帰りましょう?今日は僕がご飯を作ります!」
「庄の手料理?楽しみだ。だけど帰りは__」
「俺が送ることになっている」
話に割り込んできた相澤先生を下から見上げた庄左ヱ門。心なし気温が下がったのは気のせいか?
「何故あなたが?」
「こいつがフラフラしてて危なっかしいからだ」
「僕がいます。必要ありません」
「その身体でこいつの事を支えられるのか?」
「大丈夫です」
二人の間に火花が散っているように見えるのは私だけか?なんでこんなに仲が悪いのか。
「そもそも。下心がある輩を先輩と一緒にさせるわけにはいきません」
「下心だ?何言ってんだ。マセガキが」
「仮になかったとしても、男性教師が女子生徒の家に上がり込むなんて、世間体が悪いんじゃないですか?」
「上がりこむ予定なんてねぇ。送るだけだ」
「僕がいるので必要ないと言ったんです」
「その身体で支えられるとでも思ってんのか」
「まあまあおふたりさん!!ここは妥協といこうぜAre youOK?」
このままじゃ埒が明かないと判断したプレゼントマイクが間に入ると、二人の睨みは彼に向かう。相澤先生は元より、庄左ヱ門の睨みも10歳とは思えない眼力なので、一気に被害にまわったプレゼントマイクは肩をビクつかせる。
「関係ない人が口を出さないでください」
「引っ込んでろマイク」
「わぁお!息ピッタリ!仲いいなお前ら!」
「「黙ってろ/黙っててください」」
「ummm……」
二人から総攻撃されたプレゼントマイクは、影を背負って角でのの字を書いていた。
それより早くこの状況を収めないといつまで経っても帰れないし、怒る庄左ヱ門も可愛いけど、正直血が足りなすぎてちょっと意識がやばい。
「あんたらいい加減におし。そろそろこの子が限界だよ」
リカバリーガールの一喝で瞬時にこちらを見る二人。本当に仲いいのか悪いのか分からないね。あ、やばい。
と思った時にはもう意識がなくなった。
***
「先輩!?」
「浅間!?」
リカバリーガールが言ったと同時に浅間の方を見ると、グラリと崩れ落ちる姿。睨み合っていた黒木と慌て、なんとか腕を伸ばして地面にぶつかることは避けた。
腕の中にいる浅間は血の気が引いた顔で目をつぶっており、伝わる熱がなければ死んでいると勘違いしそうなものだった。
「先輩……、先輩」
黒木が浅間に負けず劣らず真っ青になり、心臓の音を確かめようやく息を吐いた。
「………仕方ありません。僕では先輩を抱えることは出来ませんから、今回だけ目をつぶります」
渋々と。本当に仕方なくといった感情を全面に押し出す黒木。それに苦笑いしながらも、心の中ではガッツポーズをしてしまう。
「イレイザー。あんた送り狼になるんじゃないよ」
「What!?やっぱそういう関係なんじゃねぇかよ!!」
「婆さん変なこと広めるなよ」
「そうです。そんなこと僕が許すわけがない」
リカバリーガールの言葉に妙にドキリと嫌な意味で心臓が跳ねたのを誤魔化すように、ザワつく周りにため息を吐く。すると冷えきった黒木の声が響き、その場が静まり返った。
すぐ下にいる黒木を見ると、口元だけ辛うじて笑っているだけで、その目は冷えきりこちらを睨みつけていた。
あの時と同じ、この年で放つには不釣り合いすぎる殺気と威圧で。下から見上げているという状況でありながら、思わず後ずさってしまいそうな気迫だった。
「第一、何なんですか貴方は。先日忠告した時は何も気づいていなかったというのに。僕が言った途端に自覚して、行動を起こして。不愉快なんですが」
「………」
「前も言ったとおり、僕の意思は変わりません。貴方が認めようと認めまいと、先輩を貴方には渡しません」
静まり返ったその場には、黒木の声だけが響く。
ああそうだったな。お前のお陰で俺は気がつけたんだよな。だが俺はお前に何も言っていない。
お前も、浅間も。はたからみればおかしいほど互いが互いに依存し、溺愛している。だからこそ、浅間は他人に興味がなく黒木は浅間に他人が近づくことを嫌う。
そんな黒木に忠告されたということは、俺は黒木にとって"浅間を奪われるかもしれない人物"として認識されているということだ。
なら、それ相応の決意表明ってやつをやらなけりゃ、こいつに認められることなんてない。
「構わねぇよ。お前に認められようが認められまいが、こいつは俺がもらう」
黒木は一瞬目を見開き、射殺さんばかりに睨みつけてくる。そして周りは一気に騒がしくなった。
「青春ね!」
「おいおい!マジかよイレイザー!!」
「相澤くんマジかよ!!!!」
「……まさかあのイレイザーが」
「驚いたね」
こいつらに知られたら絶対騒がしくなるだろうと思っていたが、案の定煩くなった。これは絶対今後弄られるな。
「けど相澤くん!卒業まで手を出しちゃダメだよ!」
茶化す声に混じって聞こえた声に、慌ててそちらを向けば校長がさり気なく混ざっていた。
不味い。何が不味いって。他の奴らはまあ何だかんだ言っても面白いことが好きだから茶化すことはあっても何か言うことはないだろう。だが校長は立場だってある。さすがに自分の学校の教師と生徒だと苦言を言われるか……。
と、思ったところで、さっきの言葉をよくよく思い出す。
「………校長、止めはしないんですか?」
「ん?別にいいんじゃない?ただ未成年に手を出すことは犯罪だからね!想うことをとめはしないさ!」
まあその子が許せばの話だけどね!
そう続けて、黒木に視線を戻す。
ムスッとした表情でこちらを見ている。冷たく刺すような空気も、殺気立った目も相変わらずだった。
「…………僕は、先輩には幸せになってほしいんです。先輩がそれを選ぶというのであれば……嫌ですが我慢します」
本当は、先輩が僕らのことでずっと後悔しているのを知っていた。自分自身を責め続けているのを知っていた。
だから、今世では先輩には幸せになってほしい。昔は僕らの復讐だけで終わってしまった先輩に、自分の為に生きてほしい。
___だけどそれと同時に。先輩に新しい関係を作ってほしくない。離れないでほしいという思いがある。
新しく誰かがいては、先輩は僕を捨ててしまうんじゃないか。僕らを、忘れてしまうんじゃないか。
そんなことあるわけないのに。そう思ってしまう。
だからこそ。
「先輩が、ご自身の意思で選び。先輩を絶対に悲しませない。幸せにする人物しか認めません」
簡単に認めることなんて出来るものか。
お前が、その相手だなんて、認めるものか。
「貴方が本気で由紀先輩を想うと言うのであれば、貴方自身の力で先輩を射止めてください。___由紀先輩のご意思なら、まだ許せます」
自分の身勝手な思いで、先輩を縛るわけにはいかない。先輩の幸せを、潰すわけにはいかない。
そんな思いで言うと、相澤は驚愕の感情を顕にしたかと思えば、すぐに徴発的に笑った。
「それは元から承知だ。言われなくとも振り向かせる」
「調子に乗らないでくださいよ。僕は今現在貴方を認める気は一切ありませんから。全力で妨害していきます」
「それでも、手に入れてみせるさ」
「………チッ」
舌打ちする黒木は、大切そうに浅間を見るとさっさと行きますよと促してくる。それに荷物はどうするのかと聞けば、既に荷造りが済んでいる浅間の鞄を差し出す。用意周到なことで、苦笑しながらテントをめくる黒木を追いかけるため、浅間を横抱きに抱え直した。
「それじゃ、俺はこれで失礼します」
「おう!fightだぜイレイザー!!」
「報告は入れなさいよ」
「本気なら応援するぜ相澤くん!!!」
「襲っちゃ駄目だからね!」
激励なのか茶化しなのかよく分からない言葉をかけてくる同僚達を背に、俺は黒木の後を追った。
腕の中の浅間は、血の気を失っていても、目を閉じ穏やかに寝息をたてていた。