過去と忍びと今とヒーロー
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  • 三十六話(5/4修正)


    開始早々爆音で攻撃される。
    プレゼントマイクの個性か。さすがに隠れていて場所が分からない。耳を塞いでいるのに凄い騒音だ。
    プレゼントマイクは鬼肺活量。それでも息継ぎの時間はある。何よりも、プレゼントマイクの個性は厄介だ。
    とりあえず、先にやつを消しておこう。
    雄英の教師は全員プロヒーロー。個性を使わず勝てるなんて思っていないし、エンデヴァー一人でもあれだけボロボロだったんだ。それが数人。話にならない。

    大きく息を吸って、影の中に沈む。

    影の中は暗い水の中のような感じだ。外がどれだけ騒がしくても、中には一切聞こえない。破壊は僅かに影響されるだろうけど、それだって僅かに揺れるだけだ。

    泳ぐように進み、プレゼントマイクの影に潜む。

    「YAAAAAAAAア"!?」

    ガチャンという音と足首に感じる重みに慌ててそちらを見ると、足首にハンドカフが掛かっていた。

    「What!?!?いつの間に!!」

    手だけを出してプレゼントマイクの足首にハンドカフをかければ、すぐにまた影の中に潜む。そろそろ限界だから早いところ離れて出なければ。

    そう思って移動した途端に、影が揺らめいた。
    外での影響を影の中で受けることはあまりない。例外があるとすれば、外の地形がまるまる変わり影の場所が変わったということ。つまり。

    「セメントスか……面倒な」

    プレゼントマイクとの一瞬で私がどこにいるのか把握したのだろう。このままでは出口を全て塞がれて出られなくなる。しかしそうなる前に出るには、彼らの思う通りの場所に出なければいけない。

    「……チッ」
    「見つけましたよ」

    まんまと外に出された場所にはやっぱり待ち伏せされていた。出た瞬間にミッドナイトの眠り香が。しまったと思った時にはもう吸い込んでいた。

    「いい子ね。そのままお休み」

    ミッドナイトの声が遠い。視界がぼやける。足元がふらつき、倒れ込みそうになり___自身の腕に短刀を突き立てた。痛みで覚醒してすぐに驚いているミッドナイトに襲いかかる。しかし相澤先生に邪魔をされてしまった。

    「痛みで眠り香を無効化するなんて、無茶するわね」
    「動脈は避けています。止血はすぐに。被害は最小限です」
    「だが俺たち相手に苦戦しているな」
    「そうですね。やはりプロヒーロー。そう簡単には勝たせたもらえませんよね」

    コスチュームにはいろんな所に収納場所を作ってある。それはさっき使った短刀もそうだし、昔に使っていた手裏剣に苦無。鈎なわ。鎖鎌。いろいろなものを隠し持っている。そして勿論。その中には煙玉も。

    一隙をついて煙玉を取り出し地面に叩きつける。プロヒーローならばこの程度すぐ対処するだろうが、辺りが煙で充満し、一瞬でも視界から外れる。個性を消していた相澤先生から外れた瞬間に影の中に飛び込んだ。

    先生方から距離をとるため、またセメントスに追い出されぬよう全力でその場を離脱する。
    それなりに距離をとったらその場で一番大きなビルの屋上に出た。
    更なる受難ってのは、教師が増えるということか。ならば、プレゼントマイクが脱落した今一番厄介なのはセメントスだ。あのコンクリートで捕まったら逃げ出すのは面倒。ならばどうするか。
    わざわざ敵の前にでて馬鹿正直に正面から戦う必要はない。勝利の条件は三人にハンドカフを掛けること。その為の手段は特に指定されていない。

    まだこちらに気がついていない眼下にいるセメントスに向かって、右手を突き出す。軽く目を閉じ大きく息を吸う。静かに目を開き、セメントスをこの眼に写した。



    「ぬっ!?」

    また影に潜った浅間を探すため街を歩いていると、いきなり自分の影がうねり巻きついてきた。引きちぎろうとするが、それは締め付け動きを封じてくる。

    ゆっくりと。焦って一気に動かすとほころぶ。だからゆっくりと。手のひらを握りつぶし、セメントスを影で締め付けていく。
    あと少し。となったところで、いきなりコンクリートが盛り上がりセメントス自身をドームで包んだ。
    僅かに眉を潜める。気が付かれたか。
    腕を下げ影を手放し、すぐにその場を離れた。


    あと少しで完全に動きが封じられようとしたとき、一か八か自分をコンクリートのドームで包む。すると、締め付けていた影がなくなった。
    この影は浅間の個性だろう。こういう個性の大概対象を視界に収めていないと効果があまり出ない。だが浅間がどこにいるか分からない以上、自分を周りから遮断した。すると案の定個性が解除されたのだから、考えは当たっていたのだろう。


    さて、どうしようか。時間制限もあるしあまり悠長にはしていられない。とにかく一番厄介なのはやっぱりセメントス。次に厄介なのはミッドナイト。最後が相澤先生かな。
    どうしようか。実力者が数人相手でこっちは一人。援軍は望めず戦うしか選択肢はない。こんなときあいつらならどうするかな。

    《爆破で一網打尽だ。一つの場所に誘導ぐらい簡単にしろ》
    《ギンギンにねじ伏せる!》
    《いけいけどんどーん!!》
    《………もそ、各個撃破》
    《正面から勝負だー!!》
    《毒でもばら撒くかな》

    ………何一つ参考に出来そうにない。辛うじて長次かな。でも各個撃破とはいっても戦い始めればきっと他の二人もやって来るだろうし、更なる受難ってやつがこれで終わりとは限らない。

    少し考えて、ため息を吐く。


    ________________

    歩いているセメントスを発見すると、一気にその背後に回る。しかし予想していたのか簡単に防がれてしまった。

    「さっきの手はもう使えないよ」
    「使う気はありません」

    短く息を吐き、拳を放つ。それも同じように防ごうとするが、何やら違和感を感じ回避をとった。受ける場所がなくなった拳はそのまま地面に向かい、抉った。

    「な、…」

    よく見れば、浅間の体には先程までのセメントスと同じように影がまとわりついていた。違うのは、セメントスの時は動きを封じるために締め付け、今この時は浅間を補助するための役割を持っている事だ。
    影は、相手を拘束する術にもなれば自身を補助する術にもなり、使い方次第には盾にも矛にもなる。浅間の個性は【影】。浅間の技術とイメージ力次第で、いくらでも使いようはあった。

    構え、セメントスに向かっていく。脚力も勿論影で補助しており、一瞬で間合いを詰める。なんとかギリギリ回避が間に合ったが、すぐに第二撃が襲いかかる。
    まずい。回避は不能。壁を作りにしても間に合わない。
    迫り来る浅間の拳がスローモーションに感じられたその時。浅間がその場を飛び退く。先程までいたところには捕縛武器が通り過ぎた。

    飛び出してくるのは相澤。彼の目によって浅間の個性は消され、影に潜むことも出来ず完全な肉弾戦になる。しかしそこは男女の差。いくら浅間が鍛えようとも、徐々に押されていく。

    「っ!」

    相澤の瞬きの隙に個性を使おうとするが、セメントスが援護をしてきて使う隙もない。
    どうする。とにかく離脱を。と考えていると、相澤の蹴りが腹に直撃した。

    「ぐっ……!」

    いったん距離を取れたのは偶然だけど助かった。乱れた息を整えて構えると、相澤も捕縛武器を構える。

    「限界か」
    「慣れていないだけですよ」

    このままではイタズラに時間だけを消費する。なら。

    一気に飛び込むと、応じようと伸ばされた相澤の腕を掴み引き倒す。間髪入れずにかかと落としをすると、身を捻って交わされた。掴んだ腕は未だに持ったままなので捻ろうとするが、力任せに離されてしまった。
    もう一発煙玉を放つ。だが今度のはただの煙玉じゃない。鳥の子だ。

    「ぐっ!ごほっ!?」
    「な、なんだこれ……!?」

    素早く退避して私は被害を避けたけど、先生方はもろに食らったらしく涙や鼻水などを流している。混乱するセメントスの背後に静かに回り込み、今度こそその腕にハンドカフを掛けた。

    「!……やられたね」
    「あと一人です」

    掛けたと同時に飛んできた捕縛武器を交わして、その場を一旦離脱しようとする。けれどその前に、大きな大きな声が辺りに響いた。

    「なら今度は私だ!」

    その言葉と同時に降ってくるのは巨体。オールマイトが徴発的に笑い、浅間は僅かに顔をしかめる。

    (思った以上に出血が酷い)

    プレゼントマイクのせいでほぼ耳は聞こえない。ミッドナイトの眠りに抗うために腕を刺したので、止血したものの血は流れた。長期戦は不利。こんな状況でオールマイトを投入するなんて、限界を知るってのは本当に嫌な目的だ。

    「どうした!?考えている余裕なんてないぞ!」

    すぐ目の前に拳が迫り、ほぼ反射神経のみで避ける。しかしすぐに第二撃が迫る。交わすだけでも衝撃で傷はつく。だが交わすだけで精一杯だし、こんな攻撃受けたら確実に終わる。

    「はぁ、はぁ…」
    「もう終わりかな!?」
    「冗談、でしょう……!」

    一気に影を巻き付け動きを阻害する。ほんの僅かにしか止められないが、それでもさっきまでに比べればまだ交わしやすくなる。
    それでも、細かい傷は無数に出来るし出血も無視出来ないレベルである。

    限界は、案外早くやってきた。

    「ぁ…、?」

    力が入らなくなり、視界がぼやける。

    まだ。まだだ。まだ終われない。終わりたくない。

    ほぼ気力だけで立つ私を、オールマイトは真剣な表情で見る。

    「君は予想以上にやってくれた。まさかここまで強かったなんて思わなかったよ」

    そうして構えて。

    「DetroitSmash!!!」
    「が、ぁ…!?」

    威力は極限にまで抑えているのだろう。それでも、その威力は凄まじい。

    地面に叩きつけられ、もう力が入らなかった。


    終わり?ここで?こんなところで?
    嫌だ。私は強い。でもまだ弱い。ならもっと強くなりたい。こんなところで終われない。こんなところで躓きたくない。
    前ならよかった。どうでもよかった。でも今はいるんだ。失ったと思ってた光が。宝物が。たった一人だとしても、いるんだ。

    (庄……!)


    「じゃあ試験は終「待って相澤くん。まだ終わってない」」

    浅間が動かず、試験終了の合図を相澤が出そうとすると、それをオールマイトが遮る。
    じっと浅間を見据えるオールマイトは、彼女の戦意がまだなくなっていないことに気がついていた。

    すると、微かに浅間が動き、ゆっくりと。血を流しながら起き上がる。

    「馬鹿な!まだやるのか!?」

    明らかに限界のはずだ。耳も聞こえず、目も満足に見えないはず。出血だって危険なレベルだ。なのに、それでも彼女は立ち上がる。

    「まだ、まだ…終わってない……まだ」

    何をそこまで彼女を駆り立てているのか。
    歯を食いしばり、震え、気が抜けばすぐに崩れ落ちそうになるのを、ただただ気力のみで立ち続ける。

    「試験は、まだ終わって、ない………だって、私の足は、まだ動く……手は、まだ動く………まだ、私は動ける……!!」

    それは、明らかに他の生徒とは違った。その気迫も。その覚悟も。殺気混じりに睨みつけるその眼光も。何もかもその歳の子供が出来るはずもないものだった。

    「何故、なぜそこまで……」

    呟くように出たオールマイトの言葉に、浅間の動きが止まる。

    「私は、強くなりたい。……ならなくちゃいけない……!決めたんだ。もう奪わせ、ないって……あんな、あんな思いは、もう嫌だ……もう、もう二度と!!何も出来ずにただ見ているだけなんて嫌だ!!!!」

    心の叫び。ずっとずっと。転生してもなお浅間の心の奥底に根付き離れなかった。後悔。

    叫ぶと同時に力を取り戻したように真っ直ぐに立ち、オールマイトを見据える。

    「殺す気で行きます。殺す気で来てください」
    「………分かった。全力で行こう」

    初めて、彼女の本当の姿が見えた気がする。


    「はぁぁぁ!!」
    「うぉぉぉ!!」

    そして浅間とオールマイトがぶつかり合う。その瞬間。


    ガチャン

    金属音がして、背後を見る。そこには、影でできた人と、後ろに引いていたオールマイトの腕に掛かっている、ハンドカフが揺れていた。

    「は、はは……」

    ギリギリの所で二人は止まっていた。
    響くのは浅間の笑い声。最初は小さな声で、段々と大きくなっていく。

    「はは、ははは…!」

    目の前で呆気に取られているオールマイトを見て、目を細め笑う。

    「私の、勝ち…」

    言い終わると同時に後ろに倒れ込み、影も消えていた。

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