四十三話
「僕は絶対に認めません!!」
あみだで護衛役を決めてから、庄左ヱ門はずっと否定の言葉を口にしていた。
「庄、別に取って食われる訳じゃないんだ。何をそんなに拒絶している?」
「(取って食われる可能性があるからですよ!!)」
由紀が思っている取って食われるとは別の意味合いでのものだが、絶対に分かっていない。そういえば昔からこの先輩は任務なら敏感すぎる敏感らしいのに日頃の色恋沙汰は超がつくほどの鈍感だった。前世のことを思い出しながら、庄左ヱ門はそれで苦労していた先輩方のことを思い出しながら頭痛がしてきた頭を抱える。この苦労を先輩の同輩方はずっとやってきたのか……!
「〜っ!!とにかく!僕は反対です!変えてください!」
「んー困ったねえ」
顎に手を置いた校長は少し考え、庄左ヱ門の耳元に口を寄せた。
「黒木君、ちょっと」
「なんですか?」
二人でゴニョゴニョと内緒話をしているが、小声で聞こえないし口元を隠されているから読むことも出来ない。出されたお茶を一口飲む。美味しい。
「……浅間」
「どうされましたか?」
二人がけのソファが重みで沈んだかと思えば、隣に相澤先生が座っていた。
「黒木はあんなに反対しているが、お前はいいのか?」
「いい、とは?」
「俺が担当でいいのか」
「まあ誰でもいいので」
「だがやっぱり女の方がいいんじゃないのか?」
「私はそういうことは気にしません」
「………お前は、もうちょっと警戒心を持った方がいいな」
「十分すぎるほどあると思いますが?」
「黒木が苦労するわけだ……」
ため息を吐かれた。解せぬ。
相澤先生はそれ以上何も言わず、私の頭を軽く叩いた。瞬間に横から伸びた手に叩き落とされた。その手の先を見れば、校長との内緒話は終わったのか庄左ヱ門がいる。
「庄、話は終わったの?」
「はい先輩。今回の件、大変腹立たしいことですが承諾することになりました」
「本当に?庄が本気で嫌なら私も断るが」
「いいえ大丈夫です。これが一番最善だということは僕も理解していますから」
話が終われば先ほどとは180度違う態度になった庄左ヱ門に疑問があるが、とりあえず了承してくれたし膝の上に乗ってくる庄左ヱ門が可愛いので頭の隅に放っておく。
「じゃあ諸々のことはまた後で詳しく決めるとして、今日のところは相澤君の家に帰ってね!」
気がつくと外はもう暗くなっていた。これは確かにもうお暇しなければと思い、私と庄左ヱ門は立ち上がる。
「お前ら先外出てろ。俺はちょっと校長に用があるからな」
「分かりました。庄、行こう」
「用ってなんだい?」
「とぼけないでください。あれだけ反対していた黒木があっさり態度を変えるなんて、一体何を吹き込んだんですか」
「吹き込んだなんて人聞きの悪い」
「いいからさっさと答えてください」
「私はただ"目の届かない場所でちょっかいかけられるよりも、四六時中一緒にいて監視した方が相澤君の邪魔ができるよ"ってアドバイスしただけさ」
にこやかに言われた言葉に、俺は頭痛がしてきた頭を抱える。
「だからあんなに態度を一変させたんですか……」
「やっぱりまだ渋ってたけど、もう少し言葉を付け加えたら何とか頷いてくれたよ」
「言いくるめたってことでしょ」
「そうともいうね!」
「………」
「まあ頑張ってね相澤君。色々と」
***
相澤先生は意外にも早く出てきた。何だか疲れたように見えるのは気のせいだろうか。
「校長への用は終わりましたか?」
「ああ。これから俺の家に行くが、お前ら何か取りに戻るようなのはないよな」
「大丈夫です。持ってきています」
「そうか。なら行くぞ」
そう言って、相澤先生は通り過ぎざまに私の手から荷物を取り、歩き出す。
「荷物は自分で持ちますよ」
「気にするな。それよりもこれしかないのか?」
「まあ必要最低限の分ですし」
少し大きめなボストンバッグが一つずつ。それが全て相澤先生の手の中にあった。けれど返してくれる気配がないことがそうそうに分かると、まあ持ってくれるならいっかと。私は庄左ヱ門と手を繋いで先生の後を追った。
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ついた先生の家は、意外に普通の外見だった。マンションの一室の前につくと鍵を開け中に入るように促される。しかし中に入った途端、その部屋の異常性がすぐにわかった。
「…………」
「何も無いですね」
庄左ヱ門が言った通り、部屋には何も無かった。辛うじて机が一つ置いてあり少し大きめな棚が一つあるだけだ。それ以外には何も無い。もしやあの棚一つで全部の荷物を入れているのか。
「あー……とりあえずお前らこの部屋使え。二人で一部屋で大丈夫だろ」
隣の部屋を開けられて中を見てみると、これまたベッドが一つ置いてあるだけの部屋だった。
「相澤先生はどこで寝るんですか?」
「俺は寝袋があるからどこでも寝れる」
「ですがそれでは身体を痛めるのではないのでしょうか」
「大丈夫だ」
その言葉に、浅間は少し黙ってキッチンに行く。そこは調理器具など皆無であり、冷蔵庫を開けてみれば予想通り十秒チャージのゼリーと水がある以外は何も無かった。無言で冷蔵庫の中を見つめ続ける庄左ヱ門と浅間。そして顔を見合うと、頷いた。
「相澤先生、これから買い物に行きます。付いてきてください」
「は?」
「食材もそうですがやはり布団の一つも欲しいですね」
「待て、」
「そうだね庄。私と庄は一つでもいいだろ?」
「大丈夫です!」
「なら一つでいいか。どうせ費用は雄英か校長から出ているのだろうから、この機に色々買い足そう」
置いていかれている相澤を放って、浅間と庄左ヱ門はどんどん話を進めていく。そして浅間が相澤の手を取り、庄左ヱ門がその反対の手を持つ。まるで挟み込み逃がさないとでも言うような体勢に、浅間から手を握られたなんて感動を味わうこともなく困惑が広がる。
「おい、」
「私たちがここにいる間、相澤先生のお世話は私達がします」
「食事から就寝体制まで、みっちりやってあげます」
「いや、別にそんなことしなくても……」
「問答無用」
「なんですかあの冷蔵庫の中身」
「逃がしませんよ」
「よく今まで倒れませんでしたよね」
浅間も庄左ヱ門も、ここに来た目的を忘れ一切生活感を感じさせない家に危機感を抱いた。それに加え相澤の食事事情。本当ならば邪魔するために承諾した庄左ヱ門もこれには黙っていられない。
相澤の生活を改善するために、二人はまず最初に必要なものを買いに出かけていき、相澤は困惑しながらも有無を言わさない二人に、ただ流されるままだった。