四十二話
あの後、しばらく家に帰るのは危険だと判断し数日分の着替えなどの荷物を持って学校に引き返した。
そこでふと思う。
雄英を襲撃し、保須にヴィランを放出したあいつはおよそ指揮官としては無能だった。自分の感情のままに吐き出して癇癪を起こすあいつは、しかし多くのヴィラン達が現実としてその旗印の下に集まっていた。多分、ヴィラン特有のカリスマみたいなものがあるのだろう。ならばそれを利用した奴がいる。子供みたいなあいつを裏で操り、手引きし、知恵をさずけた奴がいる。
今回の黒霧と名乗ったヴィランは、前回いた奴だった。そいつに連れていかれた先にあの男がいた。ならば、あいつの後ろにいる奴がオールフォーワンと名乗ったあの男である可能性は限りなく高い。
嗚呼本当に厄介な相手に目をつけられた。
思い出せば身体が震えてしまい、手を繋いでいた庄左ヱ門が心配そうにこちらを見上げる。それに大丈夫だと返せば、無言で繋いでいる手の力が強くなった。焦凍は黙って近くにいてくれた。
***
「焦凍。ここまででいいよ。ついてきてくれてありがとう」
「大丈夫か?」
「うん。校舎内に入っちゃえば大丈夫だと思う」
校門のところで焦凍に言えば、心配そうに聞いてきた。だけど敷地内に入ってしまえばIDカードがない人物が侵入してきた時点で警報が鳴るし、今いるのは全員プロヒーローである先生方だ。万が一何かあっても対処できると思う。
焦凍は心配そうに見てきたが、渋々といったふうに頷くと元来た道を戻っていく。それを見送れば私と庄左ヱ門は敷地内に足を踏み入れ職員室に向かった。
「浅間?」
廊下を歩いていると聞きなれた声で呼ばれ、振り返ってみればそこには相澤先生がいた。
「お前ら、どうした?もう帰ったんじゃないのか?」
「先生……」
近づいたことで浅間の顔が見えた相澤は、彼女の顔が青くなっていることに気がついた。
普段、庄左ヱ門が関係すること以外ではほぼ無表情の浅間が青ざめている。その異常事態に相澤は一気に気を引き締め顔をのぞきこんだ。
「何があった」
「先生……ヴィランに目をつけられました」
「なに!?」
「帰宅途中、あのワープの個性を持った男。黒霧と名乗っていました。連れていかれた先で、音声だけですが一人の男と対面しました。恐らく奴が死柄木弔の背後にいる奴です」
「大丈夫だったのか!?」
「勿論です。この学校の情報も私の事も話していません。まあ私の事は調べてあるようでしたので、完全にとは言えませんが」
「っ…!そういうことじゃねぇ!!」
焦る相澤先生に情報は流していないと言えば、肩を捕まれ怒鳴られる。何故そんなにも怒っているのか。確かに生徒がヴィランに接触されたのは心配すべきことだと思うけど、別に情報は渡していないんだ。そこまで怒る話ではないと思う。しかもなんだか私自身に怒っているようだ。
「お前が大丈夫だったのかって言ってんだよ!!」
なんと。先生は私の身を心配していたらしい。
庄左ヱ門と繋いでいた手が軽く引っ張られ、下を向けば庄左ヱ門も心配そうにこちらを見る。それに安心させるように笑いかけ、もう一度相澤先生に向き直った。
「私も大丈夫です。何とか逃げてくることが出来ましたが、多分目をつけられようなので家も特定されています」
「分かった。校長に報告する。だがお前らも暫く家には帰らない方がいいな」
「そのつもりで、数日分の荷物を既に持ってきました」
大きく息を吐いていつも通りに戻った先生が私の言葉に頷き、校長の元に向かうため踵を返した。
家は、確実に知られている。帰った時に待ち伏せされていたり襲われたりする可能性が高い。ならば事態が落ち着くまでは違う場所に避難した方がいい。それを先生も考えたのだろう。
***
校長室で私と庄左ヱ門、相澤先生、そして校長先生の四人で事の顛末を話せば、その場には重苦しい沈黙が落ちた。
「体育祭を欠場させてまで隠したのに、まさか……」
「それよりも、普通なら知られないような期末試験の結果、指名の事まで知られていたのが問題だよ」
「ヒーロー殺しの思想が警察、ヒーロー関係まで浸透しているんでしょうか」
「そうだと思う。ヒーロー殺しは敵連合の仲間だったようだし、その関係を使って情報を集めたんだ」
難しい顔をして話し合っているのを、私はどこか他人事のように感じていた。
強者に膝をつき、従うのはある種の本能だ。なんの勝算もないのにただ向かっていくのは愚者か救いようのない馬鹿かのどちらかだけ。大体の人間は自分より格上の人間に相対した時、恐怖しその下にくだるか、逃げるかで別れる。挑む奴は極少数だ。
心を砕き従わせるのも、何もせずとも引きつけるのも、全てカリスマといえるのかもしれない。それに照らし合わせれば、あの男はそういうものを持っているのだろう。
怖かった。声だけなのに。対面しただけなのに死ぬ恐怖を久しぶりに感じた。戦っても自分が死ぬビジョンしか浮かばなかった。逃げられたことも奇跡に近い。そう思ってしまうほどあの男は強大だった。
「もう、二度と会いたくないな___」
「__由紀先輩?」
思考の海に沈んでいると、庄左ヱ門に呼ばれ我に返る。気がつけば校長と相澤先生、庄左ヱ門が話し合うのをやめ心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫ですか?」
「やっぱりどこか痛めたのか?」
「いえ……」
「ヴィランに連れさらわれたんだ。消耗するのは仕方がないよ。そういえばその黒幕らしき男の名前をまだ聞いてなかったんだけど、浅間さん心当たりある?」
「それならあいつが自分で言っていましたよ。確か___オールフォーワン」
ガタッ、と勢いよく立ち上がった校長。どうしたのかとみんなが見る中、校長は影を深くした顔で浅間を見つめる。
「浅間さん……本当にその名前だったのかい?」
「奴が嘘をついていなければ」
「そう………」
「校長、何か知っているんですか?」
相澤先生が聞いても校長は何やら考え込み答えない。
少しして、いつもの様子に戻った校長が肉球を叩いた。
「よし。浅間さんと黒木君はしばらく雄英預かりになってもらうよ」
「まあほとぼりが冷めるまでは家に帰るつもりはありませんが………雄英預かりとは?」
わざわざ雄英預かりと言われなくても、私はここの生徒なのだから保護するという話なら自然と雄英だろう。だがこの校長が無駄なことや言い間違いなどするわけもない。
「うん。つまり二人にはこれから先雄英の教師達と行動を共にしてもらうよ」
「は……?」
「つまり……」
「授業も休み時間も休日も教師の誰かしらと一緒さ!」
「ですが、先生方も学校に住んでいるわけではないのでしょう?学校内ならばともかく、休日もとは無理では?」
あ、嫌な予感がする。学園長先生の迷惑な突然の思いつきを聞く時に似ている。庄左ヱ門も感じ取ったのか、苦笑いをしていた。
「君達には誰かの家に一緒に住んでもらうよ!」
ドン!と効果音がつきそうなほど胸を張って言った校長。しばらく何を言ったのか理解出来ず呆然とし、やっと理解すれば次に沸き起こったのは困惑だった。
「しかし……一体誰のところですか?」
「そもそも教師と生徒が一緒に住むって大丈夫なんですか?」
「男性は難しいでしょう。外聞がやばすぎます」
「となると選択肢は限られますが…」
「ですがそこまでやらなくても。学校に近い場所で別の場所に移り住めばいいだけでは?」
私と相澤先生と庄左ヱ門の三人が疑問点などを言っている間、校長はうんうんと頷き、そして肉球をこちらに向けながら変わらぬ態度で宣言した。
「決定!!」
これは何を言っても覆らないな。そう確信した私たち三人は大きなため息をついた。
「で、私達は一体誰のところに転がりこめばいいんですか」
「それなんだけどね、一番はオールマイトと過ごしてほしいんだ」
「オールマイト先生と?でも彼は」
「分かってる。だから別の人になるんだけど……」
うーんと悩む校長。雄英の教師は全員プロヒーローだけど、ワープのヴィランや脳のヴィランのような奴らが来たら一人で対処できる人は限られているだろう。しかも場所も制限される立場だ。あの男が出てきたらそれこそオールマイトしか対処できないだろう。
だけど、彼は今身体がもたない。
だったら誰が。という話だが、先ほどの条件からこの人と言える人はあまりいないだろう。
「もうクジでもなんでもいいですよ」
「浅間、お前もうちょっと真面目に考えろ」
相澤先生と校長が話し合っているなか。私は隣に座っていた庄左ヱ門を膝の上に置いて後ろから抱きしめながら言えば、相澤先生が少し怖い顔をした。
「先輩、もう面倒になられてますね」
返事の代わりに庄左ヱ門の頭の上に置いた顎をグリグリする。ちょうどいい高さなんだが、嫌そうに頭をふられてしまったのですぐにやめたけど。
「う〜ん……うん!分かった!ならアミダにしよっか!」
「校長、あんたまでそんなこと言い出して」
「じゃあ候補は一年生の担当ですか?」
「まて浅間。早まるな」
「そうなるね」
止める相澤先生を方って話を進めていくと、諦めたのか大きくため息をついて黙ってしまった。
「でも相澤君、君がどれだけ反対しても誰かと行動を共にするっていうのは無しには出来ないよ。いつ何処でまた浅間さんに接触するか分からない。今度は攻撃されるかもしれない。学校内だけの警備じゃ対応出来ないのさ」
「それは分かってますが……」
「学校と先生方が良ければ、別に私は構いませんよ。一緒に住んだからといって取って食われるわけでもないですし、庄左ヱ門も一緒ですから」
校長の言葉にもまだ渋ってはいるが、相澤先生も事の重大さと住居を共にする理由はきちんと理解しているのだ。ただやはり真面目なのか女子生徒である私が誰かと同居するということが納得いかないのだろう。
けれど私の言葉に、そうじゃない……と言ってため息をついたが、どう意味だ?
「………わかりました」
「よっし!なら早速アミダを作ろうか!」
苦虫を噛んだような顔で相澤先生が了承し、それにかぶせるように校長が紙とペンを取り出したので相澤先生が睨みつけていた。
「じゃあ浅間さん、この中から選んでね」
ちょっと目を離した隙に書き上げた校長が、紙をこちらに渡してきた。
正直誰が相手でも構わないけれど、出来ればあの男。少なくともワープの奴に対抗できる先生がいいな。まあその点は校長も承知しているだろうし、大丈夫だろう。
そんな気軽な気持ちで一本選び校長に返す。
「え〜と。浅間さんたちの護衛をしてもらうのは………相澤君だね!」
「は、」
「はぁ」
「何でですか!!」
上から相澤先生、私、庄左ヱ門だ。
校長から名前が挙がった途端、相澤先生は呆けたように唖然とし、庄左ヱ門は机を叩いて勢いよく立ち上がった。
「何でって言われても、あみだくじで浅間さん本人が引いた結果だからね〜」
「教師と衣食住を共にし護衛してもらうという件については賛成です!!でもこいつが相手というのだけは断固反対だ!!」
「こら、庄。校長に向かってそんな口をきかない。それと本音でも"こいつ"とか言っちゃダメだよ」
ビシッと音が鳴ったんじゃないかと思うぐらい勢いよく相澤先生を指差し校長に詰め寄る庄左ヱ門。落ち着かせようと頭を撫でれば、素直に擦り寄ってくる。
「絶対に認めません!!もう一度やり直してください!!!」
「そんなこと言われてもねぇ〜」
そういえば何だかんだと相澤先生とは縁があるな。最初の編入試験でも相手になったし、庄左ヱ門を引き取った時には私の心情にも唯一気がついた。期末試験では結構お世話になったし、一年生担当の教師陣の中とはいえそれなりに人数がいる中で相澤先生を引くなんて。
「まるで運命みたいだ」
言った直後。さっきまで声を荒らげて抗議していた庄左ヱ門と、それを受け流していた校長の声がなくなり静まり返る。
それに気が付き顔を上げてみれば、全員の目が私に向いていた。校長は面白そうに。相澤先生と庄左ヱ門は目を見開き固まり、徐々に庄左ヱ門の顔が般若になっていった。
「由紀先輩!!冗談でも言っていいことと悪いことがあります!!!!」
「いや、ただたんに縁があるなーって意味なんだけど……」
「そもそも奴の前でそんなことを言ったら図に乗るじゃないですか!!!」
怒る庄左ヱ門を宥めている私の横で、相澤先生は顔を片手でおおって俯いていた。
「相澤君。よかったじゃないか」
「………」
「顔、真っ赤だよ」
「ちょっと黙ってもらっててもいいですか……」