四十七話
集合場所に向かうと、既にそれなりの人数が揃っていた。その中で焦凍の姿を見つけると、向こうも気がついたのかこちらに駆けてくる。
「焦凍。おはよう」
「!おはよう」
焦凍がこちらに近づいて来ると、挨拶を交わす。私から口を開くと、焦凍は少しだけ驚いたあと、はにかむように返事をした。
「轟さん。おはようございますわ」
「八百万、おはよう。………なんで二人一緒なんだ」
「早めに着いちゃってね。さっきまで向こうで一緒に読書していたんだ」
「………いつの間にそんなに仲が良くなったんだ」
「な!仲がいいなんて!そんな……!」
「どうしてそんなに焦凍は機嫌が悪いんだ。そしてなぜ八百万はそこで照れる」
何故か機嫌が悪くなった焦凍に首を傾げたが、バスに乗る時間になったようで委員長である飯田が集合をかけた。私達もバスの乗車口に集まるが、乗ろうとしたところでまた問題が発生する。
「おい、なんで八百万が由紀と隣なんだ」
「なんでって……さっき約束したから」
答えれば、焦凍はさらに機嫌が悪くなった。八百万は慌てているが、それでも何も言わないので別にいいかとそのままバスに乗り込んだ。
「一時間後に一回止まる。その後はしばらく……」
バスに乗れば、相澤先生が何かを話そうとしていた。けれど皆は林間合宿ということで浮かれていて、先生が話し出そうとしたことさえ気がついていない。
「浅間さん?どうかされましたか?」
「今相澤先生が……いや、なんでもないや」
すぐに先生は前に向き直ってしまったので、内容自体は今言わなくてもいい事だったのだろう。しかしそれがかえって胸騒ぎがする。先生がそう判断したのなら、私が騒ぎ立てても仕方がないと聞いてきた八百万には誤魔化した。だが今までの雄英のやり方からして絶対に何かあるだろう。
「由紀。チョコあるが食べるか?」
「貰う」
「後ろの席に座れてよかったですわ!」
まあ今考えても意味無いか。
私は左隣に座っている焦凍からチョコを貰い、右隣にいる八百万はホクホクとした笑みを浮かべていた。
***
一時間後。
バスが止まり、降ろされた場所はパーキングエリアではなかった。
どこか山の開けた場所で、B組もいない。全員困惑したように辺りを見渡す。
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
一歩相澤先生が前に出れば、私達以外の気配がいることに気がついた。
「よーーーうイレイザー!!」
「ご無沙汰してます」
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
いきなり現れ決めポーズと決めゼリフをきめた二人の女性。近くに少年もいたが、彼は関係がないようだ。
どうやら彼女達は今回お世話になるプロヒーローのようで、二人が出れば緑谷が興奮したようにその正体を話し出す。しかし年齢の話題になるとピクシーボブに顔を叩かれ凄まれていた。妙齢の女性に年齢の話はタブーなんだよ……。
そうこうしているうちにマンダレイがこの場所のことを説明する。
宿泊施設が今いる場所から遠いこと。ここら一帯が彼女達の私有地ということ。そして今それらを聞かされることから、私は嫌な予感がしてすぐに動けるように準備した。
「今はAM9:30。早ければぁ…12時前後かしらん」
マンダレイの言葉に皆も本格的にヤバいと確信した。一斉にバスに戻ろうとするが、そんなことをプロである彼女達がさせるわけがない。
「12時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」
マンダレイが言うのと、ピクシーボブが地面に手をつくのは同時。
「わるいね諸君。合宿はもう、始まっている」
相澤先生の言葉を聞きながら、いきなり盛り上がる地面に小さく舌打ちをした。
この場所のほとんどを盛り上げ、土は私達を下に落とす。
「私有地につき"個性"の使用は自由だよ!今から三時間!自分の足で施設までおいでませ!この…"魔獣の森"を抜けて!!」
マンダレイの言葉にげんなりした。やはり嫌な予感は当たった。
落ちた名残で体に付いている土を払うと、正面に違和感。尿意を我慢していた峰田がダッシュした先に、いきなり大型の獣が現れたのだ。
「あれは……」
しかしよく見れば生きた獣ではない。土で出来た人形だった。恐らく先程の土砂と同様、ピクシーボブの個性で作ったものだろう。
そこまで考えたのと、四人が土人形を破壊するのは同時だった。
その四人は飯田、緑谷、爆豪、それに焦凍だった。この差はやっぱり経験かな。あの四人は明らかに他と違って厄介事を引き起こしたり関わったりするのが多い。なんだ、は組なのか。
「なるほどな。こうやって妨害があるのか」
「先程見た限り、宿泊施設まではそれなりに距離がありましたわ」
「個性で撃退しながら進む……三時間じゃ無理だろうな」
八百万と焦凍が会話しているのを横目に、私は準備運動をしている。他の連中も、進む先が同じ以上、別行動する意味が無い。遅れや先行はあっても一緒に行動するため、少しだけ会話していた。
「………由紀。どうした」
屈伸している私に気がついたのか、焦凍が訝しげにこちらを見る。
「私先に行くね」
「は?いや、目指す場所が同じなんだから一緒の方が都合がいいだろうが」
「うん。でも、さすがに昼食無しは嫌だからさ」
言うやいなや、曲げていた膝を伸ばすように跳躍し近場にあった木の枝に着地する。ポカンとしている焦凍や、こちらに気がついて同様の表情をしている他の連中の方を向いた。
「それじゃあね」
返事は聞かずに、足に力を込めて枝を蹴る。
景色が遠ざかる。耳に聞こえるのは風が切る音のみ。屋内や庭なんかで鍛錬こそしていたが、こうやって広い自然の森の中を飛び回ることなど久しぶりだ。知らず知らずのうちに気分が高揚し口元には笑みが浮かぶ。
途中で、やはりあの土人形が立ち塞がる。
「邪魔」
ここは森。影なんて山ほどある。左腕を一振し、丁度いい場所にあった影を伸ばし土人形を破壊した。
***
時刻は13時。やはりあいつらは間に合わなかったようで未だに誰1人辿り着いていない。
「あ、イレイザー!一人来たよ!」
だがピクシーボブの言葉に、まだ三時間半しか経っていないのに辿り着いたのか。と驚き外に出た。
息を切らせ、所々汚れや擦り傷がありながらも森から歩いてくる影は、俺が先程来たと言われ思い浮かべた奴だった。
「浅間……」
「はぁ……はぁ…は、」
期末試験での追い込みでしか見たことがないほど疲れている浅間は、俺の前まで来ると額に流れる汗を拭い、一度大きく深呼吸をして息を整えた。顔を上げた彼女は、汗もまだ流れ顔は赤くなっているが、それでもまっすぐに。いっそこちらが目をそらしたくなるほど力強い目で俺を見据える。
「浅間由紀。到着しました……!」
「…………お疲れ」
目をキラキラさせながら、少しだけ嬉しそうに言われた言葉に、咄嗟に返せなかったのは不覚だった。妙な間に浅間が小首を傾げるが、それさえも以前まではしなかった仕草でなにやらくるものがある。
一つ咳払いをして仕切り直し。
「今の時刻は13時。指定した時間から30分の遅れだ。残念だが、昼食はなしだ」
「!?」
背後にガーンという効果音が聞こえそうなほどショックを受けている浅間。こういうのを見ると、本当に変わったなと思う。勿論いい意味でだ。
「まあまあイレイザー。他の生徒達はまだ当分来なさそうだし、特例ってことでいいんじゃない?」
「しかし最初に言ってあったことです」
「たった30分しか遅れてないんだしさ〜」
「30分でも遅れは遅れです」
「まあそうなんだけど。他の生徒は多分夕飯までかかるねー!」
「……しかし間に合わなかったのは事実です」
「ピクシーボブ。大丈夫です。間に合わなかった私が悪いのですから」
確かに、他の奴らはまだ当分着かないだろうし、森の中を監視しているピクシーボブが言うのならそうなのだろう。そうなると、夕飯まで動くこともなく食べられないのはきつい。それは分かるが、決めたことは決めたことだ。そう心を鬼にすれば、目の前の浅間はそう言った。それにピクシーボブもあっさりと引き下がる。
「………辛い物が苦手な癖に」
「おい。今何つった」
「いいえ何も?いい年した大人が辛い物が苦手で、辛い物を作ると食卓につくのが少し遅くなるなんて子供っぽい拗ね方をしているなんて言ってませんよ」
「言ってんじゃねぇか。……っ!」
ならばと宿泊施設内に戻ろうと背を向けた瞬間に、ポツリと聞こえた言葉に振り返れば、帰ってきた言葉は嫌がらせのようなもの。それに頬がひきつった。気がついていたのか……。
いや、それよりも今言われた言葉をよく考えれば、かなりまずいような気がして慌ててまだその場にいたピクシーボブを見る。
「んー?その子の言い方、まるでその子が作った料理をそれなりの期間一緒に食べている。みたいな風に聞こえるんだけど……」
ピクシーボブは明らかに怪しんだ表情になる。いや大丈夫だ。まだどうとでも言い訳できる。間違っても生徒に手を出す犯罪者とは思わせないように。
「その通りです。私と相澤先生は一緒に住んでいます。食事当番は私なので、先生はもう数週間も私の料理を食べていますね」
「え!?イレイザーと君は家族?それとも親戚とか?」
「いいえ。赤のたn「お前ちょっと黙ってろ」」
それ以上はまずい。さすがに赤の他人の教師と生徒が一緒に住んでいるなんてまずい。慌てて浅間の口を塞いだが、一歩遅かった。一緒に住んでいる発言で目を見開き、恐る恐るそうであってほしいといった希望も含めて聞いたピクシーボブが、浅間の途中までの言葉で完全に犯罪者を見るよう目で俺を見てくる。
「違う。誤解だ」
「何が誤解なのかな?イレイザーは硬派なイメージだったんだけど、見当違いだったね!ほら、こっち来な」
「待て!本当に違う!これは校長のせいで_!」
いくら言ってもピクシーボブは聞き耳を持たないようで、浅間を俺から守るように後にやってこちらを見る。
「浅間!お前からも弁明してくれ!」
「弁明?私と先生が一緒の家に住んでいることは事実ですが」
「お前…っ、わざとだな……」
薄く笑いながらこちらを見る浅間に殺意がわく。こんな方法を取るなんてお前なんて奴だ。俺を社会的に抹殺したいのか。
もうどうとでもなれと、後頭部をかきながら大きくため息をつく。
「わかった。他の奴らはまだ当分かかるだろうから、昼食を食べていい。それでいいだろ」
「!__ピクシーボブ。実はいろいろありまして、ヴィラン対策として校長の命令で相澤先生と同居しているだけです。相澤先生なのはただ単にアミダですし、あと1人子供も一緒です」
「そうなの?」
俺の言葉を聞いた瞬間に手の平を返しピクシーボブに誤解を解く浅間。ピクシーボブは俺と浅間を交互に見比べ、嘘がないことを確認するとようやく俺に対する警戒を解いた。といってもまだ疑惑が若干残っているようだが、それはもうどうとでもなれ。
「言わされているわけでもなさそうだし……本人がいうならひとまずは信じるよ。でもイレイザー!何かしたら捕まえるからね!」
「……分かってますよ」
彼女もやることがある。完全にとは言わないが俺への誤解を改めてくれたようで、もう一度釘を指し宿泊施設の方に歩いていった。いや、まあ完全に冤罪だとは言いきれないのは事実なんだがな。
後に残ったのは、俺と浅間。嬉しそうに鼻歌でも歌い出しそうな浅間に、俺は疲れたようにため息をついた。
「ため息なんてついてどうしたんですか?幸せが逃げますよ?」
「誰が原因でついていると思ってんだよ……」
「私ですね」
悪戯を成功した子供のような顔で笑いかけてくる浅間を見れば、こいつ相手に翻弄されるならそれはそれでいい。なんて思ってしまうなんて、惚れた方が負けというやつなのだろうか。
「だって昼食無しはさすがに嫌なんですもん。その為に飛ばしてきたのに……私は目的のためなら手段を選びませんよ」
宿泊施設の方に歩きながら、ご機嫌な浅間はいつも以上にわかりやすい。今など鼻歌では飽き足らずスキップでもしそうなほどだ。
「わかった。分かったから。今みたいなことは止めてくれ。俺が社会的に死ぬ」
「善処します」
前はほとんど見れなかった笑みで、年相応に笑いかけてくる浅間。その笑顔ひとつだけでまあいいかと思ってしまうほどには、俺はこいつに惚れているんだろうな。
だが公私混同はいかん。同じようなことがあれば浅間はまた仕掛けてくるだろし。何か対策をとらないといけないな。