四十六話
私は、昔忍びだった。まだまだたまごだったけれど、それでもあの学び舎で六年間忍びのイロハを教わってきた。人を殺す任務もあったし、人間の闇も見始めていた。あと少しで卒業だった。たまごでも、プロに一番近いと言われていた。
だから、最初に記憶が戻った瞬間。まだまだ幼かった今世の《私》が忍びの《わたし》に上書きされてしまったのも仕方がないことだ。《私》はまだほとんど自我がなかっし、《わたし》の意識が記憶が強すぎた。本当はそのまま育ち、きちんとこの世で生きていくはずだった《私》を、既に死んでしまっている亡霊である《わたし》で殺してしまうのは、ほんの少しだけしのびなかった。それでも既に《私》はいなくなってしまっていたから、それもまた仕方がないことだと切り替えた。
私は、意識が完全に昔のままだった。価値観も、優先順位も。何もかもが昔のままだった。だからこそこの世界の一部になることを拒絶して、この世界の根源であるヒーローを拒絶して。私の時にはなかった平和と平穏、そしてそれをなし得たヒーローという存在を妬んでいた。
私と奴らは違う世界の住人だ。
私の仲間も友も、彼らだけ。
あの時来なかった希望が今目の前にあるという事実が妬ましい。
私と、奴らは、違う。
そう思い続けて、そう思い込もうとしていた。だってそうでもしなければ、私はこんな真逆の世界で生きていけなかったんだ。
それでも、轟焦凍の存在は私のそんな現実逃避を強制的に終わらせた。
違うと思っていた存在が心の隅に存在するようになった。気がついた時にはもう前のようには思えなかった。
その事実が、どれだけ私の今までを揺るがすことだったのか。あいつはきっと知らないし、これからも知ることはないだろう。
大切な同輩と、可愛い後輩。尊敬する先輩と先生方。あの箱庭の世界に、轟焦凍が入ったことで私は今世と否が応でも関わらざるをえなくなった。
嫌だったはずだ。息苦しかったはずだ。
なのに、受け入れた途端今までのそれが嘘だったかのように苦しくなくなった。
優先順位は変わらないし、懐に入っている人以外はどうでもいいという考えは変わらない。それでも、確かにこの世界に生きているということを自覚した。
今を生きている以上、いつまでも過去にしがみついている事など出来ない。
生きている以上、誰にも関わらずにいることなんて出来ない。
関わったならば、大なり小なり影響を受けないはずがない。
私は確かに昔の記憶を持っているが、それでも、今この世に生きているのも確かに私なんだ。
***
八百万百に話しかけられた時、いつもなら拒絶していた。
だけど考え方が変わった私は、前以上に彼らを拒絶することはなかった。
決してあいつら以上の存在になることはない。あくまでも他人としての付き合い。
それでも、彼らを必要以上に拒絶する必要などないと、私はこの世に生を受けて16年。ようやく気がつくことができた。