生活


「制作に入るからしばらくほっといてね」

身の回りのものを揃えた次の日の朝。食事をとりながらこの家の家主である彼女が言った言葉に、全員が頭の上にハテナマークをつけただろう。しかし彼女が言っていた職業を思い出し納得する。

「なら食事はどうすればいいですか?」
「ん〜……思い出したら食べに来るけど、部屋から出てこなかったら放置してもらえると助かる」
「でもそれだと倒れますよ」
「集中している時はできるだけ切らしたくないんだよね。ほら、私ってじっくり考えるより直感…というか勢いで作るタイプだから」

鬼蜘蛛丸が聞けば答える彼女。まだ2日しか経っていないが彼女の食の細さにほとんどが顔を顰めるが、仕事に関わることならそこまで強く言えず黙り込むしかなかった。

昨日必要なものを買出しに行った後。桐生さんは全員に家具の使い方を教え、使い方を紙に書き起こしてくれた。その後の夕飯や風呂など全て俺達だけでやらせ、きちんと分かっているか確認したのだ。難しかったがそれを見越して紙にしてくれたのでまあなんとかやれるだろう。

桐生さんは言うだけ言って、ほんの少ししかなかった食事を食べきるとすぐに席を立ってしまった。重がその後を追いたそうにしていたが、仕事だということを理解したのだろう。何もせずただじっと仕事部屋だと言っていた部屋に入っていくのを見送った。

「さて。そんじゃ役割分担するか」

桐生さんが去っていった後に、残された俺達は食べ終わるともう一度席につき直した。

「まずは買い物と食事、か」
「それは担当制でいいんじゃねぇの?舳丸と重は買い物だけにすりゃ問題ねぇだろ」
「兄ぃ。俺もやります」
「駄目だ。桐生さんが言ってたろ。やらしても火の扱いは一人じゃ駄目って」

疾風の言葉にすぐに舳丸が言ってくるが、昨日台所用品を教えてもらっている時に桐生さんが言っていたのだ。

__舳丸は危ないからやったとしても一人では駄目。重は調理中は台所に入らないで。

俺達の時代では舳丸が料理するのは普通だが、ここじゃ舳丸ぐらいの歳はしないらしい。したとしても一人でなど危ないようだ。

鬼蜘蛛丸に窘められムッとするが、舳丸も言われた言葉を覚えていたのかそれ以上は言ってこない。

「そんじゃ二人一組でやるか。俺と疾風。鬼蜘蛛丸と義丸でいいか?」
「おう」
「「はい!」」
「舳丸は洗濯でいいか?」
「!はい!」
「一人じゃ大変だろ。俺もやります」
「頼む」
「なら舳丸と義丸、疾風と鬼蜘蛛丸で交代制にしよう」
「お、んじゃあ蜉蝣が掃除か?」
「てめぇに任せたらどうなるか分からねぇからな」
「んだと!?」
「疾風の兄貴!落ち着いてください!蜉蝣の兄貴も煽らないでくださいよ!」

むくれていた舳丸も仕事を割り振られると元気よく返事をした。結局洗濯も慣れないうちは一人じゃ大変だと二人一組になったが、人数の関係で一人はぶかれる。それで疾風が気づいて言ってきたので答えれば噛み付いてきた。宥めた鬼蜘蛛丸に悪いと笑いながら手をあげれば怒られてしまった。

「んで、掃除は俺と義丸、舳丸と鬼蜘蛛丸でいいか?」
「「「はい!」」」
「兄ぃ!ゴミ捨ては私がやります!」

返事をした後にすかさず舳丸が手を上げる。それにまあいいかと頷けば、隣にいた重が小さな手を勢いよく上げる。

「アニキ!おれもやる!」
「重。………まあ、簡単なものならいいか」

ということで重は出来るものをちょこちょこ手伝うことになった。

「よっし!そうと決まったら早速やるぞ!」
「おう!」

慣れないまでも、世話になっているのだから気合を入れてそれぞれの仕事に取り掛かり始める。
やはり、未来の道具は使いづらいが便利だ。捻れば井戸もないのに水が流れ、そうじきなるものを使えば一瞬で埃が吸い込まれていく。まだたどたどしくしか扱えないが、それでも徐々に慣れてきた。

「あ、物とかは触らない方がいいですよね」
「そうだな。やっぱそういうのは嫌だろ」

鬼蜘蛛丸が台拭きで机をついていると、ふと思い出したように聞いてくる。いくら見知らぬ男の泊まり込みを認める桐生さんでも、さすがに自分がいない間にいじられるのは嫌だろう。

「制作って何作るんだろうな?」
「専門が彫刻ってたからなぁ」
「石碑とかか?」
「何でだよ」

疾風が桐生さんが作る物について興味を持っているようだが、何故彫刻が専門と聞いて石碑なんだ。

「でも女性で物作りを職にしているって凄いっすよね」
「だな。この時代じゃ男だとか女だとかの関係なく働いてるらしいが、凄いな」
「しかもそれで生活できるだけの腕があるんでしょう?もう職人じゃないですか」

義丸が言い出したことに疾風が返し、鬼蜘蛛丸も会話に入ってきた。
この時代のことは桐生さんに一通り教わった。何もかもが違うのに驚いたが、一番は仕事で男女の区別がないことだな。後は戦がないことに驚いた。

時間がかかったがなんとか掃除洗濯を終わらせ、桐生さんが作り置きしていたものを軽く温めたり炒めたりして昼にする。桐生さんはまだ出てこない。

「アニキー。姉ちゃんいない」
「楓さんは仕事中だ。我慢しろ」

重が桐生さんがいないことを寂しがり、舳丸がそれを宥める。しかし舳丸も仕事部屋の方を見ていたから、その心情は重と似たようなものだろう。
その普段からはあまり見られない舳丸の行動に、昨日のこともあったが改めて驚く。いつもなら舳丸はこんな簡単に見知らぬ相手に心を許したりしない。まだ12歳と幼いが、立派な水練として活躍しているのだ。それが、こんな短時間でこの変化。やはりまだまだ親の愛が欲しい年頃。それを彼女に見出しても仕方がないと言えば仕方がない。現に重など完全にそう見ている。しかしあの舳丸がはたしてそうなるだろうか?

「舳丸、本当にどうしちまったんだ?」

その疑問は疾風も持っていたのだろう。昼飯も終わり、重が桐生さんに買い与えてもらったおもちゃで遊んでいるのを横目に舳丸に問いかけていた。それに舳丸は何を言われたのかよく分からないようにキョトンっとしている。

「どうした、とはどういう意味ですか?」
「いや……お前、いつもとちょっと違わねぇか?」
「?いきなりこんな所に来てしまったせいはありますが、それ以外は至って普段通りのつもりなのですが……?」

首を傾げる舳丸に、それ以上なにか言えるわけもなく疾風は口を閉じる。しかし舳丸の様子がおかしいのは確かなのだ。
重に呼ばれ一緒に遊ぶ舳丸を見ながら、俺達は考える。

たった二日程度で警戒を解くほど舳丸は甘くない。それが警戒を解くどころか心を開かせるなど、いつもなら絶対にありえない事だ。なら、

「それほどの何かが、あの人にはあるってことか」

呟いた言葉に疾風も神妙な顔で頷く。

確かに。どこの誰とも知れない男を家に泊め、危害を加えようとした俺自身も許した彼女。どこか他の女とは違うようにも思うが、俺には舳丸が感じた何かを感じてはいない。
舳丸は、彼女に一体何を感じ取ったのだろうか。

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