いものうすぎりとあめじけん(6)
それからしばらくして。
不機嫌だった里美が布団から出て顔を拭っていれば、太陽はもう真上から少し傾いていた。
慌ただしく小十郎に手伝って貰いながら身支度を整え、梵天丸の元へ向かう。
「寝不足か」
「忍者さん達の気配が分かっちゃうんです。だから気になって、寝れなくて」
「そうだったのか」(気配が分かるのか)
「迷惑掛けてすみません…でも雪が降る前には出て行くんで気にしないでください」
「……」
気まずい沈黙が二人の間に流れるが、どう言葉を掛けたら良いか分からないためお互い口を開きはしなかった。
そして目的の部屋に着く。
「梵天丸様」
「…?」
「梵天様?失礼します」
返事が無いため、一応断りの言葉を入れて小十郎が障子を開けるが、そこに梵天丸の姿は無い。
「あれ?」
「おかしい…部屋で待つようにお願いしたのだが」
「厠かな?」
「今日は梵天丸様の友人が訪れる予定でした。もうお会いになっていたはずでしたが」
「そうだったんですか」(…探検でもしてるのかな?)
小十郎が探しに行こうと部屋を出ようと障子に触れる前に、その障子が開いた。
開けた先にいたのは伊達軍の若い兵士。
「お二方!大変です!梵天丸様が!」
「!?」
「!」
「あっ!天津風様!!」
里美は詳細を聞く前に走り出した。
騒がしい方向に走っていくと徐々に人が多くなる。急いで走る里美を見ると、人だかりは割れるように避けた。
「梵天丸君っ!!」
「ぁ、さとみ…」
「何でそこに登ってんの!?」
梵天丸が今いるのは、日本庭園の横に面する城壁の屋根の上である。
大人の背丈より高いそこに何故登れたのだろうか。
里美は庭園に植えられている立派な木と、その根元にいる見知らぬ少年を見て理解した。
「ねえ君」
「!」
「梵天丸君の友達?」
「ぉ、おう」
「梵天丸君は何で木に登ったの?」
「…た、竹とんぼが」
「飛んでっちゃったんだ」
「梵のたからもの、俺が飛ばしちゃって…」
「宝物?」
「母からもらったって…」
「そうか、教えてくれてありがとう」
その少年の頭を一撫ですると、里美は梵天丸に向き直った。
「梵天丸君。降りられそう?」
「登れたから、たぶん」
「やってみる?」
「え?」
梵天丸は驚いた。周りの大人は自分の行動を制限する言葉ばかりを言うからだ。
「い、いいの?」
「うん。でも」
「?」
「私はここから助けないから」
「え…」
「どうしても私の助けが必要だと判断したら助ける。でも今自分でやってみるって言ったよね?」
「……うん」
「だから、その手の中の宝物が壊れても、もし梵天丸君が大人になって無謀なことをしても、それは誰でもない、自分の責任なんだ」
里美は分かって欲しかった。
自分が、いつも梵天丸を助けてあげられるような存在ではないことを。
そして、自分の頭でちゃんと考えて行動できるようになって欲しかった。
「無謀かどうか、自分で判断してね」
「……」
「…」
数瞬悩んだ後、梵天丸は動いた。
自分の力で降りることに決めたらしい。
小十郎はもうその場に来ていたが、様子を見守ることにした。
梵天丸が何度か足を滑らせ、周りがどよめくことがあったが、里美と小十郎は最後まで手を出さなかった。
無事地面に梵天丸の足が着いた時、その場にいた女中、兵達全員諸手を挙げて喜んだ。
「…皆、心配かけてごめんなさい!」
「ごめんなさいっ!」
梵天丸と先程の少年が謝ったことに、歓声は悲鳴と困惑に変わったが。
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