「ほぉ…鈴木相談役も凄いことを考える」

名前は鏡の前で服装のチェックをしていたが、テレビから聞こえてきた報道に思わず意識を取られてしまった。
そういえば、園子がキッドについていろいろ語っていたなと記憶を辿る。
怪盗キッドを釣るために伝説のミュール「紫紅の爪」を餌にするとは、お金持ちはやはりやる事が違う。

名前は感心しながらも、指定された時間を思い出し、最終チェックを終え、家を出た。
ちなみに、裕也とはここ1ヶ月顔を合わせていない。
思い出したように数日置きに連絡が入るので、少なくとも生存確認はできている。

外は雲が多いものの、過ごしやすい気候だった。
自然と足取りも軽くなり、予定より早く目的地まで着いてしまった。
一瞬迷ったものの着いてしまっては仕方がない。
インターホンを押す。
応答してくれたのはコナンだった。
そのまま、リビングへ入るように促される。

リビングではコナンがソファーに座って待っていた。
隣に座るように促され、ここでも名前は素直に従う。
聞けば昴は来客用にと飲み物等を用意しているらしい。
確かにキッチンの方から物音が聞こえる。
名前は立ち上がり、キッチンへと向かった。

「こんにちは沖矢さん。お邪魔しています」

「ん?ああ、どうも名前さん。今、紅茶を持っていこうと…紅茶で良かったですよね?」

「ええ。覚えてくださっていたんですね。しかも、私が1番好きなマリアージュフレールのマルコポーロ…わざわざ用意して下さったんですか?」

「いえ、この家の家主に名前さんの事をお話した所、先日これが送られてきましてね」

「そうだったんですか?!わざわざそんな…直接お礼をしたいところですが、なかなかこちらには戻ってこないんですよね?」

「そうですね…たまに帰ってきてはいますが次はいつになるか分からないので。そこらへんは、コナン君に聞いた方が早いと思いますよ」

「なるほど…後でコナン君に聞いてみます。あ、これどうぞ。お口に合うかはわかりませんが」

名前が差し出したのは、駅前に出来たばかりのケーキ屋の箱とウイスキーだ。
受け取った昴は礼を言いつつ、ウイスキーのラベルを見て軽く笑みを浮かべた。

「ブラントンブラック…バーボンですか」

「はい。バーボンがお好きみたいなので…違いましたか?」

「…よく見ているんですね。あたりですよ。最近はバーボン一筋なくらいです」

そう言って笑う昴は胡散臭い程の満面の笑みだったが、細められた目は少しも笑っていない。
名前は気付かないふりをして笑い返す。
2人の笑い声が重なった頃、頬を引くつかせたコナンが現れた。
なかなか戻ってこない2人に痺れを切らしたらしい。
どうかしたの、と尋ねるコナンになんでもないと言い、名前はケーキを皿に移し運ぶ。
昴も紅茶とオレンジジュース、コーヒーを用意してリビングへと運んだ。

一服してお腹も落ち着いた頃、最初に切り出したのはコナンだった。

「名前姉ちゃん、コレなんだか知ってる?」

そう言って差し出されたのは不透明の丸い薄いシールのようなもの。差し出されたそれを掌に乗せる。不透明に見えたシールは手に乗せれば同化してしまった。

「これシール?すごい…不思議」

名前は興味深いとばかりにしげしげと眺める。
細部まで観察してみると、中には小さな機械が組み込まれているのが見えた。

「それ、盗聴器だよ。光の屈折を利用して中が見えないようにしてあって、しかも背景に溶け込んでしまう…これだけ機能性が高いものは一般人だと手に入らないらしいよ」

「え?!これ、盗聴器なの?!あっ」

慌てて口を押さえる名前に昴は大丈夫だと言い小型の機械をテーブルの上に置いた。

「こちらは盗聴遮断機なので、盗聴される心配はありませんよ」

「ふぁー…何だか別世界ですね」

目をぱちぱちさせる名前をコナンと昴は観察する。

「それで、どうしてそんなものをコナン君が持っているの?」

「…これね、本当は別の人に付けられていたものなんだ。それをたまたま僕が見つけたんだけど…」

「これが何か調べて欲しいとコナン君が私に依頼してきたんですよ」

「昴さんは東都の大学院生で工学部にいるから詳しいと思ったんだ」

「そういえば、そんな事を言っていましたね。それで、その方は大丈夫なんですか?誰かにストーカーされているんですよね?」

「大丈夫だよ!その人は警察から守ってもらっているから」

コナンの言葉に名前はホッと息を吐く。
その様子は違和感なく自然に見えた。
とりあえずコナンも昴もそれ以上の問いかけは無用と判断した。

「そういえば、名前さんは何か武術を習っているんですか?」

「武術ですか?うーん、護身術程度は習っていますね。実は、帝丹高校に転入するギリギリまで両親の海外転勤に着いていくつもりだったので…海外て物騒なイメージがあって。結局私だけ日本に残る事になったんですけど、せっかく習い始めたので今もダイエットがてら続けているんです」

「そうだったんですね。でも、護身術は習っておいて損はないでしょうね。日本も充分物騒な世の中になっていますから」

「確かにですね…だからこそ、探偵さんの出番も多くなっているんですよね。ねぇ、コナン君」

「う、うん。そうだよね!小五郎のおじちゃん大活躍だもんね!」

無邪気に返答するコナンに微笑み返し、名前は次のターゲットへと視線を変えた。

「ところで、昴さんも武術を嗜んでいるんですよね」

「…ええ、僕も護身術程度ですけど」

「やっぱり!この前の蘭ちゃんの蹴りは狙ってよけていたのですね」

「おや、バレていたのですか」

「多分、蘭ちゃんも何かしら感じていたと思いますよ?」

「それはそれは…僕もまだまだということですね…それとも君や蘭さんが優秀なのでしょうか」

「そうですね。私はともかく、蘭ちゃんは空手の達人と言っても過言ではないと思います。ねぇ、コナン君?」


「そ、そうだね」

「あら、コナン君どうしてそんな引いた顔をしているの?」

「おや、本当だ。どうかしたんですか?」

「べ、別に…あー!僕ジュースのお代わり欲しいなぁ!」

「なら、僕が」

腰を上げかけた昴を制してコナンはキッチンへと逃げるようにかけていった。

「…少しからかいすぎたでしょうか」

「そうですね…つい、僕も興がのってしゃべりすぎましたから…名前さん」

「はい?」

「今度は2人でドライブでもいかがですか?」

「遠慮しておきます」

「おや?義理立てするお相手でもいましたか?」

「いえ、ただ…沖矢さんと2人でドライブなんてした日にはどこからか射殺されそうですし」

「…ほう。ですが、"私"はあなたの事をもっと知りたい。なので、安全なドライブデートを考えておきますね」

有無を言わさぬ昴の笑みに今は断るのは無理だと察し、言葉は返さずただほほえむに留めた。
久々にピリピリとした空間での化かしあいを楽しんだ後、名前は工藤宅を後にした。
コナンはまだ聞き足りないような表情をしていたが、渋々引いてくれた。











その夜、キッドは現れた。
交差点の真ん中、彼は降り立った。
ミュールを手にした彼は大観衆に見守られながら堂々と彼曰くテレポーテーションでその場から見事消え去り、報道陣がいるビルの上へと現れた。
鈴木相談役へと偽物である片方は返すという余裕まで見せた。
飛び去っていくキッドはさすがというしかない。
某少年が蹴り上げたサッカーボールが掠めるまでは、だが。
まだ若い、ということだろうか…詰めが甘い。
先代ならばその行動すら読んでいただろう。
名前は苦笑した後、知人達にバレないようにそっとその場を離れた。


数日後、同じ場所で鈴木相談役とキッドの対決が始まった。
今回は警察ともタッグを組んでいるらしい。

「あ…」

「名前?どうしたの?」

「ううん…知り合いがいたと思ったんですけど、気の所為でした」

不思議そうにしている蘭と園子に首を振る。
一瞬合わさった視線は驚きに変わったようだが、何も気が付かなかったように視線を動かすとあちらからの視線も消えた。
何も知らない一般人として溶け込み、2人の天才の対決を特等席で観戦していた。
そんな幸せな時間も終わりを告げる。
ビルの屋上にてコナンに追い詰められたキッド。


「ま、観念するんだな。このまま上へ上がればお前は助かるかもしれねぇが、下に降ろされた仲間は警察に捕まっちまう。その逆だとお前がアウトだぜぇ」

コナンは不敵に笑いキッドを見下ろす。
下からは鈴木相談役や中森警部が叫んでいる。


コツ、コツ、コツ


今この場に相応しくないヒールの音が鳴った。
思わず2人して音の出処へと目をやった。

「こんばんは、コナン君。それと、キッド様」

「な、なんで、名前姉ちゃんがここに?!」

「なんでって…コナン君を追いかけてきただけだよ?あわよくばキッド様を間近で見れないかなぁって」

人畜無害な笑顔で近づいてくる名前にコナンは無意識に時計型麻酔銃へと手をかけていた。
キッドは様子を伺っているのか黙ったままだ。
名前は、柵をひょいと乗り越えた。
今度は下から園子や、蘭の叫び声も聞こえる。

「ちょ、名前姉ちゃん危ないよ!早く中に戻って!」

「そうですよお嬢さん。あなたにはそんな場所は似合わなっ?!」

キッドの声に耳を傾けていた名前は足を滑らせ空中へと身を投じた。
叫ぶ群衆に、手を伸ばすコナン。
それよりも先に白い手袋をはめた手が彼女を掴まえた。
口元に浮かぶ微かな笑みにコナンはしてやられた事に気づく。
月下の奇術師は伝説のミュールを置いて、一人の女性を攫い闇夜へと消えていった。




降り立った場所は人影がひとつもない公園。
昼間は賑やかであろうその場所は今は静かでお互いの息遣いさえ聞こえてきそうだ。

「お嬢さん。どうしてこのような無茶を?」

キットの丁寧な口調とは反対に声は低く、少しの怒気を滲ませている。
名前はどう言い訳しようか悩みながら苦笑した。
そういえば、自分は都合が悪い事があると笑って誤魔化す癖があるのだと遠い昔指摘された事を思い出し、思わず口元を手で隠した。

「私、そのキッド様のファンで…捕まって欲しくなくてつい…それに、あなたが捕まれば悲しむ人がいるでしょう?」

じっと見つめるとキッドが息を呑み言葉を詰まらせたのが分かった。
数秒だったのか、数分か、先に言葉を発したのは名前だ。

「キッド様のファンは多いですからね。もちろん、私も」

ふふ、と笑う名前に、キッドは長い溜息を吐いた後、苦笑し、片膝をついて名前の手を取った。

「あなたの勇気と行動に敬服を。そして、この出会いに感謝を」

手の甲に口付けを1つ落とすと立ち上がると、驚く名前を軽く抱きしめた。
耳元で囁く。

「でも、金輪際このような無茶はしないでくださいね。私の心臓を止めない為にも。では」

ボン、という音とともに煙幕が上がり、思わず目を閉じる。温もりと一緒に怪盗キッドは姿を消した。
キッドのきざっぷりに感心している名前の髪にはいつの間にかピンクの薔薇が1輪刺さっていた。




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