数々の宝石を奪う女怪盗。彼女の事をこのパリで知らぬものはいない。
ある種有名人の彼女が白昼堂々と警視庁から近いこのカフェへと足を運んでいるとは誰も思わないだろう。
目の前の彼女は周りを気にする様子もなく、幾度となく溜息を吐き、物憂げにしている。
「ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「どうしたら、か…私が答えるにはとても難しい質問だねぇ。…けれど、君の中でもう答えは出ているんだろう?」
「う、それは…その」
「まぁ出会ってから短い期間で結婚とは不安な気持ちもわかるが。…君はよくわかっているだろう。君のいる世界はとても危うい。それこそ、いつ死んでもおかしくない世界だ。先日の君のようにね。実際彼がこなければ君は死んでいたかもしれないんだろう?」
彼女がかき回していたスプーンの動きが止まる。
顔は俯いたままだが、聞いてはいるようなので話を続ける。
「そんな世界に彼は飛び込んだんだ。他でもない君の為にね。彼の気持ちは本気だ、と私は思うよ。君も彼を好ましく思い、彼の気持ちに答えたい、とそう思うならその腕に飛び込めばいい」
ゆるりと顔を上げた彼女にウインクを送ってやれば、頬を染めた彼女は今までにないくらい綺麗な笑顔を零した。
礼を言うとその場を走り去って行く。
彼女の背中が見えなくなるまでいつまでも見つめていた。
苦難も多い恋路だろう。そうだとしても、私にとってはとても眩しく感じた。
願わくば末永く2人が幸せであればいい。
数少ない「私」を知る2人の縁にそう願わずはいられなかった。
今日は珍しく蘭も園子も用事があり、名前は1人で帰宅していた。
そのまま帰ってもよかったが、何気なく本屋にでも寄ってみようかという気分になった。
運動も兼ねて家から離れた場所にある大手の本屋へと足を運ぶ。
先日、テレビで話題にされていた工藤優作の新作と学術書をいくつか選びカウンターへと向かう。
購入した学術書は蘭達と行く本屋には無く、取り寄せするしかないかと思っていた品だ。
早く読みたいと近くのカフェに飛び込んでしまうくらいには浮かれていた。
「うそでしょっ!お財布がない…え、ちょっと待ってください!探しますから!」
レジ前で騒いでいる女子高生。
帝丹高校とは違う制服。おそらく、江古田高校のものだ。
財布がないらしく焦っている。
注文から察するに、彼女は今日から提供されている新メニューのフラペチーノ目当てで来たらしい。
肩を落とし店員に話しかけようとしている所、横から声をかけた。
「ドリップコーヒーを1つトールで。お会計は彼女と一緒に」
戸惑う彼女に席を二人分確保しておくように言付け、先に行かせる。
店員から商品を受け取り彼女を探した。
店内の奥、端の方に彼女はいた。
ぺこりと頭を下げ、礼を言い始める彼女を制し、飲むように勧める。
幾度も礼を言い、ようやく口をつけた彼女に微笑む。
彼女、中森青子はやはり江古田高校の学生だった。年齢が同じ事もあり打ち解けるのは早かった。
マジックを得意とする幼馴染みがいることを聞き、どうやら青子はその彼に好意を持っているようだと思い始めた頃、件の彼が現れた。
「わりぃ!おめぇの財布俺が持ったままだった!」
「はぁ?!」
「ほら、昼にマジックやっただろ?その時にちょちょいとして…そのまま、な?」
「な?じゃないわよ〜このっバカイト!あんたのせいで名前ちゃんに迷惑かかったんだから!」
憤って立ち上がった青子を宥めつつ、ようやく快斗の目が名前へと移った。
視線が合い、おや?と首を傾げると快斗も同様に首を傾ける。
名前はなんでもないと今度は横に首を振り笑顔を浮かべて自己紹介をした。
黒羽快斗も改めて自己紹介をすると青子の隣へと腰を降ろす。
「いや、それにしても名前も悪かったな」
「ほんとよ!あ、名前ちゃんお金返すね!」
いそいそと財布を開けようとする青子を止める。
「青子ちゃんと出会えた記念に今日は私に奢らせてください」
「で、でも、迷惑までかけて…」
「迷惑なんてかかっていませんよ。むしろ、青子ちゃんみたいに可愛い人に出会えて嬉しいです。ですから、ね?」
ともすれば口説き文句にも聞こえるセリフに青子は心做しか頬を染め頷いた。
快斗はいつになく"女の子"の表情をする青子に片眉を上げながらも名前へと視線を向けるとにやりと口角を上げた。
「なら、俺から名前へお詫びを…1・2・3ー!」
ポンッと軽い爆発音と煙の後、目の前には紫が目を引くライラックの花束が現れた。
名前は目を瞬かせると破顔し、受け取る。
「ありがとう!とても綺麗ね!それにいい匂い。花言葉は友情、の意味で大丈夫?」
「ああ」
「そう。でも、これだけはお返しておくね 。私より、君達にこそ似合いだから」
そう言って名前は快斗の胸ポケットへと1本のライラックを刺した。
首を傾ける快斗と青子の様子を微笑ましそうに眺めた後、名前は軽く挨拶をしてその場を後にした。
「まさか、彼女達の息子に会えるとは…本当に人生とは面白い」
一時期世間を騒がせた怪盗、ファントム・レディ。
その彼女の為に大怪盗となった怪盗キッド。
そして、その2人の息子は人知れず2代目怪盗キッドに。
「黒羽快斗…か」
ピコン、と初期設定にしたままのスマホが鳴る。
見てみれば3件もトークがきていた。
1番新しいのを開けてみると先程連絡先を交換したばかりの青子からである。
律儀な彼女らしい、今日のお礼と次の遊びへの誘いだった。
当たり障りのない返しをし、次を開けると同じく先程連絡を交換した快斗から。
こちらはコメントはなく、画像のみ。
ピンクの薔薇、その花言葉は、
「この場合は…感謝、かな」
彼らしい連絡に思わず微笑みながらも、花と画像への感謝を表したスタンプで返す。
そして、最後は先日蘭経由で連絡先を交換したコナンだ。
内容は、工藤新一邸へのお誘い。
工藤優作のファンということを聞いて今までの作品を見せてくれるらしい。
なんなら、本人の直筆サインもくれるらしい。
「…ふむ。これが、罠だとしても飛び込まない訳にはいかないな。こんなに餌をぶら下げられては」
江戸川コナン。
工藤優作のサイン。
そして、工藤邸には沖矢昴も居る。
断る理由は見つからず、つい名前らしからぬ深い笑みを浮かべ、承諾の意を返した。
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