人食い鬼 2



月明りだけが照らす森の中。
開けた場所に、影があった。
一匹の猫と一人の人間。
月の光に照らされた猫の尻尾は二股に分かれていた。
そして、もう一つは人間の方――若い女性のようだ。
腰まである髪は風になびき、月に照らされた肌は、とても綺麗で美しい。
その女性は妖の前にかがむと、

「死んでないんだ、へぇ……」

まじまじ、と見つめそう言う。
生きている事に感心したような口調だった。
そんな人間の視線に、金色の瞳で彼女を睨んだ。体はうまく動かないせいで、睨む事しか出来ない。口からは自分の血液が。
少しでも気を抜いたら、この人間に殺されてしまう――彼はそう思った。
だが、女性は自分を射抜くように見てくる猫に、口元を楽しそうに歪める。
おかしそうに。
楽しそうに。

「――んーそんなに殺意丸出しにしないでよね。あたしはあんたを助けようとしているのにさ」

女にしては低く、男にしては高い声で女性は言う。
話の内容が、猫には分からなかった。
意味が理解できなかった。自分を生かして、どうするのか――

「こんなところで死にたくないでしょ?」

妖は彼女をじっと見つめ、数秒後、コクリと小さく頷く。

「じゃあ、選択は決まってるわね。そうしなくても私が無理矢理助けるけども」

女性は目を細め、言う。
その目を見つめ、女性が、人間が、何を言いたいか分かった。
だから、猫は、
自分は――
俺は――





「――う。夜光。朝だ、起きてくれ」


肩を揺すられる。
そして、自分の名前を呼ばれている。
しかし、夜光は唸り声を上げるだけで起きようとしない。
諦めずに、起こす者は声を大きくする。

「夜光!夜光!」

自分の頬に擦りついてくる何かに、夜光はゆっくりと瞼を開ける。

「………」
「起きたか、夜光。おはよう。朝だ」
「………篝、おは、よう」

目の前にいたのは、トカゲのような姿だった。どうやら彼の名を呼んでいた声の主は、この生き物だったようだ。
しかし、青色の鱗と二本の角を額についているので、トカゲやイグアナではないようだ。大きさはそれほど小さくも大きくもない。
篝、と呼ばれた生き物は首を動かし、窓を見る。

「今日もいい天気だぞ」
「そう、か」

いつの間にか太陽の光を遮っていた布が開かれており、部屋に光が差し込む。
夜光は眩しそうに金色の瞳を細め、窓を見る。

「快晴というものだな……雲も少ない――ん?」

篝は静かになった夜光に視線を向ける。
彼は瞼を閉じ、眠りに入ろうとしていたのが目に入った。
慌てて篝は、夜光の頬を二本の角で勢いよくつついた。

「起きろ。二度寝をするな」
「……い、いたい……分かった、おきる、から……」

篝は攻撃を止めた後すぐ、夜光が起き上がる。
つつかれたせいか、左頬が赤くなっていた。
そっちの頬を手で押さえ、夜光は篝を睨む。

「もう少し、優しく、起こしてもらいたい……」
「そうすると、夜光は寝てるままだろう。仕方ない」
「仕方ない、て――」
「それよりも早く着替えたらどうだ。もう少しで朝御飯の時間になる」

時計を確認すると、そのくらいの時間になりそうだ。
夜光はのっそりと立ち上がると、壁に掛けてあった制服へと袖を通す。

「少しは慣れてきたか?」
「うん?」

着替えている夜光に篝が近寄っていた。
問いの意味を察したのか、夜光は答える。

「ほんの少し。でも、勉強になかなかついていけない――大変だ」
「うむ――我はそのようなことを聞いたわけではなかったのだが……まぁ、いい。そうか。あまり無理をせずに頑張れ」

意味が違っていたようだ。不思議そうな顔をするが、着替えの手は止めない。

「……分かってる。無理はしない」

着替え終わると同時に、篝が肩に乗ってきた。怒ることもなく確認すると、夜光は自分の部屋の襖を開け、廊下へと出た。
歩いて行くとだんだんと、いい匂いが鼻腔をくすぐる。
匂いがする部屋に入ると、テーブルに朝食が置かれているのが目に入る。
すると、台所の方から女性がお盆を持って歩いて来た。
桜色をした美しい髪を一つに纏め、赤色のエプロンをしている。
手に持っているお盆の上にはお椀が三つのっている。中身は味噌汁のようだ。
女性は夜光を見ると、口を開く。

「おはようさん、夜光」
「おはよう、零姫」

少し間を置いた後「師匠、と呼んだ方が、いいのか?」と、困ったような声音で言う。
零姫と呼ばれた女性は、お椀を置きつつ、あきれたような顔をした。

「どっちでもいいわよ。呼びやすい方にしな――ほら、さっさと席に座る、の前に! 顔、洗ってきな」

洗っていない事に気付いたようで、零姫は夜光を指差す。従わないと、後で怒られるので速やかに行動をした。
顔を洗って戻って来ると、零姫は「早く席につけ」と、言わんかのような目をしていた。本当は何か言いたかったが、黙って腰を下ろした。同時に、よそったご飯が入った茶碗が置かれる。

「……夜光、先に食べてて。あたしはあのバカ、起こしてくるから」

エプロンを取りながら、苛立った口調で言う。
その後すぐに、零姫は早足で廊下へと出る。
彼女の足音が聞こえなくなると、夜光は手を合わせ「頂きます」と呟き、食べ始めた。彼女の行く先は知っている。
篝はというと、零姫が座っていた近くで、皿にある肉を食していた。
嬉しそうな雰囲気を漂わせている彼から視線を逸らし、味噌汁をすすっていると――

「たくよぉ。いい加減、自分で起きろっての!」

零姫の怒る声が自分の耳にも聞こえていた。
誰かと話しているようだが、零姫の怒り声しか聞こえない。

「酒を夜中まで飲みまくってるから悪いだろ!」

しかし、その話をしている人物を夜光は知っているため、あまり気にしない。

「朝飯、用意してあるからな!」

そう相手に言い残したようで、バタバタとうるさくしながら、零姫は夜光がいる部屋へと戻ってきた。

「さて、あたしも食べるか――いただきます」

正座をし、箸を掴むと、ほうれん草のおひたしを乱暴に取る。
見ただけで分かる。これが分からない人は、おかしいと思うくらいだ。
相当イライラしているよう。

「……大変、だな……」

毎回の出来事なのだが、夜光は零姫にそう言う。
零姫は彼を睨むがすぐに視線を戻す。

「大変だと思うなら、夜光があのバカを起こしてくれる?」
「え、遠慮します……」

その後、漬物をすぐさま口に含む。彼女と話すのを止めておくための行動である。
零姫はそれを分かっているのか、溜め息を零しつつ、焼き魚に手をつけた。
二人は着々と朝食を食べていく。
夜光が食後のお茶を飲んでいると、廊下から足音が聞こえる。
ゆっくりとした足音が自分の背後――つまり、この部屋の入口で止まった。
お茶を口に含んだまま振り返るが――

「――んぶっ!」

お茶を噴き出してしまいそうになるのを堪えた結果、むせてしまう。
しまった、忘れていた……そう、気付いた時には遅かったのだが――
彼がこうなってしまった原因は、首を傾げていた。

「どうかしたのかにゃ〜?」

のんきな口調でいう女性の姿。
鳶色のお尻の辺りまである髪。しかし、一部分の髪は赤く染まっている。
寝起きのせいか髪を縛らず、少し寝癖がついていた。
彼女は自分の姿を見てむせた理由が分からないらしく、首を傾げていた。
それは一目瞭然のことなのだが。

「どうもこうも……その格好、どうにかしろよ!」

咳き込み続ける夜光の変わりに、零姫が彼の思っている言葉を言う。
女性の姿はというと、袖無し羽織――いわゆる甚平を着ていた。だが、下は素足。つまり、下は何もはいておらず、甚平の丈もかなり短い。
少しでも屈んだりすると、下着が見えてしまうのではないかと、思ってしまうくらいの長さだ。
しかも、胸元がはだけているせいで胸の谷間が視界に入ってしまう。
男にとってある意味、いろんな意味で目に毒だ。

「いつものことじゃ〜ん。気にしたら、負けだにゃ?」

なんだそんなことか、と特に気にもしていない様子で、女性は零姫の向かいへ腰を下ろす。

「気にするとかしないとかの問題?もう、どうでもいいや……」
「レーキ。ご飯、ちょうだい〜」
「はいはい」

ご飯をよそうと、彼女は受け取り口に含む。

「うまっ!ああ、かがりん、おはよう」
「んむ?あぁ、おはよう」
「んでんで。ヤコ―、咳き込むの終わったぁ〜?」

ちらりと女性は横にいる彼に声をかける。
息を整えている夜光が視界に捉え、彼女は勝手に納得した。

「良かった良かった!ヤコ―になぁんかあったら、大変だもんねぇ〜」
「その原因を作ったのは、霜月じゃないか」
「んにゃ?」

霜月は意味が分かっていないらしく、また首を傾げる。

「でも、死ななくてよかったねぇ」
「こんなので死なない」
「あるかもしれないじゃあないかぁ。茶でむせて死ぬ!新聞、一面に載るかもしれないよぉ。にゃははははは!」

楽しそうに笑う彼女を睨みつけるが、気付いてないようだ。

「じゃあ、その原因が同居している女性のあられもない姿っていうのも新聞に載るかもね。女露出狂として」
「……」
「その露出狂ってのは、誰の事かにゃ?」
「あんただよっ!」
「霜月の事だ!」
「お主しかいないな」

夜光と零姫は、同時に彼女に指を指す。篝はあきれたような声音。
今までの流れですぐに分かることなのだが、霜月は二人に言われ、ようやく理解したようで手を軽く叩く。

「露出狂なんてひっどいにゃ〜。あんまり、服を着たくないだけだにぇ」
「原始人になりたいのか、あんた……」
「でも、外に出る時はちゃんと着るよぉ?」
「当たり前だっての!」

それこそ、警察沙汰になることだ。
ガミガミと言い合っている二人を尻目に、夜光は食器を片づけたりと学校へ行く支度を始める。
鞄を手に持ち、玄関へと向かう夜光に気付いたのか零姫は霜月から視線を彼に持っていく。苛立っていた表情ではなく、笑みを浮かべていた。

「気をつけて行ってきな」
「あ、あぁ……」
「ヤコー、いってらっしゃーい」

箸を持ったままで手を振ってくる霜月に同じように手を振ると彼は玄関の扉を開け、外へと出た。








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