人食い鬼 4
夜光達が学校に行っているのと同時刻、零姫は洗い物を終わらせたのか、台所から出てきた。赤いエプロンはつけていなかった。
髪を縛っていた物を外し、軽く頭を振る。桜色の髪がそれに合わせて動く。
「あー」
疲れたのか声を出して畳に座る。そんな彼女の声に反応し、テーブルにいた篝は主の側に近づく。
「お疲れ、零姫」
「朝から疲れるわ、まったく。どっかの誰かさんのせいだけどさ」
どっかの誰かさん、と言われた人物はただいま自分の部屋に戻り、着替えをしている。寝てはいない、と思うが。
「いつもの事だけどね」
息を吐くと、彼女はテレビへと視線を向ける。朝のニュースが流れているが、映像に出てくるキャスターの名前を知らない。あまり興味がないからだ。
それでもテレビからは目を離さない。
「いいのやってないねー」
ポツリ、と呟いた零姫に篝は同じく映像を見つつ、言う。
「この時間だからな」
「そうだねー」
チャンネルを変えてみるが、特に興味をひく番組はやっていない。諦めて、最初に見ていた情報番組に戻す。
しばらくの沈黙が訪れるが、それをかき消すように廊下から足音が聞こえた。正体など言わなくても理解できるだろう。
霜月だ。
先ほどの格好よりかは明らかによくはなっているが、それでも露出が高い。
胸元のあいた服を着ており、胸の谷間がよく見え、へそも出していた。左手にだけ、肘まである黒い手袋をつけている。下はジーパンで左は太もものあたりまで短く、右は逆に長い。右はダメージ加工がされていた。
「着替えかんりょ―しました―!」
楽しそうに敬礼までしてくる霜月に、ため息が出る。別に疲れた、とかそう意味ではなく、ただ何となく吐いてしまっただけなのだ。
「レーキ、悩み事でもあるのかぁ?この霜月ちゃんが相談にのるよーん」
「じゃあ、いつも家にいる露出狂な女をどうしたらいいか、について相談なんだけど……」
「誰だろ〜ね〜それ」
明らかに霜月の事なのだが、彼女は気付いているのかいないのか――後者だろう。彼女は悩んでいたが、すぐにあっけらかんとした笑顔になる。
「そーんな事より、気になるようなニュースちゃんはあったかえ?」
話を変える霜月。自分から話を振っといていきなり話題を変えるのはどうかと考えたが、どうでも良くなる。
再び視線をテレビに戻す。
「特に今んとこはないかね。どっかに強盗やらそんなのばかり」
「そっかー」
テーブルにあるせんべいを取ると、霜月は頬張り始める。部屋にばりばりという、せんべいを食べる音が響く。
のんびりとしていると、またニュースが始まった。
男のキャスターの声が耳へ届く。
『えっと、今緊急のニュースが……!』
やる事もなく寝転んでいた零姫だったが、不意に中庭に視線を巡らせる。
特に何もないただの庭。
ただ無言で見つめるその先に映るのは、やはりただの庭だった。少し、風流がありこの家に合っている。
「うにゃー?レーキ、どうかしたー?」
霜月がせんべいを口に含んだまま話しかける。
「いや――」
言葉を口にしようとしたが、途中でやめる。
「なんだ?」
寝転んだままの格好で廊下を見ると、騒がしい足音が聞こえてくる。こちらに向かってきている人物は何となくだが、想像出来たので先に声をかけた。
「なんだ、うるさいぞ圭一郎。静かに歩いてくれよ」
「悪い――て、のんびりしてる暇ないんだぞ!」
居間に入ってきたのは、男で制服に身を包んでいた。腰には拳銃が吊っている。
「のんびりしてる暇がない、だぁ?あたし達は警察の人間じゃないんだからどうしてようが勝手だろ?」
彼女が言っている事は間違ってはいない。
それが分かっているのだろう。圭一郎と呼ばれた警察官はため息を一つ零す。
「そうだったな。悪かった悪かった」
「圭ちゃん、謝る気ないにゃ〜。テキトウに言ってるでしょーん」
霜月の言葉に、圭一郎はしかめっ面をし、言う。
「うるさいぞ、霜月!」
「昔みたいに、しーちゃんって言ってくれればいいのに〜」
「………」
無言になってしまった圭一郎に対し、零姫は面倒そうな口調で聞く。
「んで、何か用?警察であるあんたがこんなとこに来るって事は、また何かあったの?」
「それはこれを見れば解る」
ここに来た理由を言わずに、持っていた封筒を零姫に向けて投げてきたので、畳に落ちる前に取る。
中身を確認すると、資料らしき紙がでてきた。
クリップでとめられていた写真に視線を向けると、そこに写っていたのは――
「なぁに、これぇ〜!!血まみれだにゃー」
ひょっこりと横から顔を出した霜月の言った通り、映っていたのは壁にありえないほどに血がついている写真だった。
そしてもう一枚には――
「これは嫌がらせ?死体見せるなんていい度胸じゃないか。しかも、上半身がない死体なんてなぁ」
写真を持っている手を揺り動かすと、それに合わせて写真が揺れる。
「その前に、こんな警察の資料持ってきても良かったのか?違反とかになるんじゃないのか、確か。あたしは一応、一般人と分類される人間だぞ?」
「それは大丈夫だ」
「はー、そりゃご苦労なこった――で、これは一体?嫌がらせにしたらリアルすぎるな。それに、こんな殺し方、人間には出来ないだろ」
「さすが、零姫さん」
「妖絡みか……」
「そういうことだ」
圭一郎は立ったまま、話し出す。
「被害者は男性二人…まあ一人は学生か。男の方の身元は分からんが――上半身喰われてるし分かるようなものは現場にはなかったからな」
「じゃあ、なんで学生さんの方は分かったんかにゃ?」
「学生証あったし、制服っぽい感じだったらしいぞ」
「…………で、男の方の身元は調べてるんだろ?」
「今、警察で色々調べてるところだ」
「ふぅん……ああ、このニュースか…?」
零姫がテレビを見ると、何か違和感に気付く。
どこかで見たような道。
思い出そうとしていると、霜月が騒ぐ。
「うんにゃ、これ!ヤコー達の学校の近くじゃないかにゃ!?」
カメラがちょうど学校をうつす。
『柚坂高校』と。夜光達がいる学校。
「学校の近くかよ」
「危ないよな、学校の近くなんてな」
「学校じゃなくても危ないだろ。で、話し戻すがその警察は何て言ってるんだ?猟奇殺人とかそこらへん?」
「そういう事になっているようだ。俺も詳しくはまだ分からないが」
零姫の眉がピクっと動く。
圭一郎はさっき何と言っていただろうか。だったらしいぞ、と言っていなかったか?
まさか、と零姫は呆れた顔をする。
「詳しく知らない……何だ、また警察署からここへ直行か?」
「ああ、そうだ。こんな死に方、どう考えても妖絡みしかないだろ」
「はっ。じゃあ、もう少しちゃんとした資料よこせって」
「また何かあったら資料ちゃんと持ってくるさ。とりあえず、現場見に行くか?」
「おいおい。まさか警察車両に乗れって言うのか?やめてくれよ」
零姫は盛大なため息を吐くが、圭一郎はにっこりほほ笑んだ。
「大丈夫大丈夫!自分の車で来たからな」
「それも安心できないんだが?」
「そうか?」
不思議そうに首を傾げる彼に、零姫は深く重いため息をまた吐くと隣で立っている霜月に目を向ける。
「おい。あんたの幼馴染どうなってるんだ……」
「圭ちゃんは昔からそうだし、気にしない方がいいにゃ〜」
「あんたがあんたなら、幼馴染は幼馴染か……」
こめかみを押さえる零姫に霜月は楽しそうに笑っていた。とりあえず、隣の人物を睨みつける。
「まぁ、少しは周囲の状況くらい把握しとかないといけないな。現場の状況は後でもいいだろ」
「警察の者がいるかもしれないしな」
「夜にでも行けばそいつらもいないだろうし……いても一人とかそのくらいだろ。なら、圭一郎に頼んで見張り変わってもらえばいい」
「だろうと思った」
「当たり前だろ」
即答する零姫に、圭一郎は肩をすくめた。
「じゃあ、行くか」
「近くまで行かなくていいからな。野次馬に紛れて辺りを確認する程度にしとく」
「はいはい」
そして零姫は立ち上がった。
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