go down the rabbit hole@

この世には、個人の努力ではどうにもならないことも残念ながら多々ある。
例を挙げるなら昨今の不景気。外回り営業のタイミングで今日一日の冷え込みになってしまうこと。分かっていたのに仕事に遅刻して、こんな格好をしてしまったのも。俺の懐が寒いのも。いや最後のはうっかりお馬さんを深追いしたせいなんだけども。
上着が無いせいで装備が心許ない。ふわふわのファーは坊主頭と尻にしかない。耳も手もかじかんで、とほほって感じ。

「クスクス……」
「あっ!おねえさん方今日暇ぁ?安くするからちょっと寄ってかない?」
「えぇ〜〜?どうする?」
「やぁだ無理〜〜!」
「そっかー!ざぁんねん」

袖にされるのはいつものこと。中身の無い会話。浮かべる表情だって演技だ。断られたって毎回客に手を振っているのも末端に血を送って血行を良くするため。いちいちこんなことで一喜一憂してられない。なんてったって今日は華の金曜日!落ち込むより今日の食い扶持なのだ。

「うっわ坊主のバニーガールだ!」
「お兄さんだいじょぶ?悪いとこに売られちゃったの?」
「俺らが買ってあげましょうかぁ〜〜〜?」
「あははーーー!!大丈夫でっす!」

(ゲッ!またこいつ未成年なのに酒飲んでやがる)

今日に限ってブラックリスト入りの酔っ払いに絡まれる。まったく、金を落とさない構ってちゃんな客と面倒はご免被るぜ。
客引きする場所を移そうと踵を返し歩き始めたが、

「まってよバニーちゃあん」
「おいやめろってえぇー」

あ〜〜〜〜〜ウザがらみパターンかよ!!
警察サツ呼んでも口頭注意だけだしな〜〜〜!!
こんな往来で腕掴まれたから傷害になんないかなならないか。うんざりしながらまとわりつく手を振り払おうと踏ん張って力を入れたら、見事に。つるんって足を滑らせちゃった。俺が。昨日は雨降ってたからね。横断歩道の白線って濡れると滑るよね。きゃは!
ゴツンと、客引きに掲げていた看板が鈍い音を立てる。くそ。タイツは濡れるし冷えるし最悪だ。
横断歩道で屯してるせいか辺りもざわついているし。

「大丈夫ですか?」
「さっむい!」
「ですよね。とりあえず向こうに渡りましょう。立てますか?」
「何をぬけぬけと……?!」

お前のせいじゃないかと文句を言うために顔を上げ、そのまま俺は動きを止めた。心配そうな表情をした女の子が、自分に対して手を差し伸べてくれていたからだ。額からうっすらと流血しながら。

「あ、あの」
「失礼します」

煩わしいクラクションが鳴らされる。信号が変わり、早くその場から退けと急かしているのだ。
彼女はわざわざ着ていたトレンチコートを脱いで俺の肩にかけ、地面に落ちたままだった看板を拾ってくれた。車道側にぺこりとお辞儀して、もう片方の手で俺の手を優しく掬いあげる。温く柔らかい感触にハッとして。そこでようやく俺は動き出すことができたのだった。

目的だった向かい側の歩道に着くと人の流れが元に戻り始めた。見物人から、絡んできた男二人は彼女に看板が当たった時に逃げたと聞かされホッとする。騒ぎを大きくして警察を呼んでもよかったが、稼ぎ時に面倒くさかったし。それよりも、

「濡れてしまって災難でしたね」

うっかりとはいえ俺のせいで怪我をしたというのに鞄からタオルまで出して渡してくれた彼女は天使かな?魔法使いかな?今の世の中も捨てたもんじゃないね?俺にもツキが回ってきたか?それとも怪我させちゃったから回るのは手錠?頭の中を忙しなく駆け回る想像に顔色を悪くしていると、彼女は手袋とカイロまで貸してくれた。

「体調が悪くなる前に、お店に連絡したらどうでしょう?必要なら私も事情を説明しますし」

(女神かよーッ!)

ここで俺様はひらめいた!お礼もしたいし、俺の案内で店まで着いてきてくれたらそれはご新規様1人獲得したも同然!お互いwin-winなのでは!?と。

「じゃあお願いしてもいいかな?」
「はい。うさぎのおにいさん」

今月何とか乗り切れそうだ!浮かれた俺は彼女と手を繋いで、足早に職場へ向かったのだった。



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