「ありがとうございましたぁ」
間延びした挨拶を背に、すっかり日の落ちた道に踏み出した。
このまま帰るのはつまらないが、特にやりたいことは無い。
(どこかで晩御飯を済ませてしまおうか?)
そう思った時、小さめのホールケーキを思い出した。
貰った合鍵を初めて使って、お祝いの気持ちを込めて、作ったケーキ。
「ケーキって何日持つっけ?」
静かな夜道に独り言が沈んだ。
鼻を啜る。寒さで耳が痛い。
並んで歩いてくれる己の何倍もある大きさのブーツが、今日に限って隣にいない。
優しく握ってくれた手が恋しくなって、私は自分の手のひらで温めるため耳を塞いだ。
「なまえ!」
「え?」
幻聴だろうか?いる筈の無い人の声に振り向くと同時に、身体がすっぽりと包まれた。
「カタクリさん?どうしたんです?こんなところで」
パーティに出ているはずじゃ?と続けると。
「お前に会いたかった」
「え…」
「誕生日に恋人と過ごしたいと願うのはおかしいか?」
「あ、いや」
「なまえに祝って欲しかった」
聞こえてきた言葉は私の願望か。それとも本当に彼の願いか。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、彼のマフラーに埋もれていると。
「キャー!かっこいい!」
「熱烈ね!」
「か、カタクリさん!離してください!恥ずかしいです!」
「嫌だ。オレは、お前を恥じたことなどない」
「違います、そうじゃ…ヒェ!?」
そのまま抱き上げられた。
なんだこれ。夢か。漫画でしか見たことないぞ。
現実逃避している間にも彼は雪道をスタスタと歩き、一緒にタクシーに乗った。
伝えられたのは彼の家の住所。降りる時まで抱き上げられた私は、玄関に入ってから床に降ろされた。
カチャン。
後手で鍵を閉めたカタクリさんに見下ろされたまま固まっていると。
なんだか寂しそうにそれは響いた。
「ただいま」
「…お、おかえりなさい?」
「あぁ」
緩んだ眉間の皴と声色にハッとする。
(本当にカタクリさんも、会いたいって思ってくれてたんだ)
胸が締め付けられる心地に耐えきれず抱き着く。
抱き留めてくれた彼の抱擁も先程より強くて、私は甘える様に頬を彼にすり寄せた。
「誕生日おめでとうございます。カタクリさん」
「ありがとう」
「本当は、今日二人きりでお祝いしたかったんです」
「!」
「結局願いが叶って…なんだか私ばかりプレゼント貰ってるみたいです」
「そんな事はない」
マフラー越しの口づけに照れている間に靴を脱がされる。
「あの、ケーキ作ったんですけど。もう向こうでお食事は」
「軽く食べたが満腹ではない。それに実は期待していた。なまえが作ってはくれないかと」
「よかった!じゃあ着替えて、手洗いうがいですね」
「あぁ」
コートを脱がし合い、くっつきながら洗面所で手洗いうがいをする。
一足先に私が冷蔵庫からケーキを取り出すと、そわそわした様子で彼はカトラリーを用意してくれた。
「なまえ。お願いがある」
「何ですか?」
「その、歌を…」
「はい!勿論!」
「呼び捨てで頼む」
「んんっ!?」
「ダメだろうか」
「…いえ!お誕生日ですもんね!」
緊張で声が裏返りつつ、最後まで歌い終えると、また抱き締められる。
会社でのキリっとした姿とは裏腹の姿がとてもかわいく思えるのは、惚れた欲目だろうか。
「はい、あーん」
「あーん…うまし、うましだ!」
お菓子を美味しそうに食べる姿を見てから、彼が好きなんだ。
「なまえにも、あーんだ」
「あー…ん。美味しい!」
「あぁ、こっちも美味そうだ」
「え」
だが、彼の愛は私の想像より深かったらしい。
プレゼントを渡す暇なく、そのまま朝まで貪られるとは思っていなかった。