シュガー・コート・ディッパー(1)


今日も変わらず霧に包まれた元NYの一角。不規則な生活の中帰宅したなまえは風呂場で叫んでいた。
自宅に盗みに入られたわけでも、身体の一部が吹き飛んだわけでもない。
ただ、いったん落ち着くには叫ばずにはいられなかった。


「おいみょうじ」
「なんでしょう警部補」

事件のたび、HLPDでは毎回書類の山が築かれる。
少しでも周りの迷惑にならぬよう努めているが。

(書類に不備があったのかな)

頼まれていた書類は提出し終えている。
不安になるが、仰ぎ見た上司の表情には険しさは見当たらない。

「いや、なんだ。あ〜…」
「?」

気まずそうに首に手をやった彼は少し言葉に悩んでいたが、仕切り直すように咳ばらいをすると口を開いた。

「最近ちゃんと飯食ってるか。顔色悪いぞ」
「え?」
「あー、部下の健康管理も上司の務めだ。飯食いに行くぞ」
「????」
「返事!」
「あっ、はい!」

有無を言わさぬ勢いに思わず返事をすると、すぐに彼は私の腕を引いてタクシーに連行した。

「事件のせいで忙しくて、デートもしてなかったからな」
「で!?デート!?」
「おう。だから、今すんぞ」

車中で悪戯が成功した子供の様に告げられ、今に至る。
心の準備も身体()の準備もできていない。
悪あがきで自宅に寄ってもらったが、何を隠そう。みょうじなまえ、今回が人生で初のデートなのだ!

(わぁあああ!もうどうすればいいの!?)

どんなに過去を嘆こうと、忙しさを理由に自分磨きを怠っていた事実は変えられない。
烏の行水で何とか不快に感じられないよう清潔感を取り戻し、いつもより丁寧に化粧を施す。
クローゼットから身体が冷えないようジャケットを出し、数分悩んだ末に選んだワンピースを身に着けると、鞄を引っ掴みなまえは急いで玄関に向かった。

「すみません!お待たせしました!」
「おう。すげー、」

上司兼恋人のダニエル・ロウは、彼女の姿を見るなり固まった。

「ダニエルさん?ど、どうしましたか…?」
「いや、お前の足音すごかったなと」
「もう!ダニエルさん!」
「はっはっは」

いいから行くぞと玄関扉のノブを掴んだ彼の顔が優しく微笑んでいたことに、残念ながらなまえは気づかなかった。