シュガー・コート・ディッパー(2)


異界の住人が運転するタクシーは意外にも安全運転で、なまえはほっとしながら身を任せていた。
反対側の窓を開けて煙草をくゆらせる恋人は、今何を考えているんだろう。
この街は不思議で不可解で危険すぎる。仕事熱心な彼のことだ。街中で不審な動きをしている輩がいないか目を凝らしているのかもしれない。

(もし事件を見つけたら、ダニエルさんは運転手に銃を突き付けて"協力"を仰ぐんだろうな)

それもそれで思い出に残るデートになりそうだ。

「何考えてる」
「え?」
「笑ってたぞ」
「…デート、楽しみだなって」

(一人でニヤニヤして引かれたかな…)

改めて言葉に出すのは何だか恥ずかしくて、顔を逸らす。
その顔を優しく戻され、向かい合う形になると、

「お客さん。目的地ですよ」
「「…」」

なまえの顔は真っ赤に染まった。


タクシーを降りた二人の間に言葉はない。

「ヤニ買ってくる。ちょっと待ってろ」
「は、はい」

上ずった声で返事をしてくる恋人に背を向ける。
車内での言葉が反芻され、顔がにやけそうになるのを耐えながら曲がり角の煙草屋に向かう。
落ち着け。ティーンのガキか俺は。いや、アイツが可愛すぎるのが悪い。
短い時間で目一杯お洒落をし、急いで自分の元に駆け寄って来た時は、出掛けるのを止めちまおうかと思ったくらいだ。
初々しさに釣られたのだろうか。悶々とした思いをなんとか誤魔化そうと、俺は皺の寄った紙幣を煙草屋の店員に叩きつけた。

「大丈夫かな…」

早足で曲がり角に消えていったダニエルを待ちながら、なまえは考えていた。
自分はデートでのふさわしい振る舞い方というものを知らない。
精一杯無い知恵を絞って、彼と並んでも変に思われないように服を選んだが、彼から特に反応は無かった。
不安だ。不安しかない。

「はぁ…」
「君。大丈夫かい?」
「え?」

スカートの裾を直すために下を向いていると、横から声を掛けられる。
ハッと顔を上げると、すらりと背の高い男性が彼女のすぐ側にまで着ていた。

(い、いつの間に…ぼーっとしてた)

「お〜い?」
「あ、はい!大丈夫ですっ!」

目の前で手を振られ、反射的に返事をする。
男性は私の返事を聞くと、目をパチパチと瞬きした後、くすりと笑った。

「元気そうで何よりだ」
「あ、あはは」
「こんなところで何をしているんだい?もしかして待ち合わせ、かな?」
「はい…人生で初のデートです」
「そうなのか!それはおめでとう」

此処は目立つから人を待つのに最適だね。と語る男性は、もはや孫を見守る祖父の様な眼差しをなまえに向けていた。