01

「審神者になっていただきたいのです」
「………はぁ?」

目の前の男が告げた言葉に、思わず気の抜けた声が出た。

さにわ?さにわとはなんだろうか。わざわざ文化庁まで一介の学生を呼び出してまで告げねばならないことなんだろうか。

せっかく大学生活初の春休みだというのに、こんな場所に呼び出されるなんてついていない。
そもそも何故私はここに呼ばれたんだろうか。
国家公務員に血縁者も知り合いもいないし、私は国に呼び出しを受けるような凄いことを成し遂げたことも無い普通の大学生だ。突然手紙で重要な説明があると呼び出されるなんて普通じゃない。

数十人は入れそうな立派な造りの会議室には、目の前に座る黒スーツ姿の男性と私しかいない。男は何とも申し訳なさそうな表情でじっと私を見つめている。隈が酷く、疲れ切って濁った眼をしていてちょっと怖かった。

「すみません、意味が解らないのですが…質問してもよろしいですか?」
「勿論です。なんでも聞いてください」
「審神者というのはなんですか?なんで私はここに呼ばれたんですか?」
「ああ…すみません。焦ってしまって、ちゃんと説明してませんでしたね。一から説明致します」

男は苦笑いをしながら謝ると、すっと私を見据えて再び口を開いた。

「−−−歴史を守って欲しいのです」

成る程わからん。

***

男の説明はこうである。

西暦2205年の未来では、過去へ干渉し歴史改変を目論む歴史修正主義者というものが存在するのだそうだ。審神者とは物に眠る想いや心を目覚めさせ力を引き出す能力を持つ者の事であり、審神者は刀の付喪神を顕現し率いて歴史修正主義者から歴史を守るため戦っている、と。刀剣男士は人の身体得て己の刀を振るい戦うらしい。その姿は大層見目麗しいのだそうだ。

本当かどうか疑わしい限りではあるが、態々国の機関に人を呼び出してまでつく嘘では無い、気がする。私のような一般人にドッキリを仕掛けることもないだろう。全てを信じる訳ではないけど、とりあえず納得しておこう。でないと話が進まない。

「仮にその話が本当だとして、」
「本当です嘘じゃありません信じてください」
「私、物に眠る想いや心を目覚めさせた事なんて一度も無いんですけど、審神者なんてやれるんですか?」

私の質問に、男は濁った目を爛々と輝かせ、笑顔で頷いた。怖い。

「ご安心ください!苗字さんが審神者の力を有している事は大学入学時に行われた健康診断の霊力測定でちゃんと判明しています!やり方を知らないだけなんです」
「そんな測定した覚えないんですけど…!?」
「体重測定の時に一緒に測らせていただいております。苗字さんの霊力は特別高くありませんが、浄化の力も備わっているとのことでしたので是非審神者になっていただこうと、こうして未来からスカウトに来た次第です」

身体測定で霊力って測れるのか。知りたくなかったそんな事実。片手で顔を覆いため息をつく。未来の話だなんて、SF映画かアニメみたいだ。じゃあこの男は未来の人間なのか。未来でも人間の造りは同じなんだな、なんてどうでもいい事を考えてしまう。ああ駄目だ混乱している。落ち着かないと。

大きく息を吸って、吐く。顔を上げて目の前の男を見据える。変なことに巻き込まれてたまるか。私はまだ大学生を続けたい。苦労して入学したのに、1年で退学して就職する御免だ。
冷静に対応して、私はここから帰るのだ。

「…というか、戦ってるのって未来の出来事なんですよね?なんで過去を生きる私が審神者になる必要があるんですか?」
「そ、それは…その…!」

そもそも私関係無いよね?
そんな思いを込めて質問をすると、男は言い辛そうに視線を逸らしてゴニョゴニョと喋り出した。

「実は、苗字さんにお願いしたいのは審神者の仕事の中でも特殊な業務でして…」
「特殊、というのは?」
「刀剣男士…付喪神様を癒して欲しいのです」
「……癒す?」

癒すって、付喪神が怪我でもしたのか、もしくは戦争に疲れたのだろうか。私の疑問に気がつくことなく、男は言葉を続けている。

「審神者の中でも浄化に強い霊力を持った方しか当たれない業務なのですが…そういった力を持った方が既に全員浄化業務に当たっているため、手が足りない状況でして…雇用の幅を広げ2205年以外の方にも審神者になっていただいております」

どうか審神者になってください、と男は頭を下げた。私は慌てて疑問を口に出した。

「あの、癒すってどういう事ですか?付喪神の方に何か問題でも…病気にでもなったんですか?」
「そのぅ、なんと言いますか…人間に嫌気がさしてしまったようで…」
「………どういうことです?」
「簡単に申しますと、ある審神者が顕現した付喪神様様が、こんな審神者とはやってられないと怒っていらっしゃいまして…付喪神様の怒りや淀みを鎮める為に、浄化の力を持った審神者が必要なのです」

つまり、上司が嫌いな部下に別な上司つける、みたいな感じだろうか。
戦争中なのに身内でゴタゴタしているわけだ。内部分裂した軍とか、味方の足を引っ張りそう。

「…付喪神様とやらを元の刀に戻して差し上げた方がいいのでは?」

その方が付喪神様的にもいいんじゃないだろうか。そう思って提案すると、男は俯いて言葉を発した。

「付喪神様を怒らせたまま御返しする訳にはいかないのです。そのまま本霊にお返しすると、力を貸していただけなくなる可能性があるので」
「本霊?」
「審神者は依代となる刀を用意し、本霊という一本の刀から力をいただいて自分の付喪神…刀剣男士を顕現します。稲荷神社の総本山と分社みたいなイメージなんですけど…何となく意味が伝わるでしょうか?」
「あー…まあ、なんとなく。審神者の数だけ同じ姿の付喪神が沢山いる感じですか?」
「だいたいそんな感じです。刀を解くと、付喪神様は本霊に返ります。その時人間に不満や怒りを持っていると穢れとなり、人に力を貸すことを拒むようになるのです。以前穢れが溜まったまま刀を解いた時、数年間その刀が審神者の呼び声に応えることがありませんでした。戦争中に戦力を増やせないのはかなりの痛手です。それだけは避けねばなりません」
「はあ、成る程」

私が相槌をうつと、男はずいっと私の方に身を乗り出した。

「ですからどうか審神者になってください!」
「すみませんまだ学生ですので、辞退させていただきます」
「給料はずみます!」
「ごめんなさい」
「…刀剣男士を癒すのにかかる経費はこちらで持ちますので!!」
「それ当たり前ですよね?嫌です帰らせてください」
「…仕方ありません。最終手段です」
「え?」

「数分後、貴方のお父さんから2千万円の借金を背負ってしまってので大学を辞めて欲しいと連絡が来ます。審神者になっていただけるなら返済金をこちらで用意しましょう」
「−−−は?」

濁った目がにたりと弧を描く。
なんだって?父が借金?そんな馬鹿な。父は真面目な社会人で、どこかに借金を背負うような馬鹿では無い。どうしてそんな事を−−−。

「…父が借金してるなんて、聞いたこと無いですよ」
「親戚の事業の借金の保証人もになってらっしゃいますよ?本来なら親戚の方で返せる予定だったようですが、病気になられて返し切れなかったようですね。私は未来の人間ですから、貴方がこの先辿る未来も知っています。借金を返す為だとキャバクラに売られヤクザの若頭に見初められ囲われた後、組の抗争に巻き込まれて死にます」
「そんなわけあるか!なんのドラマだ!!」

あんまりな未来に突っ込むと男は肩を竦めて本当なのに、と嘯いた。

「……仮にそれが本当だとして、私が審神者になったら貴方達も歴史改変をしていることになるんじゃないですか?」
「ご安心ください。審神者適性のある方は歴史に影響力を持ちません。いても居なくても、歴史に変化をもたらさないのです。貴方が審神者になっても歴史修正は行われません。だから安心して審神者になってください」
「そんな……」

呆然としていると、鞄の中に入れていたスマフォから着信音が流れ出した。ハッと男を見ると、どうぞ、と鞄を掌で指し示してくる。
慌てて鞄からスマフォを取り出すと、画面には父の名前が表示されていた。

「もしもし、お父さん?」

恐る恐る電話に出ると、震える父の声が微かに聞こえた。

『#name#か?突然すまない……。実は親戚の借金の連帯保証人になっていたんだが…親戚が病気で亡くなって、うちが返す事になった。すまないが、大学は2年生になる前に辞めて、可能な限り早く実家に戻ってきて欲しい。今後の話しを−−−』

男が笑っている。目を見開いた私を嘲笑うかのように、淀んだ目でニタニタとこちらを見ている。

「さて、どうしますか?」
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