Black
マンションの前に来たら、向こうの薄暗い通りから丁度#name1#が歩いて来るのが見えた。こんなに暗い道なのに、とぼとぼとゆっくり歩いてくるその姿を見て思わず駆け寄る。すると、顔を上げた#name1#がはっとして俺を見た。
「おかえり」
『おかえりちゃうやろ。そんなのんびり夜道歩いとったら危ないて』
#name1#は苦笑いして視線を逸らし、ごめん、と呟いた。隣に並んでマンションに入るけれど、口数が少なくいつものようなテンションではないことに気付く。エレベーターのボタンを押すとすぐにドアが開いて乗り込む。後から乗って来た#name1#の顔をちらりと見たけれど、俯いていて表情はよくわからない。ドアが閉まり階数ボタンを押すとすぐに、#name1#の頭が後ろから寄り掛かるように背中にぶつかり、俺の腰に腕を回してくるから驚いた。
『...ちょっ、待って、まだ外やって、』
誰か乗ってきたら、と慌てて腰に回った腕を掴み引き離すと、俯いた#name1#の目からぽろりと涙が零れ落ちた。
『え、ちょっ、』
慌てて顔を覗き込もうとすると手を振り解いて顔を逸らされ、戸惑っているうちにエレベーターのドアが開いた。
呆然とする俺を置いて足早に#name1#が部屋に向かう。すぐに鍵を開けて部屋へ入って行った#name1#を追いかけリビングへ入ると、少し乱暴にバッグを床に起き、ソファーの前のローテーブルに突っ伏してしまった。
『...なんやねん、いきなり...どうしてん、』
もしかして俺のせいなん?さっきの?けどそんなんで泣く?そんなわけないよなぁ...?
#name1#を見つめたまま立ち尽くしていると、震える息で一度深呼吸をした#name1#が、顔を埋めたまま篭った声で言った。
「...ごめん、」
『...俺のせいなん...?』
「ちがう、」
違う、と言われても、タイミング的に俺の言葉がきっかけのような気がしてしまう。
『...けど、』
「...安心したの、侯くんの顔みたら。...それだけ、」
思わず口を噤んだ。顔に熱が集まってきた理由は、その言葉のせいではなく、自分の不安だけを解消するような言葉を言ってしまったことに気が付いたから。
きっと何かしんどいことがあって、懸命に気を張って帰って来たんだろう。それを考えたら、少し恥ずかしくなった。
隣に座ってみたもののどうしたらいいのかわからないから、とりあえず労うように頭に手を乗せてぽんぽんと撫でてやる。感情が高ぶっているせいか体温が高い。少しだけ見える頬も耳も、熱を持ったように赤く染まっていて、それを見ていたら何だか胸が苦しくなった。
『...なぁ、』
呼び掛けてみたけれど、鼻を啜るだけで返事は返ってこなかった。
今口に出そうとした言葉を冷静に考えてみれば、正直ちょっと恥ずかしくなってしまった。けれど恥ずかしがっている場合ではない。“安心”という言葉を聞いて、今#name1#が必要としているのは、これしか思い付かない。
『...なぁ、...抱っこ、したろか、』
普段なかなか言うことのない言葉に照れ臭さが込み上げる。見られているわけでもないのに、顔を伏せた#name1#から顔を逸らした。
すると#name1#がむくりと頭を上げた。俯いて顔は見えないけれど、掌で涙を拭いながら頷いた。
「...して、抱っこ」
涙声で言った#name1#の髪を払って顔を覗き込むと、真っ赤な目でちらりと俺を見上げた#name1#が、ふふ、と笑った。
『なんやねん、』
俺の言葉は無視して体の向きを変え、ぶつかるように抱きついてきたその体を受け止める。泣くことに膨大なエネルギーを使ったのか、体の力が抜けて俺に体重を預けた。胸に押し付けられた顔は熱を持っていて、摩った背中も熱い。
するとまた#name1#が笑った。
「...侯くん、真っ赤」
さっきの含み笑いの理由を今更口に出されて、ますます恥ずかしさが込み上げる。
そんなん俺が一番ようわかってんねん。けど照れ臭くても、格好悪くても、そんな風に笑てくれたらそれでええか。
『...やかましわ』
ボソリと呟きながら内心少しほっとしていた。これは紛れもなく、俺が作った笑顔なのだから。
くすくすと笑うように僅かに揺れる体を抱き締めると、大好き、と#name1#が呟いた。さすがに“俺も”の言葉は照れ臭すぎて、聞こえなかったフリをして、代わりに頼りないその体を抱く腕に力を込めた。
End.
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