euphoria


(交際前、10分。)


忠義とはずっと友達だった。
ずっと好きだったけれど、忠義は
『友達は友達。女友達は恋愛対象にはならへん』
と言っていたからずっとこの想いは隠して来た。元々告白する勇気もなかったけれど、忠義がモテているのは辛い。

『あ、#name1#』
「......あ、」
『まだ居ったんや』
「...うん、」

放課後の教室で二人。必要以上にドキドキしていた。緊張もあるけれど、それとはまた別の、モヤモヤしたドキドキ。

『日誌?』
「...うん、」
『全然終わってへんやん』
「...だね」
『今まで何しててん!アホか!』

忠義にちらりと睨むような視線を向けて日誌に視線を戻した。
あんたのせいじゃない。あんたが告白なんてされてるから、何にも手につかなくなっちゃったじゃない。

「...寝ちゃったの!うるさい!」

私の前の席に後ろ向きに座って頬杖を付いた忠義が、ぼんやり私の手元を見つめるからいつもより字が下手くそになる。

「...何してんの」
『んー?見てる』
「帰らないの?」
『んー、帰るで』

早く帰ればいいのに。見られていると緊張するから。
それとも、誰か待っているんだろうか。...もしかして、さっきのあの子と帰る、とか。

顔を上げで忠義を見れば、首を傾げて私を見たからすぐに視線を手元へ戻す。

「...見ちゃった。さっき」
『何を?』
「..............。」
『...あぁ、アレかぁ』

なんて返事したの?
聞きたいけれど聞けない。興味があると思われることも、なんとなく避けておきたい。恋をしてから本当に臆病になったと自分でも驚く。

『俺な、意外とモテるんやで』

ふふ、と笑った忠義に冷たい視線を向けて「よかったね」と言った。そんなの知ってる。痛いくらいに知ってるから、自分で言うのやめてよ。

『#name1#もどお?』
「...なに」
『好きになってみる?俺のこと』

笑う忠義を見てから日誌に視線を戻した。

「友達は友達、なんでしょ」
『んは、そうやな』

何その余裕。むかつく。私がどんな気持ちでそのセリフ吐いたと思ってんの。苦しい。悔しい。本当にむかつく。
けど、そんなことを言うくらいだから私の気持ちに気付いてはいないはず。それだけは、安心した。

「...帰らないの」
『帰るー』
「さっきから言ってる」
『うん 』
「じゃあ、」
『#name1#と帰る』

一瞬手が止まってしまったのに気付いただろうか。今の動揺に気付かれたくはなかった。“女友達が自分を意識している”みたいに思われてしまったら、もうおしまいなんだから。

『はい、おしまーい』

頭の中の言葉と同じ言葉が耳に飛び込んできたから思わず忠義を見ると、笑顔で私からシャーペンと日誌を取り上げ、汚い字で適当なことを記入している。ちょっとくらい間違えても大丈夫や、なんて言っているけれど、それに突っ込むことも出来ないほど呆然とその様子を見ていた。

『はい。コメントだけ書いてな』
「...うん、」

渡されたシャーペンを、手が触れないように受け取った。
忠義が見ている。今度は手元ではなく、多分、私を。なんでそんなに見るの。緊張するじゃない。
耐え切れず簡単なコメントで切り上げた。手が震えなくてよかった。顔は強ばっていなかったか心配だけど、とりあえずよかった。

日誌を閉じてシャーペンを置くと、忠義が日誌の上に頬杖をついてニッコリと笑った。急に近付いた顔にドキリとして少し後ろに下がると、忠義が言った。

『...なーんや。意識はしてくれてんねや』

忠義を見たまま固まった。
今まで気付かれないように必死だったのに、やってしまった。だんだんと早くなる鼓動は、動揺のせいか、それとも“意識してくれてる”という言葉のせいか。

『さっきの、結構本気やったのに。平気な顔して流されてさぁ。俺、どうしたらいいん?』

また少し顔を近付けた忠義に笑顔で見つめられて、今度は動けなかった。
何を言っているんだろう。本気って何がだろう。

『付き合うてみいひん?』

こんなに至近距離で私を見つめてそんなセリフを吐いて、どういうつもりなの。
そんなに笑顔で余裕たっぷりで、からかってるならバチ当たるんだから。
...それなのに、どうしよう。ドキドキする。

「......友達とは、付き合わないんじゃないの、」
『ん、...けどさぁ、なんか、思ってもうて。#name1#と手ぇ繋ぎたいなぁとか、抱き締めたいなぁとか』

気付いたら、机の上の爪痕が付くくらい強く握り締めた手が僅かに震えている。だから慌てて手を引っ込め膝の上に置いた。
視線を落とすと忠義の頬杖とは反対の手が、机の上で拳を作っているのに気付いた。その手が少し震えているように見える。私と同じ、色が変わるほど強く握られているその手を見つめて胸が高鳴る。

『...なぁ、付き合うて、みいひん?』

いつもより少しだけ上擦った声と、きっと作り物の忠義の余裕の笑顔をちらりと見て、息苦しいほどにドキドキしながら勇気を出して小さく頷いた。


End.

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