交際期間、0分。
「ちょ、待っ、...」
『ん?』
「ま、待って、」
『え、なんでぇ?』
「...なんでも、」
『“うん”言うたやん...』
校舎の外の非常階段の下で壁に押し付けられて慌てて章大の肩に手を当てた。目の前で不思議そうに首を傾げる章大との距離は僅か10センチ程しかない。
交際期間、まだ0分。
というか、付き合っているのかどうかすら曖昧。たった今『好き』と言われて「...うん」と言ったところ。まだそれだけ。
『したらあかんのぉ?キス』
「.....え、っと、」
『...嫌やぁ、我慢でけへん...』
「.................、」
『え、...“うん”ってさぁ、付き合うってことちゃうのぉ...?』
そうだけど。そうなんだけど!
ずっと章大が好きだった。だから嬉しくて言葉が出なくてかろうじて「うん」と返事をした。
けれど、いつも可愛い笑顔を振りまいている章大にいきなりこんなことをされたらさすがに戸惑う。章大は『キスしていーい?』って感じのタイプだと(勝手に)思ってたから。
間延びした喋り方だけはいつも通りだけれど。
『...あ、もしかして初めてなん?』
「.............、」
『そうなんやぁ。大丈夫やで。ちゅってするだけやから!』
...何が大丈夫なの。全然大丈夫じゃない。心臓がバクバクしすぎて壊れそう。章大の顔なんか見ていられない。
いきなり両手で頬を包まれてドキリとした。思わず章大を見ると、いつもみたいにニッコリと笑って私を見つめる。
『こっち向いとかな』
顔から手が離れて私の肩に章大の手が置かれた。恥ずかしくて少し俯くと、あかんよ、とまた頬を包んで上を向かされる。
再び目が合ったら、今まで見たこともないような、優しくて男っぽくて色気のある顔をしていたからまた目を逸らしてしまった。
『もー...、言うこと聞けへんなぁ...』
今度は顎に添えられた手で顔を上げられた。笑顔を浮かべた章大の顔がさっきよりも近い。思わず目をぎゅっと閉じたらあっという間に唇が触れていた。
唇がゆっくりと離れて目を開けると、私を覗き込むように見た章大がんふふ、と笑った。章大が私から離れて『帰ろー』と言って背を向け、バッグを拾い歩き出した。
章大の少し後ろを歩きながらその背中を見つめる。心の中で好きと呟きながらいつも見つめていたその背中が、自分のものになったなんてまだ信じられない。キスしたなんて、信じられない。
キスの余韻で今もまだ早いビートを刻み続ける心臓。静かに深呼吸しながら視線を彷徨わせていると、章大が振り返って私に笑顔を向けた。
『#name1#はさぁ、なんで俺と付き合うてくれるん?』
いきなりの質問にゴクリと喉を鳴らして目を逸らした。そうだった。私、まだ「うん」しか言ってない。
好きだから。って言っちゃえばいいのに。早く。言っちゃえ。
視界に急に現れた章大が首を傾けて覗き込むように私を見た。
『あは、困ってる!...別にええよ!俺の彼女になったことに変わりないんやし』
にっこりと笑顔を残して前を向いた章大の背中を見つめ俯いた。
言っちゃえばよかったのに。せっかく言いやすい空気を作ってくれたんだから、今言うべきだった。後からなんて、ますます言いづらいのに。
『なぁなぁ、もっかいキスしたい』
「...え、」
前を向いたまま突然そんなことを言われたから動揺する。振り返った章大が立ち止まったから私も立ち止まるけれど、目の前は交通量もそれなりにある交差点なのに。
『...あかんの?』
「...見られるよ、」
『見られてもええやん』
「.....絶対やだ」
『えー』
不満そうな声のわりに笑ったまま再び前を向いて歩き出した章大の後を追う。
今は“キス”というワードがこの上なく恥ずかしい。なのに急にあんなことを言うなんて。
交差点の信号待ちで再び足を止めた章大の一歩後ろで足を止める。何となく隣に並ぶのが恥ずかしい。
斜め後ろから章大の横顔を盗み見ていると、急にくるりとこちらを見たから心臓が跳ねた。すぐに唇に一度キスを落として章大が前を向く。
すぐに信号が青になって、口元を掌で覆い笑いながら歩く章大に余裕を感じて少し悔しい。
...見られるかもしれないのに人前でなんて。二人きりでも恥ずかしいのに。
必死で落ち着こうと俯いた私を、章大がちらりと見た気がした。
『...怒った?』
「......怒った」
恥ずかしくて顔は見ていないからわからないけれど、章大が笑った気がする。
...ほら、また余裕ぶってる。
俯いていた視界に章大の手が差し出された。顔を上げると少し眉を下げて笑いながら振り返って私を見ている。
またドキドキと大きく鼓動が響くように聞こえる。
ゆっくりと手を差し出してその手に触れると、章大の手が緩く私の手を握った。
手を繋ぐって、こんな感じなんだ。
ドキドキするけど、思ってたよりすごい幸せ。少し前までは章大と手が触れただけでドキドキしてたのに、今こうして手を繋いでいるなんて、何だか他人事みたいに思えてくる。
『そんなに嫌やった?』
首を小さく横に振った。
キスしたことに怒ってるわけじゃない。ただ、恋愛経験の差を感じさせられる章大の余裕にちょっと苛立ってしまっただけ。
『ほんなら、なに?』
「......なーんか、余裕ぶってるから」
『......余裕ぶってる、かなぁ...』
首を傾げた章大が繋がれた手に力を込めて手を引いた。いつもみたいな優しい笑顔が向けられてから、章大が俯いた。
『余裕なんかあれへんよ。...どうしたら機嫌直してくれるかなーって、今めっちゃ考えてたし』
俯いたまま苦笑いする章大を盗み見ていたら、いきなり手を強めに引かれて建物の陰へと連れ込まれた。
『いつも#name1#見ながら、どうやったら#name1#とキス出来るかなーって、頭ん中いっぱいやったし』
向かい合ったまま言われて顔に熱が集中するのを感じたから慌てて俯く。すると章大が深呼吸みたいに大きく息を吐き出したからちらっと視線を上げると、同時に優しく抱き締められた。
『あー、わかった』
「.......なに、」
『余裕とかやなくてさ、ちょっと調子乗ったんかも。キスしたから』
笑いながらぎゅっと力を込められて胸がきゅっと締め付けられる。こんなに想っていてくれたなんて、知らなかった。ずっと見ていたのにわからないこともあるもんだ。
今しかない気がする。今言わなきゃいけない。
顔を上げて章大を見た。いつもみたいに優しくて可愛い笑顔が私を見つめる。焦らせるようにバクバク動く心臓に負けないように息を吐き出し、口を開いた。
『...キスしたいん?』
「...え、」
『...じっと見てるから、』
「...や、」
『ここなら、見られへんよ』
撫でるように頭に添えられた手に引き寄せられてキスをした。唇がくっついたまま章大が笑って目を閉じたから、私も静かに目を閉じる。
伝えたい言葉はまた飲み込んでしまった。けれどもっともっと強く抱き締めて欲しいから、より大きな幸せを求めて、今度は私から愛の告白。
End.
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