続続続・隣の渋谷さん。
L字のソファーの角でギターを抱えて胡座で座るすばるにちらりと目をやる。
抱えてる、というよりも、むしろ抱っこという表現の方が合っている気がする。
そんなすばるを横目で盗み見ているけれど、さっきから瞬きが極端に少ない。上の空もいいとこ。軽く1時間はこの体勢を保ったままだ。
マンションの下から部屋を見上げたら、珍しく私より先にすばるの部屋の電気が点いていた。だから片付け途中で荒れたもうすぐさよならする自分の部屋もそのままにシャワーに直行して、髪も乾かさず急いですばるの部屋へ向かった。
一応ピンポンして合鍵、...じゃなくて、“俺んちの鍵”でドアを開けてみた。するとすばるはソファーの上でもうすでにその体勢になっていた。
このところまた忙しくしていたし、一緒に居る時間も少なかったから来たのに。
「ただいま」
『...おかえり、』
「お邪魔してます」
『...見たらわかる、』
「見てないじゃん...」
『...うん?...あぁ、...おん、』
「..........。」
『..........。』
それからずっとこのまま。
ギター持ってるからきっと、曲とか作るのかなーとか思って話し掛けるのをやめた。曲作ってるとこなんてみたことないけど、何か始めようとしてるからギター持ってるんだろうなぁ、と思ってとりあえず黙っていた。
けれど、一向にギター弾かないし、紙やペンも持ってない。
正直寂しい。1時間我慢したけど、そろそろ本格的に寂しい。忘れてるのかな...誕生日。
ソファーの下からすばるの隣に移ったけれどぼんやり前を向いたままだ。ゆっくりと顔を覗き込むと、はっとしたすばるが目を逸らしてもう一度ちらりと私を見た。
『......なに、?』
「...抱く相手、間違ってません?」
『......んぁ、ああ、...』
「..............。」
微妙な返事をした後にバッと顔をこっちに向けたから驚いた。おっきな目をいつもよりもっとおっきくして私を見たまま、反対側にギターを乱暴に倒して体を私に向けた。
『...抱いて欲しいんか、』
「......や、」
違う、とは言い切れないけど、ちょっと違う。抱っこの方。とりあえず、構って欲しかっただけ。別に、...セックスでもいいんだけど。
『今言うたやん、抱いて言うたやん、』
「...言ってない、!間違ってない?って言っただけ!」
『...なーんや、』
恨めしげに横目で私を見てからソファーに前向きに座り直したすばるは、俯いて自分の爪を弄っている。
普段私から誘うことなんてないから、喜んでくれたのかな...。こんなに喜んでくれるんだったら、恥ずかしいけど、誘うのも悪くないかもしれない。
「...私がいること忘れてるのかなー、って...」
『...せやから、構って欲しかったん、?』
「...うん」
伺うようにちらりと私を見たすばるの口元が、何だかちょっと緩んでる。
すばるの体がまたこっちを向いて私に向かって腕を伸ばす。背中に辿り着いた手に引き寄せられてすばるの胸に体重を預けると、すばるの鼻が私の髪に埋まる。
『髪、濡れてるやん』
「お風呂入ってきたもん」
『...ええ匂い』
久々の体温に体を包まれて目を閉じた。これから毎日こうやって一緒に居られるようになると思うと、幸せでしょうがない。
『...もう、...ちょっと、...アレやねんけど、』
「え?」
擦り寄って来たすばるが私をちらりと見て反応したそこを押し付けるから思わず目を逸らす。
『...今日は、...ええの?』
「.........うん、 」
『.........!...ふ、風呂!』
「...別に、...」
いいのに。...って言おうと思ったのに、慌ててお風呂に向かったすばるには届かなかったみたいだ。
けどきっとすごいスピードで出て来るはず。普段からシャワーは早いから、今日はもっと早く出て来てくれるに違いない。
ソファーに脱ぎ捨てられたパーカーを畳もうと手に取ると、少し煙草が混ざったすばるの匂いが妙に安心して顔を埋めた。
『えぇぇ...』
すばるの声でパチリと目を開けた。一瞬ウトウトしてた。けれど、ソファーの上で立てた膝と一緒にすばるのパーカーを抱き締めている自分の図を想像したら恥ずかしい。すばるがいない間に何してるんだって、ね。
『...え、寝てるん、?嘘やん...』
顔を上げずにいる私の後ろで小さく呟かれる独り言が妙に可愛い。
『えぇぇ...嘘、...俺のこの気持ちどうしてくれるん、...』
ソファーの私の前にすばるが移動してきたから目を閉じた。こんな愛しい独り言、なかなか聞けない。
『...マジか...、...え、まだおめでとうも言うてへんやん、』
...覚えてたんだ。なーんだ、よかった。忘れてるから私を放置してぼーっとしてたのかと思った。
『...起きてるやろ?...起きてるやんな?...なぁ、』
思わず頬を緩ませた。私の肩を軽く揺すりながら顔を覗き込んだすばると目が合って、すばるが『もー...なんやねん、』と漏らした。
持っていたパーカーを奪われ投げ捨てると、正面から少し強引に抱き締められてソファーに押し付けられた。すぐに唇が触れ舌が割り込んで、性急に激しく深く舌が絡む。すばるの興奮が伝わってくるような荒っぽいキスが鼓動を早める。
『...おめでとう』
唇が離れて目が合うとすぐにすばるが囁いた。言葉を発する前に再びキスで塞がれたから、ありがとうの意味を込めて背中に腕を回す。
...なんとなく焦っているようにも感じる性急さも、激しく求められているみたいで嬉しい。
『なぁ、』
少し上がる息を今からの行為に備えて深呼吸して整えていたら、すばるが私の太腿をぺちんと遠慮がちに叩いた。
繋がる直前の、こんな状態で話し掛けられたのは初めてかもしれない。顔の横に手をついて私を見下ろしているすばるが目を逸らしてその目が泳ぐ。
なんだか少し違和感。...いつものセックスの時のすばるとは、少し違う。今の挙動不審さは、どちらかというと普段のすばるに近いのかもしれない。
『...引越すついでやしさ、...丁度誕生日やし、...ついでやから、...結婚、しよか、』
今の滅茶苦茶な言葉を理解しようと頭をフル回転。...けど、そんなよくわからない理由でも、結婚しよう、だけは理解した。
泳いでいたすばるの目は今まっすぐに私を見下ろしていて、私の言葉を待っているみたいだ。
『...“うん”言わんと、挿れたらへんで』
「.............、」
『...はよ』
「.............、」
『...はよして、』
「...うん、」
『.........おう、』
安堵なのか何なのか、微妙な顔をしたすばるがぎこちないキスを落とす。それに妙に今のプロポーズを実感させられて涙が滲んだ。
上の空の正体は、これだったのか。
『...泣くなアホ、...一個歳とったんやろ、』
再び落とされたキスは、慰めるような優しいキスだった。唇を合わせて食んで、労わるように愛おしむように何度もキスを落とされて、絡んだ視線が愛してると言っているみたいで、夢のようなこの瞬間を忘れないようにただすばるだけを見つめた。
End.
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