euphoria


続続・隣の渋谷さん。


夜な夜な聞こえる喘ぎ声。
暫くは聞いていなかったけど、だからと言って許せるわけではないんです。

ピーンポーン。
喘ぎ声に混じって何だか間抜けな音が響く。同時に喘ぎ声が止んだ。

ガチャリとドアが開いて、まず見えたのはチェーンだ。僅か2センチ程開いた扉の隙間から覗く大きな一つの目が私を捉えてドアが閉まった。
ガチャガチャ、焦ったようにチェーンが外される音がして勢い良く扉が開く。

『......ただいま、』
「......お帰り」

いきなり手を引かれ玄関へ入れられると、驚いている間に鍵が掛けられたから、ドアからすばるに視線を移す。

ツアーで家を空けていたし、年末年始はほとんど顔を合わせていなかったから、こうして顔を見るのは久し振りで。髪はハーフアップなんかにしちゃってやたら女子なのに伸びた髭。ちょっと会わないでいるうちにある意味ギャップ男子と化したすばるが、両手を広げて私を待っている。

「...AV、見てた?」
『...........見てた、?』
「私が聞いてるの」
『...こんな時間に帰って来て...鍵持ってへんし、#name1#んとこ行けへんやん、』
「...何の関係があんの」
『...刺激を求めてしまいました。』
「......帰る!」
『...えぇぇ...、ちょ、待って。せっかく来たんやし、』
「鍵掛けてないから!」

自分で鍵を開けてドアから出ると、飛び出して来たすばるが何故か先に私の部屋へと飛び込んだ。

「約束守らない人許さない!」
『守ってるやん、抜いてへんやん、ただAV見ただけやん、...』
「抜くなとか言ってない!あまりにも大音量で見るからAV禁止にしたんでしょ!」
『大音量ちゃうかったら見てええやろ?』
「十分大音量!しかも帰ってすぐ!」
『...せやから、...まさか起きてる思えへんから、』
「...帰るの、待ってたの!」

すばるが目を丸くして私を見た。
そんなに驚かれるとちょっと恥ずかしい。
...だって、今日は帰って来ると知っていたし、いつも帰って来たら音で分かるから。なのにすぐAVつけるってどういうこと?久し振りに帰って来て私よりそっち?って思うじゃない。

すばるがさっきみたいにまた手を広げた。今度は素直にすばるの前に出ると、ゆっくりと抱き締められる。首筋に顔を埋めたすばるが、深呼吸するみたいに大きく息を吸い込んだ。

『...始めっから、来たらよかったんやな、』
「...そうだよ、バカ」

一瞬ぎゅっと力を込めて締め付けたすばるが、体を離して上目遣いでちらっと私を見る。

『ん、』
「...なに、」

いきなり私に向かって突き出されたすばるの拳の下に手を出した。すると、すばるの手からポトリと落ちて来たそれは、鍵。私の部屋の鍵と似ているけれど違うらしい。

「...合鍵?」
『......俺んちの鍵』
「合鍵じゃん」
『それは...ちゃうやん、』
「なに」
『....そろそろ、一緒に住みませんか、』

思いも寄らない言葉に、ただすばるを見つめた。
隣の部屋にいて十分居心地が良くて、合鍵に憧れがなかったわけではないけれど、いつも隣にいるからすばるのプライベートな時間も作ってあげなければいけない気がして、今まで口にすることはなかった。
それを今、飛び越えた上で、...同棲...!

『...赤くなるん遅いんちゃう』
「...うるさい、」
『エッチなこと考えたやろ』
「考えてない、」
『俺むっちゃ考えてる』
「...変態」

口元に手を当てて照れくさそうに笑ったその顔に、胸をぎゅっと掴まれた。

『...どうすんの』
「明日仕事だから寝る」
『...は?え、』
「おやすみ!」
『ちょ、待って、返事...』
「最後の一人暮らし満喫する!」

すばるの大きな目が丸くなって私を見つめる。その目が細められてすばるがふにゃりと笑った。

「おやすみ」
『無理』

手を振ったのに、玄関の鍵を閉められてすばるがにじり寄るから、思わず後ずさると壁に背中がくっついた。

「ちょ、...渋」
『...“渋谷さん”?』

更に思わず焦って口に出掛かった“渋谷さん”を、すばるは聞き逃さなかった。
顔の横に手をついたすばるが顔を寄せて眉間に皺を寄せる。
さっきまでのすばるはどこへ行ったんだろう。スイッチが入ると急に人が変わるからドキドキしてしまう。

『“渋谷さん”はやめる約束やんなぁ?』
「...まだ呼んでない、」
『約束守らん奴は許さへんで』
「...自分だってさっき、!」

噛み付くようなキスで黙らされて、すぐに体を手が這う。押さえ付けられた頭を撫でながら髪をくしゃりと掴まれ、離れた唇を見ていたらすばるが濡れた自分の唇を舐める。

『...待ってたんやろ』

その仕草にぞくりと鳥肌が立つと、すばるが口の端を上げ、また強引に唇を塞がれて手の中にあった鍵が音を立てて足元へ落ちた。

End.

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