Orange
『おはようございまーす!』
「あ...おはようございます...」
やばい。今この部屋に二人きり。
多分こんなに意識しているのは私だけのはずだけれど、それでもドキドキしてしまう。一度気にし出したら丸山くんが気になって気になって仕方ない。緊張で胸が苦しい。
ソファーに荷物を置いた丸山くんがちらりと私を見たから、心臓がドクリと跳ねた。
『#name2#さん、最近雰囲気変わりましたね』
「...そうかな...?...髪、切ったからかな、」
『それもあるかもしれんけど、なーんか、...綺麗になったー言うか』
...こんな事をさらりとどうして言えてしまうんだろう。だから好きになっちゃうんじゃない。みんなに同じようにしているのは知っていても、特別なきがしちゃうじゃない。
「...それはないよ、」
『そうかなぁ?綺麗になったで!』
「またまた...」
『ほんまに!』
にっこりと笑みを作って躱したつもりでいるけれど、実際は上手く笑えている気がしない。逃げるように視線を外すけれど、追いかけるように丸山くんが私を覗き込む。
『...恋でもしてはるんすか?』
思わず目を丸くして丸山くんに視線を向けてしまった。すぐに逸らしたけれど、動揺丸出しの自分の反応を後悔してみてももう遅い。
「......してません」
『...してるんやね。わかりやす...』
首を小さく横に振ったけれど、それも虚しく顔に熱が集まる。赤くなった私を丸山くんがにっこりと笑顔で見ていた。
『ええことやん。恋するのは悪いことちゃうもん』
そうだね、と言って苦笑いすると、丸山くんは笑みを作ったまま私を見ていた。
「...してないけどね」
念を押せば、はいはい、と適当な返事をして丸山くんが伸びをしながら向きを変えボソッと言った。
『ええなぁ...』
「...恋は、していいと思う。気持ちを我慢するなんて、出来ないし...」
思わず出てしまった言葉に後悔した。偉そうなことを言った。私の立場からして無責任過ぎる発言。
...だって、呟いた横顔があまりに切なげだったから。悲しい顔をしているように見えたから。
『...ほんまそうやな。うん、悪いことちゃうもんな』
「...それ、丸山くんが私に言ったんでしょ?」
すると、ハッとしたように私の顔を見て、そうやった、と笑った。
...この笑顔がどうしようもなく好き。好きで苦しい。あんな顔は見たくない。
想いを告げることが出来たら楽になるだろうか。けれどそれは出来ないし、する勇気もない。
気持ちは我慢出来ないなんて言っても、伝えてはいけないことはわかっている。恋をするのと想いを伝えるのはまた別。
それに、きっと丸山くんは恋をしている。さっきの様子を見たらわかる。あの切なげな顔は、きっと。
入ってきたメンバーと挨拶を交わして、ふざけて笑っている丸山くんを見ていたら、胸がちくちくと痛んだ。さっきの表情があまりにも気になって、何度も目を向けてしまう。苦しくなるとわかっているのに。
ふと丸山くんと目が合って、私に微笑んだりするからぎこちなく微笑み返す。
あー、やばい。胸が痛い。
部屋から逃げ出して深呼吸。胸の痛みは日に日に増すばかり。
今日はレコーディングだし、移動までまだ少し時間がある。
少し外に出て気持ちを落ち着かせる。
自販機に並んで壁際に置かれたベンチに座って溜息をつく。
誰にも打ち明けることの出来ないこの想いを、自分の中でどう処理するべきなのか迷う。諦められるなら、もうとっくに終わっているはず。毎日顔を合わせているのだから、無理に決まってる。
すると、すぐ横のドアが開いて顔を出したのは、丸山くんだった。
一瞬にして心臓がうるさく動き出した。
『...あ、居った。...隣、いいですか?』
「いいよ。どうしたの?探してた?」
何でもないみたいに笑って話し掛けるけれど、内心かなり焦っている。
『あ、ちょっと話したくて。今ちょうど空いてるから探してた』
「うん...何...?」
『...さっきの、ことなんやけど、』
「...え、?」
『...朝してた話、』
それはどう考えたって“恋”の話であって、思わずゴクリと唾を飲んだ。...無理。私の話にしろ丸山くんの話にしろ、どっちにしたってキツイ話題。
何を言われるのだろうとビクビクしながら丸山くんの言葉を待った。
『もしも、なんやけど、...』
言い掛けて止まっている丸山くんをチラリと見ると、開きかけた口をそのままにして目を泳がせていた。
『...俺が好きな人に気持ち伝えたりしたら、困ります?』
“ 気持ちを我慢することなんて出来ない ”
それは、私がさっき言った事だ。
確かにそう思う。私だって実際そうなのだから。
けれど、今心にあるのは、マネージャーとしてではなく、私自身がそれを受け入れられないんじゃないかということ。
「...やっぱり、好きな人居たんだ」
『...鋭いっすね。...や、わかるか』
照れくさそうに顔をほんのりと赤らめながら苦笑いする丸山くんの横顔から目を逸らす。
『...でも、こんなん質問されても、なんて言うていいかわからんよなぁ、...すんません』
「...うん...大丈夫、」
何が大丈夫なんだろう。もう何を言っているのか自分でもよくわからなくなっていた。丸山くんは、しばらく俯いて考え込むように難しい顔をしていた。私も、それを横目を見ながら、掛ける言葉を探していた。。
『じゃあ、マネージャーやなくて...#name2#さんは?』
「え?」
『...俺が、#name2#さんに、好き...とか言うたら、困ります...?』
からかっているわけじゃないのは、その目を見ればすぐにわかった。伺うように、私の心を読もうとする目。その目から視線を逸らすことが出来ずに、ただ呆然と頭の中でその言葉が繰り返されていた。
すると、突然手首を握られビクリと体が揺れる。
『...すきで、』
「......待って、」
『ずっと、好きで』
「...ん、」
『...うん、って、何?』
「.......、」
思わず伝えてしまいそうになった想いを飲み込むと、苦しくて息が詰まって目の奥が熱くなる。
『...期待するやん...そんな顔されたら、』
私はどんな顔をしてるんだろう。わからないけれど、目に溜まってきた涙を隠すように俯いた。
「...だめだよ、」
『何が』
「だって、私、」
『俺じゃあかん?』
「...そうじゃなくて、仕事が、」
『そんなん関係あれへん』
頭に添えられた手で引き寄せられて、唇が重なった。
触れた唇は優しくて、その熱はあまりにも私には勿体なさすぎた。
気付けば、チクチクとした胸の痛みは甘い疼きに変わり、私を見つめた優しい笑顔を手放したくないと思ってしまった。
End.
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