01
隣に座る章大がテーブルに置いたグラスの氷がカランと音を立てた。控えめに室内に流れる音楽に何となく救われている気がする。
いつもより口数が少ない章大を盗み見ると、ソファーに凭れて目を閉じていた。彼と別れたことを話そうと思って来たのに、そんな雰囲気ではない気がする。
ここに来た時は機嫌が悪いわけではなさそうだったのに、どうしたんだろう。
なんだか手持ち無沙汰で、グラスを握ってちびちびと口にアルコールを流し込む。
『上手くいってる?』
突然の問い掛けにはっとして顔を上げ章大に目を向ければ、テーブルの上のグラスについた水滴を指でなぞっている。
「…?」
『彼氏』
「…あぁ、」
それを話すつもりで来たのに、やっぱり言いづらい。
章大は最初から彼のことを反対していたし、それに、気付いてしまった。
章大のことが気になっている。反対されてまで他の人と付き合っておいて、今更自覚するなんて。
『いつ別れる?』
その言葉に思わず目を向ければ、章大が俯いてふざけたように笑っていた。
「...え?」
ちらりと私に向けられた視線がグラスに移ってそれを手に取り、中のアルコールを豪快に流し込んだ章大がドンと音を立てテーブルにグラスを置いた。
『意外とな、キスしてみたらどうでもよくなったりすんねんで』
私の方を向いて座り直した章大が、笑みを浮かべて言った。
真っ直ぐな瞳に見つめられて動けない。言葉の意味を理解する余裕も与えられずに、二人の間に手を付いて章大が距離を縮めた。
持ち上げられた口の端に目がいって息が詰まる。
『1回だけ、…でええよ』
低く囁くとともに今にも唇が触れそうな程に顔が寄せられ、心臓の音が聞こえてしまいそう。
「…ちょっ、」
思わず顔を離そうとすると、後頭部を章大の手が支えた。ひゅ、と息を呑むと章大の視線が私の唇に移ってから、もう一度私の目に戻って見つめる。
『...大丈夫。悪いようにはせぇへんよ』
最後の言葉を吐き出すと同時に唇が触れて抱き寄せられた。掻き抱くように力が込められた背中の左手と、私を高めるようにくしゃりと髪を掴む右手。
...1回だけって言ったくせに。角度を変えて何度も合わせられる唇に堕とされて、自分から章大の背中に腕を回した。
End.
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