euphoria


21


『...もしもしぃ?』

ベッドに置かれた章ちゃんの携帯が振動したと思ったら、隣に寝ていた章ちゃんが小声で電話に出た。私を起こさないように気を遣ってくれたんだろうけれど、まだ起きていた。だって、章ちゃんが隣にいるんだもん。寝られるはずない。ソフレという関係になって、まだ慣れる程添い寝の回数を重ねていないから。

『今おっきい声出されへん、隣で寝てんねんて』

電話の相手は誰なんだろう。...女の子、だったら嫌だな。けど、私と居るのに電話に出たんだから、私が寝ていることを相手に伝えたんだから、女の子ではない気がする。まぁ、隣で寝ているのが女だとも相手には言っていないけれど。

『...もぉ...放っといてぇや...』

耳を澄ましてみるけれど、相手の声は聞こえない。もし女の子だったら、どんな顔をしていいかわかんない。だから少しだけ章ちゃんから顔を逸らして、寝たふり。

すると、ベッドサイドの薄暗いオレンジ色のライトが遮られ、瞼の裏が真っ暗になったからドキリとする。相槌を打つ章ちゃんの声がさっきよりも近い。だいぶ近い。...多分、私の顔を覗き込んでいる。

『え?...何がぁ?...うん、......めっちゃ可愛い...』

ふふ、と笑った章ちゃんの息が微かに頬に掛かって心臓がバクバクする。と同時に、電話の向こうの相手が豪快に笑う声が聞こえた。...聞き覚えがある声。多分、大倉くん。

“もうええやん、キスくらいしてまえよ”
『うん?...え!そういう事言わんといて...!』

距離が近付いたことで聞こえてきた会話に胸が高鳴る。
...どういうこと?本気?なに、...章ちゃん、私のこと、好きなの...?

“折角隣に寝てんねんで?したないのぉ?”
『...したいに決まってるやろ!めっちゃしたいし!当たり前やん!』

...もうどうしたらいいかわからない。今、寝たふりをやめて目を開けたら、この関係は進展するんだろうか。けど、心の準備のためにもう少し目は閉じておく。

“一回くらい大丈夫やってぇ”
『........一回なら、ええかな...?』

部屋の中に時が止まったような静寂が訪れた。私の心臓の音だけが聞こえてしまいそう。

『.................、』
 “ ...............、”
『.....あかんあかん!やっぱあかんやろ!もーぉ!惑わせんといて!』

ベッドが少し軋んで、章ちゃんの声が少し遠くなった。顔がカッと熱くなって、背中にまで変な汗が滲んできた。
嬉しいような、残念なような、複雑な気持ち。してくれて、よかったのに。...キスくらい。

『うるさいー!もうええから!起きてまうて!切るで!』

電話を切ったらしい章ちゃんが小さく溜息をついた。そして私の横に手をついたからまたドキリとしてしまう。さっきみたいにライトが遮られたままの状態が続いているから気が抜けない。
すると、章ちゃんの指が私の前髪を払うように軽く梳いたから、ぴくりと反応して思わずパチリと目を開けた。

章ちゃんの丸くなった目と目が合って時間が止まった。たった今髪に触れたであろう章ちゃんの手は私の顔付近に留まっていて、章ちゃんのまん丸の目は私の二つの目を行ったり来たりしている。

『...え、』
「..............、」
『...お、起きて、た...?』

小さな声を漏らした章ちゃんが口元を掌で覆った。それを見て小さく頷くと、今度は顔を両手で覆って項垂れるように俯いた。

『...うそやぁー...』

隠された口から漏れた篭った声にますます胸が高鳴る。その手が顔から離れて章ちゃんの顔が見えると、ちらりと私を見てから髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。そして短く息を吐き出して私に視線を合わせる。

『...あんな、俺...』

少し眉間に寄った皺も真っ直ぐな目も、ゴクリとなった喉も、彼の想いを知るには充分だった。



End.

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