60
片手で数える程しかないふたりだけの貴重な時間は、ここでと決めていた。だから『どこ行く?』と聞いた亮に、海、と即答した。
はぁ?と顔を顰めた亮を急かしてここまで来た。
涼しい、というより、少し寒いくらい。夏の終わり、夕暮れの潮風に肌が粟立つ。
けど、まだ帰りたくない。帰ったら、夏が終わってしまう。
『なぁなぁー』
隣で胡座をかき、俯いて砂を弄っていた亮が不満気な声で私を呼ぶ。
『なんで海?寒いやん』
「...うん」
...夏とお別れするため。
って言ったら笑われるかな。でも他に上手い言葉が見つからない。今のこのセンチメンタルな気持ちを、どんな言葉で表現していいのかわからない。
亮がオレンジの夕陽から少しずつ視線を上げ、オレンジと青のグラデーションの空を見上げた。
『...もう夏、終わりやな』
「...うん」
...ね、肌寒い海に来たらちゃんと実感出来たでしょ?最後に二人で来られてよかった。
“遊ぼうよ”...なんて、私から気軽に連絡出来る関係ではないんだから。次はいつ会えるかもわからない。だから、亮が好きな海に、夏のうちに来ておきたかった。
これで私の夏、やっとちゃんと終われそう。寂しいけど、それでもよかった。
『...やっと夏終われるわ』
亮が呟いたからドキリとした。心を読まれたかと思った。驚いて亮を見遣れば、首を傾けて笑みを浮かべ私を見ていた。その笑みが何を意味しているのかわからない。けれど、何だか心の中を覗かれてこの想いまでも見透かして笑っているような気がして、思わず視線を逸らした。
落とした視線の先の砂の上に亮が手を付き距離を詰めた。はっとして顔を上げれば、思いの外近い距離まで顔を寄せられて亮が囁く。
『夏の思い出、ちょうだい』
聞き返す間も、返事をする間もなく、唇が重なった。波の音すらも聞こえない。聞こえるのは、体中に響く自分の鼓動だけ。顔に集まってくる熱が、夕陽のオレンジで誤魔化せたらいいのに。
離れた亮の目を見ることは出来なかった。どんな顔をしていいかわからなくて戸惑う。
少し視線をずらした先の唇は弧を描いていた。ちらりと亮の目に視線を向ければ、照れ臭そうに私を見つめて笑みを浮かべる。また近付いた唇が“もう1回”と囁いて、今度は頭を引き寄せられ甘く唇が触れた。
End.
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