59
花火大会が終わると同時に一斉に動き出した人々も、ここまで来るとポツリポツリとしか見当たらない。この時間になると少し肌寒いくらいだから、浴衣の人もほとんど見掛けない。
浴衣に下駄を履いた自分の足から顔を上げて隆平に目を遣る。見慣れない浴衣姿の隆平の背中は、いつもより広く見えて胸が甘く痛んだ。
忘れたくないから、後ろを歩いてその背中を瞼に焼き付ける。
『めっちゃ綺麗やったな、花火』
少し後ろを歩いていた私を振り返った隆平が、子供みたいに興奮したように言った。けれど目が合うと、あっという間に私を見る目が優しくなる。目を細め、柔らかい笑みを浮かべて私を見る隆平に鼓動が早くなる。胸が締め付けられる。この時間が、終わらなければいいのに。
『誘ってくれてありがとぉ』
友達にドタキャンされた...と隆平を誘ったのは、自分自身を守るための嘘。最初から誰とも約束なんかしていない。隆平を誘うつもりでいたから。だから断られても傷付かないように、嘘をついた。
でも、後悔していない。だってこうでもしないと誘えなかったのだから。
いつか、本当のことを笑って隆平に打ち明けられる日が来たらいいのに。一緒にこの日のことを、笑えたらいいのに。
『俺も行く人居らんかったしさ』
「...私こそ、ありがと」
隣に並んで言った私の言葉に、隆平の笑い皺が深くなる。今限定、私だけの笑顔。ずっと見ていたいのに、ずっと私だけのものだったらいいのに。
けれど、もう少しで二人の時間が終わってしまう。向こうの角を曲がれば、家はもうすぐそこ。
『...夏も終わりやね』
静かな星空を見上げた横顔も、忘れたくなくて瞼に焼付ける様に見つめた。
すると急に隆平の目が私の方を向くからドキリとした。笑顔の隆平が人差し指で差す先の星空を見上げれば、目の前に現れた隆平の唇が重なる。
次の瞬間、頭の後ろに手を添えられ、更に唇が押し付けられて離れて行った。
バクバク脈打つ心臓。火照る頬。震えた唇を掌で覆い俯いた。
『あは、騙されたー』
笑って言った隆平にちらりと目をやると、きっと私よりも赤い顔を逸らした。私が見つめた方の頬に手の甲を充てて俯いた隆平が歩き出した。
数歩歩いて振り返った隆平は、照れ臭そうに自分の唇を食みながら、足を止めたままの私の前まで戻って来て私の手を取る。その手を引かれて歩き出すと、小さく呟くように言った。
『もうちょっと一緒に居りたいな、...なーんて、』
あかん?と振り返った隆平から目を逸らして頷くと、ふにゃりとした笑顔を見せて抱き寄せられた。
End.
- 59 -
*前次#
ページ: