ジップアップ!!
暖かくなってきたと思って油断してた。ちょっとだけ重ね着して、上着は家に置いてきた。
ずっと室内に籠っていたから、外に出て昼と夜の温度差に驚いた。こんな時期に震えるほど体が冷えるとは思ってもみなかった。
メンバー達がスタッフみんなを飲みに誘ってくれた。割と人数が増えたから、15分ほど掛かる店までゾロゾロとみんなで歩いて行く。
最初は良かった。ただ、2〜3分もしたら、体が震えた。
帰ろうかとも思ったけれど、どうしても行きたかった。
いつも大勢のスタッフに紛れているから話なんて絶対に出来ないけれど、少しでも話すことが出来れば、彼に顔くらい憶えてもらえるかもしれない。話せるかどうかもわからないのだけれど。
店に着いてほっとした。
暖かくはないけれど、風が無くなった分、幾分かはマシだ。同年代のスタッフと共に座敷の座布団に座って、村上さんの軽い挨拶の後に乾杯をした。
正直、ビールどころではない。
手は冷たいままだし、体が震えて止まらない。完全に冷え切ってしまった。
『全然飲んでないね、大丈夫?』
「あ、大丈夫です!」
先輩のスタッフさんに声を掛られ、慌ててグラスを持ってぶつけた。一口口を付けるとその冷たさに身震いする。
あっちでスタッフ達にお酌して回る丸山さんを目で追う。
このままじゃ、話せそうもないな。
当たり前だ。メンバーはみんな長いスタッフさんほど時間を掛けて話をしている。
少しでも身体を温めてから帰りたいし、料理を口に運んで、アルコールも入れた。それでもなかなか温まらない自分の体を冷たい手で摩った。
『お疲れ様でーす!ありがとうございましたー!』
すぐ後ろで声が聞こえて振り返った。私の隣にいた先輩に話し掛けながら、丸山さんが私の隣に座った。
『あ、すんませんね。ちょっと入りまーす』
一瞬目が合って言われ、呆然として、はい、としか言えなかった。お互いに詰めて座っているけれど、少し肩が触れてドキドキする。こんなに近いのは初めて。
『...あ、ごめんなさい!』
丸山さんが座り直すために付いた手が、私の手に触れた。心臓がバクバクして、返事をするのも忘れてしまった。反対隣のスタッフ達の会話は、もう耳に入らなかった。
寒さだけではなく、緊張して震えた。隣の丸山さんを盗み見ると、相槌を打ちながらちらりと私に目を向けた。丸山さんの顔はすぐにあっちに戻ってしまったけれど、目が合った瞬間に跳ねた私の心臓は煩く動いたままだった。
隣のスタッフに話し掛けられて、慌てて返事をして話していると、丸山さんが席を立った。
相槌を打ちながらも、残念だな、なんて思ってしまった。
肩に何か当たったような感覚で振り返った。私の後ろに丸山さんが居て、私の肩には何度か見たことのあるパーカーが掛けられていた。
『寒いんやないすか?さっき震えてはる気がしたんで。...手もめっちゃ冷たかったし』
「...あ、...あの、」
『もしかして、ハズレやった?』
「...いえ、あ、ありがとうございます、」
丸山さんは私に笑顔を向けると、また立ち上がって席を移動した。
バクバクする心臓を押さえる間もなく、今の光景を見ていた人達に冷やかされ赤面した。ここが暗めの照明でよかった。
変な感覚。今まで感じたことなんて一度も無かった丸山さんの香りのするパーカーを着ているから、自分の体ではないような気さえしてくる。
パーカーのお陰と言うよりも、丸山さんのお陰で体温が上がった気がする。話をしていても丸山さんを目で追ってしまう。
あれからずっとドキドキしている。だってこのパーカーを借りたということは、返す時に少なからずまた話が出来るということ。
それから一度も話せることはないまま、飲み会が終わった。外に出て、それぞれが挨拶を交して散っていく中、丸山さんを探した。
スタッフさんと話している丸山さんを見付けて話し終わるのを待っていると、丸山さんが振り返った。
『おー、大丈夫ですか?』
「これ、ありがとうございました!」
『あ、温まったみたいやね。よかった!』
丸山さんにパーカーを差し出すと、私の手から受け取ってパーカーに視線を落とした。
するとパーカーを広げてまた私の肩に掛けた。一瞬丸山さんの胸に顔が近付いてドキドキした。
『着て帰ってええよ。帰り、寒いやろ?』
「...あ、でも、丸山さん、」
『大丈夫。俺コートも持ってるし。明日返してくれればええから』
私を見てニッコリ笑った丸山さんに、手が震えるほど鼓動が速くなって焦る。多分、顔、赤い。
「...ありがとうございます、」
『いいすよ!また明日!』
「はい!お疲れ様でした!」
『明日もお願いしまーす!』
多分赤くなっているのに気付かれてしまった。私の顔をちらりと見て笑っていたから。
丸山さんの後姿を見ながら、ドキドキが止まらない胸を押さえて深呼吸した。
他のスタッフさん達に挨拶してもう一度丸山さんを振り返った。他のメンバーと歩き始めていた丸山さんの背中を見送っていると笑みが溢れた。
突然振り返った丸山さんが、手を上げてその手を振った。
私?...そんなわけないか。振り返して違ったら恥ずかしいし。
『#name2#さーん!バイバーイ!』
大きく振られた手は、私への挨拶だった。なんで名前、知ってるんだろう。けど、嬉しい。
慌てて手を振り返すと、丸山さんの隣の安田さんも一緒に手を振っていた。
二人が前を向いたから、私も背を向けた。抑えられずに溢れてしまう笑みを下を向いて隠しながら、丸山さんのパーカーを握り締め歩き出した。
End.
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