euphoria


ポップアップ!!


ちょっと、ガッカリした。
丸山さんは忙しいからしょうがない。しょうがないのだけれど。

“ 着て帰ってええよ ”
次の日、ドキドキしながら胸に抱えた、紙袋に入ったパーカー。丸山さんの休憩を見計らって駆け寄った。

「丸山さん、これ。昨日はあ」
『マルーーー!』
『あ、パーカーやね!どうも!』
「...ありがとうございました!」
『どういたしましてー』

すぐにメンバーに呼ばれて行ってしまった。少ししか話せなかった。
昨日家に帰ってから今に至るまで、何度も何度もシミュレーションしたのに。残念。

あれからもう一週間経つ。
毎日会えるわけではないから、あれから一度も話せていない。私みたいな下っ端、すぐに顔を忘れられてしまうんじゃないかと気が気ではない。

仕事をしながら丸山さんを盗み見て溜息を漏らす。
話したい。少しでいいから。

椅子から立ち上がった丸山さんと目が合った。突然でドキッとする。私が頭を下げるより先に、丸山さんが笑顔で手を振った。
嬉しい。ちゃんと覚えててくれたんだ。会話こそ出来ないものの、私を見てくれる瞬間があるということが嬉しい。

その夜、スタッフ何人かで居酒屋に居た。
私がトイレに立って出てきたところに、同い年の吉田が私の方に向かって歩いてきた。

一瞬のことだった。
だから、避けることなんて出来なかった。唇が触れ合って、突き飛ばしてやりたかったけれど、そうする間もないくらいすぐに離れた。

今の私の気持ち、...なんて言うか、絶望、みたいな?
ここ、店ん中よ?
しかもトイレの前って。
...しかも!あー私この人苦手かも、ってつい最近思っちゃってたしね。
なんでよりによって私なの。女の子なら他に5人もいるじゃない。

溜息をついて顔を上げたら、その男の肩の向こうに見えたあの人。
...なんでこんな所に居るんだろう。なんで、よりによって丸山さんなんだろう。
目を閉じてもう一度大きな溜息をついた。

この前から思っていたけれど、この人って本当に空気が読めない男だ。
二回もついた私の溜息、聞こえてないの?妙にカッコつけた笑い方をして私を見たこの男。

『この後さぁ、二人で』

今更だけど、色んなぐちゃぐちゃな感情を全部込めて、両手で胸の辺りを力一杯押して突き飛ばした。
後ろの壁に頭かどこかをぶつけたような大きな音が聞こえたけど、そんなの関係ない。アイツが悪い。
丸山さんには気付かない振りをして、俯いたまま早足で席へ戻った。

『どうしたのー?え?帰るの?』

みんなから聞こえた声に答えることもせず、ごめん、と言ってお金をテーブルに置いた。

店から出ると早足で歩いた。もしもあの男が追ってきたりしたらどうしよう、と思ったから。...まあそれはないだろうけれど。

あー、もう。何でいるの、丸山さん。そりゃ今日の現場から近いし、居てもおかしくはないけど、何でよりによってあの場面を丸山さんにみられちゃうんだろう。
あー、あのキス、ほんっと気持ち悪い。

唇を噛み締めたら、涙が滲んだ。
悲しいわけじゃなくて、怒りが込み上げて溢れてしまった。


『...#name2#さんっ!』

驚いた。聞こえた声は吉田の声じゃなくて、紛れもなく丸山さんの声だ。
なんで追い掛けて来るんだろう。
けれど、振り返ることが出来なかった。

すると突然、腕を掴まれて引かれたから反射的に振り向いたら、息を切らした丸山さんが驚いたように私を見た。
...涙目、バレちゃったかな。

「...丸山さん、どうしたんですか?」
『...どうしたって、えっと、』
「こんな所でお会いするなんてびっくりですね!」
『...気付いてたやろ?...さっき、目ぇ合うたもんな?』

あ、やっぱりバレてたか。
苦笑いした私を見た丸山さんが、人通りを気にして、私の背中に手を添えて建物の影に入った。
せっかく話せているのにこんなに沈んでいるなんて、勿体無い。今じゃなかったらよかったのに。

『...大丈夫、?』
心配そうに私を覗き込む丸山さん。
本当に優しい人だ。わざわざ私みたいな下っ端のスタッフにまで気を回してくれるなんて。
笑って頷いた。

「...大丈夫です」
『...付合うてるんちゃうよなぁ、』
「...付き合ってたら突き飛ばしませんよ。さすがに」
『そらそやな』

笑ってみせたら、丸山さんも笑ってくれた。けど、こんな会話がしたかったわけじゃない。

『...めっちゃびっくりしてん、』
「...私もです、」
『...そやな、びっくりすんのは#name2#さんやな、』
「まさか丸山さんが居るとは思わなかった、」
『え、そっち?』
「え?あ、もちろん、アレも、ですけど、」

あ、やばい。ちょっと墓穴掘ったかも。でも、丸山さんは笑ってるから大丈夫かな。

『...せやんなぁ』
「記憶消したいくらい」
『そーれは、無理やなぁ』

冗談みたいに笑って言うと、丸山さんが私を見て微笑んだ。けれどすぐに眉を下げて困ったような顔で笑った丸山さんの手が、ぽんぽんと私の頭を優しく撫でた。
...あ、やばい。嬉しい。嬉しいけど、泣いてしまいそうだ。

『...してみる?...俺と、』

俯いていた顔を上げると視線が絡んだ。けれどすぐに逸らされ、丸山さんが俯いた。

『記憶は無理やけどさ、感触なら、忘れられるんちゃう?』

下を向いていた丸山さんの目が動いて私を捉えた。
うそ。こんなの、嘘みたい。

「......はい、」

冗談だったら恥ずかしい。でも、騙されてみたくなった。信じてみたくなった。

丸山さんが私の後頭部の髪を一度撫でてから引き寄せた。
ただ唇を合わせただけのそのキスは、 さっきの不意打ちのキスの感触を忘れさせるには充分過ぎた。

唇が離れ目を開けると目が合って、丸山さんが苦笑いする。

『...ごめん、#name2#さんのためやなくて、自分のためやった、』
「...え?」
『俺が、忘れて欲しかったんや、』
「...どういう、意味ですか、」
『...好きやねん。やから、さっきのあの人とのキスは、忘れて』

丸山さんの目に私が映っていた。
私を、好きだということ?

「...私を、ですか?」
『...そうすね、』
「...なんで、」
『...何でとか聞きます?』
「...だって、」
『付き合うてくれたら、教えたるよ』

目を丸くして丸山さんを見ると、顔を逸らして、頬を染めていた。何この反応。信じられない。

「...もちろん、お願いします、」

横を向いたまま目だけをこちらに向けてチラリと私を見た丸山さんが、口元を押さえて笑った。

『...やっぱ、恥ずかしいから秘密』
「え、ズルい、」

壁に押し付けられて唇が重なった。
丸山さんから想像も出来ないような強引なキスに、胸が高鳴る。夢の中みたい。ふわふわした感覚は、夢と一緒。けれど、唇の感触も熱も、ちゃんと感じていた。

『俺でいっぱいにしたらええねん。...そしたら忘れるから、』

私を抱き締める腕と何度も重なる唇に侵食され、幸せ過ぎてもう忘れた、なんて絶対に言ってやらない。
いっぱいどころか、溢れるほどの愛が欲しい。


End.

- 2 -

*前次#


ページ: