精一杯の愛の詩
『私も頭撫でられたことあるけどさー』
『丸山さん、愛美ちゃんには特に構うもんねー』
『...好きだったりして!』
『えー...だったらいいなぁー』
出勤したら、今日は現場に行けと言われたからテンションが上がっていた。最近現場に行くことが少なかったせいで、隆平くんに会える時間もかなり削られていたから。
...それなのに、現場に着くなりこの会話。あの人達はヘアメイクさん。スタイリストのアシスタントの私なんかよりも、はるかに隆平くんに触れる機会は多いはず。
...ていうか、どんだけ頭撫でてんの。
でもきっと、隆平くんは無意識だ。
私が悪い。重たい女に見られたくないから、「触らないで」なんて冗談みたいにしか言えない。
当たり前かもしれないけど、仕事場で頭を撫でられたことなんて、私は一度もない。
『丸山さんおはよーございまーす』
『おはようございまーす!』
あっちで愛美さんと話している隆平くんを横目で見て、会話を聞くのはやめた。気にし出したらキリがない。
けれど目を逸らす直前、目に飛び込んできたのは、愛美さんの頭に手を置いた隆平くんの姿だった。
そのまま逸らしたのに、一瞬見たその光景が焼き付いて離れない。隆平くんに背を向けて、運ぶ予定の段ボールを目の前にして立ち尽くしていると、横から突然顔が覗いて驚いた。
『大丈夫?』
「...あ、大丈夫です」
『なんかあった?...ていうか、コレ?』
笑顔のまま隆平くんが愛美さんにしたように、私の頭を撫でた安田さんに思わず苦笑いした。見られていたなんて、なんとなく恥ずかしい。
『気にすることないんちゃう?嫌やろうけどさ』
「...ですよね、」
『やって自分、めっちゃ愛されてんで』
「...そうかな、」
『...まあ、ちょっと遠慮して欲しいとは思うよなぁ...』
さすが安田さんだ。女の子の気持ちをよくわかってくれている。
頭を撫で続けている安田さんの手が一瞬ぴたりと止まった。
『けどさ、ほら、いつか気付くんちゃう?』
「え?」
『自分の彼女がされてる思たら、やっぱ嫌やろうし?』
安田さんの目が私から動いてまた私に戻った。頭から手が離れ耳元に唇を寄せて
『もう気付いたかも』
と言った安田さんが私に手を振って背を向けた。
『...章ちゃん!』
『お疲れー』
隆平くんに手を振って横を通り過ぎた安田さんをもう一度呼んで、隆平くんが後を追い掛けていった。部屋から出る時に一度振り返った隆平くんは少し唇を尖らせていた。
2時間後に衣装合わせが始まるから別の部屋に荷物を運ぶ。
手が塞がっているから足でドアを開けてダンボールを置いたところで、バタンとドアが閉まる音がした。振り返ろうとしたら隆平くんが後ろから私に抱き着いた。
『めっちゃ久しぶりやーん』
「...うん」
『今日さ、家行っていい?』
「うん」
『........なぁ、』
「...ん?」
『...章ちゃん、...なんて?』
「...え?別に、何も」
私の体をくるりと自分の方に向け、優しく微笑んだ隆平くんが、軽くキスを落とした。
離れて行った唇が何か言いたそうに一度開いて閉じられたから首を傾げると、ちょっと拗ねたような顔をして目を逸らされた。
『...章ちゃんも男やねんからさ、...ちょっとは気にしてもらわんと、』
さっきのことを言ってるんだと思う。
...なにそれ。元は隆平くんがしたことじゃない。
「...隆平くんだってしてたじゃない」
『えぇ?俺?...してへんよ!』
「してたの!」
『...うそやん、』
「...勘違いさせるよ、」
『...されへんよ、』
「みんな、隆平くんが愛美さんのこと好きだって言ってた」
『...えぇー...愛美さんは思てへんて、』
「されるの!」
『ちょ、声でかいって、』
掌を口に当てられたから、その手を振り払ってドアを出た。泣いてしまいそうで、ダメだった。
ドアが閉まる直前に私を呼ぶ声が聞こえたけれど、部屋から出てしまえば追ってくることはないはずだ。
突然腕を掴まれたから驚いて振り返ると、隆平くん、ではなくて安田さんが立っていた。
『あんなとこで、聞こえるで?』
「...そうですよね、」
『...俺がちょっとビビらせ過ぎたんかも』
そう言って笑った安田さんを見ていたら、後ろから早足で近付く足音が聞こえた。
『あ、丸山さん!ちょっといいですか?』
『え、あ、......はい、』
私達から少し離れたところで隆平くんに駆け寄ったのは、愛美さんだった。
安田さんに腕を引かれて咄嗟に隠れている間に、二人の姿が見えなくなっていた。
朝の会話を聞いてしまっただけに、不安が募る。ドキドキして息がしにくい。
『行こ』
安田さんに言われて慌てて安田さんの後を着いて行くと、そこら中の部屋の中をそろりと覗いて行く。
焦って呼吸が荒くなる。心臓が煩い。
早く見つけないと。
『...好きなんです、』
祈るような気持ちでそろりと開けた屋上の扉の隙間から、隆平くんと愛美さんの姿が見えた。愛美さんの言葉を聞いて、ぎゅっと胸が締め付けられる。
私の頭の上で同じく覗いている安田さんの手が、私の頭にポンポンと置かれた。
しばらくの沈黙の後
『ごめんなさい!』
という隆平くんの声が響いた。
『俺、実は、好きな子が居って...。せやから、...ごめんなさい、』
尻すぼみになった隆平くんの声の後に、愛美さんのわかりました、と言う声が聞こえて我に返った。安田さんを引っ張って階段を降りた。
『お疲れでーす』
『お疲れです』
階段の下で話していた振りをして安田さんが声を掛けたけれど、私は声が出なくてただ深々と頭を下げた。
愛美さんを見送ると、私達のすぐ後ろにいつの間にか隆平くんが立っていた。
隆平くんの手が伸びて来て、掴んだのは私ではなく安田さんの腕だった。
振り返った安田さんが、苦笑いを浮かべてまた屋上へと移動する。
二人の後を着いて来たけれど、離れたところで立ち止まった。隆平くんが睨むようにちらっと私を見て安田さんに視線を移す。
『...章ちゃんごめん!』
『...何がぁ?』
『...あいつは譲られへん、』
『...あぁ、』
『ほんまごめん。章ちゃんも好きやけどな、そんでも』
『ちょ、ちょっと待って!...俺も、ごめん、』
『え?』
『...ごめんな。...嘘ついて』
『......え、』
『...そんな本気にすると思えへんかったから、』
苦笑いの安田さんと、顔を真っ赤にした隆平くん。安田さんが、隆平くんと同じくらい顔を真っ赤にした私を見て、噴き出すように笑いながら屋上を出て行った。
ドアが閉まって隆平くんを見ると、赤らめた顔を逸らしてから、ちらりと私を見た。
...恥ずかしい。けど、嬉しかった。
未だ照れている隆平くんを見て笑うと、ムッとした顔をしてこちらに歩いてきて、屋上の扉に押し付けられた。
『...笑ったから、お仕置き』
「...どっちかって言ったら、お仕置きされるの、隆平くんじゃない?」
『...え!』
「................、」
『...また笑ったからお仕置き』
「なんで!」
『...隆平、って呼ぶなら、...許したるよ、』
許して欲しいわけじゃない。だって私、何にも悪いことしてないし。
隆平くんの手が私の頭を掴んでキスをした。舌を絡めて、空気を取り込むために息を吸い込んで「隆平、」と呼べば、また角度を変えて深く口付けられた。
『帰ったらいっぱい気持ち良くしたるから、...許して』
End.
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