Melting Kiss
『なんぼ?』
「38.9」
『鈍感過ぎるやろ』
「...朝は平気だったの!」
『俺 “顔赤ない?”て朝言うたやんなぁ?』
「...平気だったんだもん、」
『...ほんっましょうもな』
思い出した。あの日のことを。
私たちが付き合うことになったあの日も、今と同じように二人だけの保健室で、同じような会話を交わした記憶がある。
ブツブツ言われた文句は、前ほど言われることはなくなったけれど。
『はよ帰んで』
「...はーい、」
『おかんは?』
「...いない、」
『鍵は?』
「...持ってる、」
章大もきっと思い出している。だからわざわざ『鍵は?』と聞いたに違いない。
教室に二人分のバッグを取りに行った章大を保健室で待ちながら、何だか擽ったいような変な気分になっていた。
戻って来た章大に手を引かれて歩きながら、章大が持つ私のバッグに手を伸ばすと無言で手を振り払われた。...と言うよりも、叩き落とされた。だからバッグは章大に任せて、少し寒気がする体に気合を入れて外へ出た。
ちょっと震えたのに気付いたのかはわからないけれど、握った手に力が込められて睨むような冷ややかな視線が向けられた。
『そんな恒例化いらんねん』
「えぇ?」
『風邪。毎年恒例とかなんなん』
「...しょうがないじゃん、」
『へぇー。薄着のクセに?いつも寒いいうてるクセに?』
「...それは、」
『もう一枚着て来い言うても聞かんクセに?』
「...気をつけます、」
いつもよりゆっくり歩く帰り道は、悪寒を除けば悪い気はしない。
温かい章大の手にいつもより強く握られたこの手も、章大の肩に二つ掛かるバッグも新鮮だから。
あの頃の気持ちと今の状況と、思い出して比べて一人で口元を隠し笑った。
気付かれたら
『この状況で何わろとんねん』
と言われそうな気がするから。
『送ってくから、おばちゃん帰るまでうちで寝たらええんちゃう』
「...でも、」
『#name1#ん家勝手にウロウロ出来ひんし』
「ウロウロ...?」
聞き返したのに答えは返って来ないまま章大の家に上げられた。
いつもは離れる手がしっかりと握られたまま階段を上り、章大の部屋へ入るとベッドに座らされた。
すぐに部屋から出て行った章大をぼんやり見つめて、熱のせいか少し痛む腰を摩する。
すぐに戻ってきた章大が私の額に触れ、叩くようにひんやりしたシートを貼られたから思わず笑った。
「デジャブみたい」
その言葉に呆れたように口端を少し上げた章大が、私のコートとブレザーを脱がせてベッドに押し付ける。そのまま乱暴に布団を被せられて、章大はまた部屋から出て行った。
...ちょっとだけ、ドキドキしちゃった。熱があるくせに何を期待してるんだろう。
章大が戻って来るまで、少しだけ目を閉じておく、...つもりだったのに、気付けば私の隣には既に私服に着替えた章大が寝ていて、外はだいぶ暗くなっていた。
ベッドサイドのテーブルにある体温計やタオル、汗をかいたスポーツドリンクを見ながら、私の家でウロウロ出来ないと言ったのは看病しにくいということだと気付いた。
優しくなったなぁ、なんて、口にしたら絶対に怒られそうなことを、章大の寝顔を見つめながら考えていた。
さっきまでの悪寒は消えて今は体が火照っている。喉が渇いたけれど、章大の向こう側にあるペットボトルに手を伸ばすと、章大を起こしてしまいそうで躊躇う。
そうしているうちに、目の前の章大が一瞬顔を歪めた。
その後ゆっくりと開いた目は、半分も開かないうちに私を捉えてまたすぐに閉じられた。
モゾモゾと布団の中で動いた章大の手が突然私の背中に回り、抱き寄せられキスをした。
...驚いた。その行動に、ではなくて、体温に。
私に触れた唇はひどく熱を持っていて、抱き締めたその腕からも、徐々に私以上の体温を感じ始めていた。
...そうだ。さっきからおかしかったんだ。熱があるのに、手を繋いで章大の手が温かいと感じるなんて。なんで気付かなかったんだろう。
絡められた熱い舌はいつもよりも早く離れて、章大が目を開けてペットボトルに手を伸ばした。
仰向けに寝転んだままの章大からそれを受け取って、ゆっくりと体を起こす。
「...章大も、飲まなきゃ」
『...いらん。#name1#に持って来たんやろ』
「...熱、測ったの、?」
章大の冷ややかな視線が私に向いて、そのまま目を閉じた。
「ちょっと!無視?」
『...るっさいわ、』
「なんで言わないの、」
『ええからはよ飲めや』
「話が先!」
『...ああ、そうなんや。口移しがええねんな?』
「ち、違う!」
私が持つペットボトルに伸ばし掛けた手を振り払いドリンクを流し込んだ。
ペットボトルから口を離した私をあまりにもじっと見つめるから、思わず目を逸らした。
「...なに、」
『少し下がったんちゃうの』
「...かも、」
『測ってみ、...なくてええか』
「それより、章」
『飲んだら送る』
「...送らなくていいよ、」
『送る』
「.............、」
『送るから』
体の熱さ以外体調の悪さを微塵も感じさせない章大は、起き上がってすぐに上着に袖を通した。そんな章大を見て、何となく急いで準備をする。私が早く帰らないと、ゆっくり休めないだろうから。
寒い。本当に寒い。
章大の家からたった50メートル。それでもいつもと比べ物にならないくらい、震える程寒い。
先を歩く章大の上着の裾を掴んだ。私より体温の高い章大だって、寒いはず。振り返った章大に手を伸ばすと、すぐに理解して私の手を握る。
『家すぐそこやん。...ほんまに甘ったれやな』
章大が前を向くときに笑った気がした。
繋がれた熱い手が家の前で解けると、章大が『じゃあ』と言った。
心配だけれど、あんまり言って欲しくなさそうだから迷って章大を見ると、章大も私を見つめていた。
『...なに』
「...あのさ、」
『キス?』
そうじゃない、と言う前に唇が軽く触れた。寒い分、余計に熱く感じる唇が若干震えていた。
「...暖かくして寝なきゃだめだよ?」
『誰に言うとんねん』
「...だから!熱、ちゃんと測って、」
『ないし』
「...あるよ、」
『人の事より自分の事考えろや』
「...章大もね、」
ふっと笑った章大が、もう一度キスをして手を振り背を向けた。暫く歩いて振り返った章大に
『はよ入れや!』
と怒られたから手を振って家に入った。
なぜそんなに熱があることを認めないのかわからない。...と思っていたけれど、私を優先するためだろうとわりとすぐに答えが見つかって、胸がソワソワした。
本当に私は大事にされているらしい。
翌日の正午頃、メールの受信音で目を覚ました。朝お母さんに、学校に電話しておくねと言って起こされてから、ずっと寝ていた。
昨日よりは体が楽になっていることに安堵して携帯を開くと、章大からのメール。“熱は?”という三文字だけのメールを見つめて熱を測り、体温と一緒に同じ三文字を送信する。
すると、受信音ではなく着信音が響いた。
「おはよ」
『...はよ。電話の方が早いやろ』
「うん。熱は?」
『...ていうか、会った方が早い。...開けて』
はっとして部屋を出て階段を駆け降りた。玄関のドアの前に立っていた章大があまりの速さに驚いている。
章大を部屋に上げると、ベッドに座って私を見た。
『よかったやん。下がって』
「...ありがとう。章大も休んだんだ?」
『...ん、何となく』
「熱は?」
『お前そればっかしやな』
教えてくれないからでしょ、と不貞腐れると手招きで呼ばれて隣に腰を下ろした。
すぐに肩に回った手に引き寄せられてキスをすると、口内に割り込んで来た舌に弄ばれる。
『...ないやろ。熱』
「...昨日はあった」
『もうええやん』
「なんで言ってくれないの、」
上目遣いみたいな角度なのに鋭い視線で私を見つめた章大は、一度目を逸らして私をベッドに押し付けた。
『帰る言うやろ』
「え?」
『俺も熱ある言うたら、#name1#、帰る言うやん』
そんなことを考えていたなんて思わなかった。ちょっと意外だ。驚いて言葉を失った私に見下すような視線を向け、章大が言う。
『思い出したやろ』
それは多分、昨日と同じシチュエーションのあの日のことを指していると思ったから頷いた。
『...俺も。めっちゃ思い出してた』
章大の顔が近づいて、私の唇に視線が落ちた。そのままゆっくりとキスをして、啄むように繰り返させる。
つまり何が言いたいのかはわからないけれど、思い出したから一緒に居たかったのかもしれないと、都合の良いように解釈した。
「...ありがとう、」
『#name1#、熱出ると何も出来ひんもんな』
そういう意味のありがとうじゃないと反論の言葉を口にしようとして、飲み込んだ。章大が珍しく、私の髪を撫でたから。
『俺がしたるから、お前はなんもせんでええわ』
手の優しさとは真逆の素っ気ない口調で酷く甘いことを言うから耳を疑った。
熱は下がったと思っていたのに、溶かされてしまいそうな程深く甘く絡みつくキスで再び体温を上げられた。
End.
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