幸せの体温
“ おはよう!
誕生日おめでとう!
プレゼントは、俺♡ ”
朝起きてすぐに届いたキス顔写メ付きのメッセージを見て、少し赤面。ほっぺたをほんのり赤く加工してハートマークが散りばめられた隆平のそのキス顔を漸く眺めてから、携帯を遠慮がちに布団の上に放り投げる。
...はっきり言って、拗ねてる。
深夜、0時を回ってすぐに鳴った受信音に携帯を開けばメッセージは友達からのもので、その後数件続いた受信音に期待してみたものの、その中に隆平からのメッセージはなかった。
付き合い始めてから最初のイベント。だから期待していた。この日の一番のメッセージは隆平からだと信じていた。友達から話を聞いたところによると、それが当たり前のことなのだと思っていたし、私にとってはそれが理想だった。
登校して一番に隆平のクラスを覗いたけれど、隆平はまだ来ていない。...まあ、いつものこと。遅刻ギリギリだったりは当たり前だから、いつもと同じなんだけど。
...けど、普段と違う1日を頭のどこかに思い描いてしまっていたから、少しだけ心にモヤモヤが生まれていた。
1時間目の授業が終わった休み時間も隆平が私の教室に来ることはなくて、さらに拗ねる。
4時間目の移動教室で隆平のクラスの前を通り、ちらりと隆平の机に目を向ければ、隆平のバッグが掛かっていたからますますイライラが募った。
...来てるなら、なんで私のとこに来て、おめでとうって直接言ってくれないの。
授業中にポケットの携帯が震えたからドキッとした。
隆平からですように。
...そんなことを考えたのは、内緒。
先生の目を盗んでこっそりと携帯を取り出せば、隆平からメッセージが届いていた。
“ 昼休み、屋上で一緒に食べよ ”
...なによ、今頃。...なんて思いながらも、少し安心している自分もいる。
それなのに、返信したのは“ わかった ”だけの、明らかに不機嫌そうなメッセージ。送ってからちょっと後悔したけれど、もう遅い。
『こら!走ったあかんよ』
授業が終わって教室へお弁当を取りに急いで廊下を走っていたら、養護教諭の安田先生に注意された。
「...はーい」
『あ、丸山くん、どうした?』
「え?」
『大丈夫やった?』
それに続けられた安田先生の言葉に目を丸くすれば、先生がふっと笑って言った。
『走らんように、急いでな』
「...うん、」
『...あ、こら!走らんの!』
「うん!」
そんなの無理。だって早く行かなきゃ。あ、待って!私、お弁当持って来てない!
けど、今はそんなこと言ってられない。どうだっていい。
階段を駆け上がって屋上の扉を開ければ、ブレザーの下に着たパーカーの袖に掌まで隠して手を擦り合わせながら、隆平がフェンスの前に立っていた。駆け寄ってその背中に後ろから抱き着けば、うぉ、と変な声を出して隆平が笑った。
『もー、びっくりするやんかぁ』
「..............、」
『#name1#、誕生日、おめでとぉ』
「..............、」
『...あれー?#name1#ちゃーん?』
お腹の前に回った私の手に隆平の温かい手が重なってポンポンと叩かれて、何だか涙が出てしまいそうだ。
『...ごめんなぁ?昨日さぁ、一番に電話したろ思っててんけどさぁ、気付いたら寝てもうてて』
「......うん、」
『...怒ってるよなぁ?ごめんな』
「怒ってる」
『...とりあえずさ、こっち向いて』
腕を解かれ手を引かれて隆平の前に立つと、睨むように隆平を見上げた。そんな私を見て困ったように笑い、隆平が頭を撫でてまたごめん、と言った。その手が妙に熱く感じたから手を掴んで頭から離し握る。
「なんで来たの」
『...えぇ?なんでって...』
「なんで無理して来たの」
『...ちょ、待って、』
「安田先生に聞いちゃった」
目を丸くした隆平が私を見つめた後、苦笑いを浮かべて目を逸らす。
「熱出てるから帰れって言ったのに、帰らないんだーって」
『...いや、そんなに高いわけちゃ』
「いつから」
『.......え、』
「いつから?」
『......昨日の、夕方、?』
しゅんとして伺うように私をちらりと見ながら言った隆平を鋭く睨み付けると、また困惑を浮かべながら機嫌を取るみたいに私に抱き着き左右に体を揺する。
『もぉー!怒らんといてー!』
「...............。」
『ほらー、やっぱり#name1#に会うたらめっちゃ元気なった!』
「...............。」
『怒らんといてやぁ、せっかくの誕生日やで...?』
隆平が悪いんじゃない。なんにも知らないで、心配もしないで、自分勝手に不機嫌を丸出しにしていた自分に苛立った。
もちろん、なんで隆平は熱があるのに私に何にも言わないで、その上無理して学校に来るの、とは思うけど。
...そんなの聞かなくたって答えはわかってる。私のため。私が誕生日だから、来てくれたに決まってる。
『ほら、#name1#!おめでと!』
「......好き」
『え!』
「.............、」
恥ずかしいけど、今伝えたくなったから言った。隆平の胸に赤くなった顔を埋めて背中に腕を回せば、隆平が呟くように言った。
『...普通、“ありがとう”やろ、』
「...いいでしょ、別に、」
『...ええよ、...むしろそっちの方が、...ええけど、』
すると、ぎゅっと体が隆平の腕に締め付けられて、隆平の熱い頬が私の頭にくっついた。体から徐々に伝わる普段よりも高い体温のせいで、私まで熱に浮かされたみたい。
『...来てよかったぁ』
むふふ、と笑った隆平があまりにもしみじみと言うから思わず頬が緩む。
いきなりその顔を覗き込まれて目を逸らすと、ふにゃりと笑った隆平が目を細めて私を見つめる。
『機嫌直ったなぁ』
弧を描いた唇が近付いてきたから目を閉じた。すると、唇の間近に感じた体温が消え、あ、という声で目を開けた。
『危なかったー!うっかり風邪うつすとこやった!』
片手で私を抱きながら自分の唇を掌で覆った隆平を見て、...ちょっとモヤモヤ。
「...プレゼントは?」
『あ、あのな、保健室からそのまま来たから教室に』
「そうじゃなくて」
『うん?』
「“プレゼントは、俺♡”って、言ったくせに...」
目を丸くした隆平がキョトンと私を見ているうちにキスをした。軽く触れただけなのに大袈裟に慌てたように引き剥がされたから恨めしげに隆平を見上げる。それなのに頬を赤らめてあまりにだらしない顔で笑うから隆平を睨む。
『...あー、幸せ』
...急にそんなことを言うから、妙に恥ずかしくなってまた胸に顔を埋める。
けど、嬉しい。私と居て幸せなんて。そんな風に笑ってくれるなんて、私も幸せ。
片手で頭を撫でられて顔を上げると、私を覗き込むように見た隆平と目が合ってドキリとした。すぐに掬い上げるように唇が触れる。
キスの前の表情がさっきまでの笑顔とまた違う、大人の顔をしていたからドキドキしてしょうがない。
『お前が誘ったんやで』
唇が触れたまま言われて、すぐに舌が滑り込む。隆平の舌が口内を這って私の舌を絡め取ると、溶かされてしまいそうな程に熱くて息が上がる。
プレゼントなんてこれで十分。他に何もいらないと思えるほど満たされたけれど、欲を言えばその腕でもっと強く抱き締めて欲しい。
End.
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