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……………

コンコンコン…


「ん?」

トイレを済ませたナイジェルが控え室へ戻ろうと廊下を歩いていると、先で待ち構えるように人が立っており

「………。」

黙ってその人物を見つめた。

サラとラストシーンの撮影を終えたばかりのリッキーだ。


「どうした?トイレはあっちだぞ」

「訊かないんですか?俺が今日、どうしてあんな事をしたのか」


「あんな事」とは恐らくサラにキスをした事。

彼の前まで進むナイジェルは、歩幅を狭めながらゆっくりと足を止めた。


「訊けば素直に教えてくれんのか?」

「………。」


黙ってお互いの顔を見合わせ、揺らめいているのはナイジェルの咥えているタバコの煙だけ。

そんな緊迫した空気の中、小さくため息を吐いたのはリッキーの方だった。


「最後のアドリブ…あれは演技なんかじゃありません。俺の本当の気持ちです」

「………。」

「貴方だってわかってたでしょ?撮影中のサラの態度、自分の時だけおかしかった事くらい」


その問いかけにも彼は何も答えない。

リッキーは構わず話を進める。


「ずっと嫉妬してました。貴方に。
俺と演技してる時は役に入り込んでいるのに、ナイジェルと演技している時は緊張で頭が真っ白になってるんだろうなって…見ててすぐわかりましたもん。

そのうち、俺と演技してる時も貴方の事を考え始めて…
あの最後のシーン。彼女、なんて台詞を間違えたと思います?」


聞こえなかったでしょ?と言うと、ナイジェルは答えが訊きたいのか首を軽く傾げた。


「貴方の役名を本名で呼ぼうとしたんです」

「………ッ…」


瞳孔が開く様子がはっきりと目に見えた。

リッキーは軽く視線を落としながら話を続ける。


「それだけ、貴方とニック先生の姿が重なったんでしょう」

「………。」

「でも…はっきり言って俺はそんな間違い聞きたくなかった。一瞬で我を忘れるくらいの憤りが体中に巡って…悔しくてたまらなくて、自分でも気がついたら」

「リッキー、お前。やっぱアイツの事好きなのか?」



「はい」


迷わずに答えた。

もう、この気持ちに嘘はない。

「彼女に対する感情は、憧れとか尊敬とか…もうそんな綺麗なものじゃありません。それだけはちゃんとわかっています」

「………。」

「貴方も…同じなんじゃないんですか?」


リッキーの質問に返事が返ってこない。

彼は全く目を合わせず、何かを考えているのかタバコをギュッと噛み締めている。


「前に聞きました。ジムから。ナイジェルが『自分は若さでもルックスでも勝てないけど』と言ってた事」


突然話題が変わり、ナイジェルは伏せていた瞳をようやくリッキーの顔へ合わせた。


「言ったな。そういえば…そんなクサい台詞」

「おかしな事を言わないでください」

「あ?」


思わぬ言葉に声が漏れる。

真剣な後輩の顔。

どうやら冗談ではなさそうだ。


「何言ってんだ?テメェ」

「若いとかルックスとか…そんなくだらないものを基準に、彼女が男性を選ぶわけないでしょう」

「……ッ…」

「そういう所で引け目を感じないでください。現に彼女は今までナイジェルの事を強く考えていた。
それは凄く悔しいけど…俺だって負けたくないんです」

「………。」


「今日の俺のキスは貴方への宣戦布告って奴です。俺が本気だって事、遊びなんかじゃないと伝える為に」

「…お前」

「あんまりボーッとしてると、奪っちゃうって事ですよ」


真っ直ぐナイジェルへと届いた宣戦布告の四文字。

受けた彼はまたも瞳を下にさげ、

「…はぁ」

いつもと変わらない、だるそうなため息をつく。


「相変わらず、何考えてんのか。よくわかんねーな、お前」

「それはお互い様です」

「わかった。お前がそこまで言うなら、俺も本気でいかせてもらう」

話が終わると、彼はリッキーを抜き去りさっさと廊下を歩き出した。


「後悔すんなよ」


ナイジェルが振り返ってニヤリと歯を見せて笑うと、リッキーも彼の表情に少しホッとしつつ、
「受けて立ちますよ」と言わんばかりに、口を閉じたまま笑みを見せた。




「ふたりとも!何してるの、もうバス来てるわよ!」


そこでタイミング良く、事の発端のサラの声が聞こえた。

迎えのバスがどうやら到着したらしい。


「よーしサラー。もう今日は遅いから一緒にホテルにでも泊まって帰ろうぜー」

「は…はぁ!?(怒)待ってください!誰がそこまでしていいと言いましたか!?」

「マジでいくっつっただろうが。こんなもんまだ初期レベルだ」

「初期レベルのレベル高すぎるでしょ!せめて『隣の席に座ろうぜ』的なノリにしてください!」

「何言ってるの、アンタ達。ちょ…あ、もう!待ってる皆怒り出してるじゃない!早く行くわよ、リッキー!ナイジェル!」




最後に彼女から名前を呼ばれるのはどちらなのだろう。

そんな先の事など全くわからないけど、

今はこの複雑な関係を楽しんでみようかな。

ふたりはお互い笑い合って、サラの背中を追いかけた。








〜出演〜


リチャード・バトル
リッキー・スターン


サリー・コストナー
サラ・ヒル


ニック・ジュベール
ナイジェル・ヨーク


ジェームズ・ウィアー
ジム・リバース


ビクトリア・ロシェット
ビッキー・スティール


ボブ・ライザチェック
ボビー・マローン


女生徒
キャサリン・アーサー
リザ・ライン
ローズ・クリスティー




男生徒
ビル・ロック
マーカー・バイソン
ソル・ルア





メイク、衣装
チャーリー・マーク
メリル・ラッセン
ジミー・スターフィールド


背景、美術
ナイジェル・ロスト


主題歌
「Love Romance」
歌:美空 七音
作詞作曲:美空 七音


日本語和訳
音羽


監督
ハリー・ウッド




本日の上映は全て終了致しました。


お忘れ物のないようご注意ください。


本日は足をお運び頂き、誠にありがとうございました。


fin


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