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「なぁ…ナイジェル」
メインルームのソファーに座り、電気しかない天井を見上げていたジム。
彼が普段よりも低めの声で話しかけたのは、唯一この部屋にいるもうひとりの男。
自販機でお茶を買っているナイジェルだ。
「なんだ?えらく機嫌の悪い声だな。腹でも痛いのか?」
「9年って長すぎると思う?」
唐突な質問に、自販機に手を突っ込みながら首を傾げるナイジェル。
「9年?何?お前彼女いない歴9年なの?」
「俺をナメてるのか?8年だよ」
「そーか。良かったな」
オッサン同士の華のない会話。
ジムの隣に座り、缶のタブを開けながら適当な顔つきでタバコの煙を吐く。
「…で?なんなんだ、その9年って」
「俺が気になってる女と俺の歳の差だ」
「んー19…ビッキーか」
「お前、馬鹿のくせに無駄な計算は早いんだな。馬鹿のくせに」
普段何も考えていないような面をして、こういう時は頭をフル回転させやがって。
嫌らしい彼の脳に軽くそっぽを向いた。
「へぇ。本当に好きなのか?あんなうるせーガキが」
「なんというか…好きとかそんなんじゃないんだ。一緒にいて楽しいっていうか、世話が焼けるってかそんな感じ」
なんだソレ。
自分が訊いてきたくせに、好きなのか嫌いなのかハッキリしろよ。
「面倒くせ」と頭を掻いたナイジェルだが、その目線の先に噂の人物が鼻歌を歌いながら歩いている姿がたまたま見えた。
「いーのか?あの女、今日こそリッキーに告白するとか宣言してたぞ?」
「宣言しなくても毎日してんだろ」
「いーのか?ボビーの野郎、今日こそビッキーちゃんに告白するとか喚いてんぞ?」
「大丈夫。安全地帯だ」
「ん?」
あれは…
彼女の通った後ろの壁にかかってあるもの。
海の絵が描かれたカレンダーを見て、ナイジェルは再び黙り込んだ。
「おい。どうした?」
ジムはそんな彼の異変に気づき肩を叩く。
その瞬間…
ガッ
自分の肩に乗っている手と、それに繋がる腕を突然掴み
ガシャ―――ン!!!
ビッキー「イヤァァッ!!!なっ…何ぃ!?」
ナイジェルは歩いていたビッキーの目の前まで、壁にヒビが入る程強く男を投げ飛ばしていた。
「ちょっ!ロベルト!何なの、一体!」
「ゲホッ!俺はジ…イテテッ!おい、ナイジェル!何しやが…」
ナイジェル「ビッキーちゃーん。ソイツお前の事がなぁ」
「ちょっ!わあああああ!ダメダメダメダメ!!!」
ジムは座り込んだまま、必死に男の意味不明な言動を阻止しようとするが…
「あっ、リッキー!」
ビッキーは捨て猫を拾って帰ってきたリッキーを見つけるや否や、目下にいる地味男を踏みつけて、あっさり愛しの猫マニアの元へ走って行ってしまった。
「…………。」
だらしなく床に座り込んでいるジムにナイジェルは黙って近づく。
そして悔しそうに小声で呟いた。
「惜しい」
「何が!?」
訳もわからぬまま突然壁に投げ飛ばされた上に、自分の隠している気持ちを相手に暴露させられそうになったのだ。
怒るのは当然。
しかし当のナイジェル本人の表情には反省の色はまるでない。
相変わらずこの男は、何を考えているのか長年一緒にいるのにさっぱりわからない。
物凄いドS人間なのか、はたまた単純に人をからかって遊ぶのが趣味なのか…
「お前、カレンダー見てみろよ」
「は?」
なんやかんや関係のない事を考えていると、返事に力が入らなくなり、自分でも情けないと思う程の声が聞こえた。
それより、カレンダーって?
ジムは自分の衝突した壁を見上げる。
あれ?
今日の日付の欄が大きなオレンジ色のハートで可愛らしく囲まれている?
「何だ、このマーク?バレンタイン?いや、違うか」
「今日はビッキーが初めて俺らの仲間に入った日だ。
自分でこんなに派手に書き込んでるくせに、あいつアホだからもう忘れてるらしいな」
一時考え込んだジムは、彼の思惑がわかったらしく両手をポンと叩いた。
「あ、なるほど!『皆忘れてるけど、俺はちゃんと覚えてるぜ!』みたいな感じでいけば良いんだ」
「言い方は気持ち悪いけど、あながち間違ってはいねーな。運良く王子様のリッキー君もその事に気づいてねぇみてーだし。その代わり条件は今日だけだ。まぁ、頑張れや」
「用は済んだ、後は自分でなんとかしろ」と言わんばかりに、頭をボリボリ掻きながら外へ出て行こうとするナイジェル。
「ちょっと待て!」
そんな彼の肩をまたもやガッと掴み、強く引き戻すジム。
「んだよ。俺近所のババァから呼び出しくらってんだ。早く行かなきゃシバかれ…」
「愛の告白って、どうすればいいの?」
「は?」
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