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……………
「はぁ。俺の言い方が悪いのかなぁ」
小さく独り言を漏らしながら、自動販売機で2本目の炭酸飲料を買った。
アイツはやっぱり俺の事なんてただのお兄ちゃんとかお節介としか思ってなくて
ああいういかにもイケメン類の男しか目に入らないんだろう。
改めてそれを実感すると、正直情けない気持ちしか沸いてこない。
俺がいくらあの小娘を想ったって、結局は無駄に体力と時間を使ってしまっているという事だ。
「はぁ。なんで俺はイケメンに生まれてこなかったんだ…」
近くに設置してあった鏡で自分の顔を見て、がっくしと肩を落とした。
「ねぇ、ママ!あの人泳ぐの下手ー!」
プールサイドを無気力で歩いていると、隣を横切った親子連れの声が耳に入った。
「え?あら、本当。変な泳ぎか……っ…ちょっと待って。あれ…」
母親の返事が突然止まり、ジムも気になって親子の目線の先を自然と追った。
「溺れてるんじゃない!?」
「……ッ!」
目にその光景がはっきりと映り、ペットボトルが手から滑り落ちた。
その瞬間に中身がドバッと零れてしまう。
見覚えのある女性が水の中を必死にもがき、そして
プールの底に沈んだ。
「溺れるってなぁに?」
「ちょっ…誰か!誰か来ッ…」
「ビッキー!!!!」
子どもの親が慌てふためく中、ジムは無意識のうちに走り出していた。
「すいません、これ借ります!」
「え、ちょっと!?」
見知らぬおばさんから浮き輪を取り上げ、勢いよく水の中へとダイブ。
急げッ…!
急げッ…!!
急げッ…!!!Σ
鼻に水が入っても全く痛みを感じない。
それ程何も考えられなくて、浮き輪を握って足の届かない深いプールを必死に泳いだ。
暗い水の底。
何もない、無の世界。
自分が生きているのか死んでいるのかさえわからない。
周りは真っ暗。
怖い…
こんな場所にひとり置いて行かれたくない…
…ジムッ……
助けて…
助けてッ…!
そのまま、私の意識は徐々に消えてしまった。
「退いてくれッ!Σ人が溺れてんだッ!!Σ」
プールを楽しく泳いでいるたくさんの人間は、まだその事態に気がついていない。
俺が泳ぎながら大声で叫んでも、辺りがザワザワしすぎて自分の声でさえほとんど聞こえない状態。
そのおかげでなかなか群衆から前に進めず、無駄に時間だけを食ってしまっている。
「退いてくれッ!Σ」
「キャーッ!楽しい!」
「こっち!トール来て来てー!」
「人が溺れてるんだ、頼むから退いてくれ!!」
大勢の人間をかきわけながら無我夢中に泳ぐ。
ビッキーがッ…
このままだと…!
ポコッ…
ポコッ…
彼女が沈んだ場所から少量だが泡が浮き上がっている。
「ビッキー!」
泳ぎながら彼女の名前を叫び…
ザバンッ!!
ようやく水の底へ沈んでいた手を握り、精一杯の力で引き上げた。
「ビッキー!煤v
ようやく見る事の出来た彼女の顔。
しかし唇は紫に変色していて、まるで人形みたいに首がグッタリしている。
自ら動く気配がない。
彼女の死人のような顔に、恐怖で全身に鳥肌が立った。
「ビッキー!?ビッキー!起きろ!!Σ」
何度名前を呼びかけても全く目を覚まさない。
その状況にようやく気づき、近くにいる人から徐々に会話が途絶え始める。
意識のない彼女の体を借りてきた浮き輪に乗せて、ジムはプールサイドまで泳ぎ始める。
「ビッキー!ビッキー!!Σ」
戻る途中に何度も呼びかけたが、やはり返事は返ってこない。
周りの人々が心配そうにこちらを見ている。
「こっちだ!早く!!」
見知らぬおじさん達が手招きをしてくれて、ジムはようやく水の中からビッキーを引き上げた。
床に寝せても体は全く動かない。
「大丈夫ですか!煤v
周りの群集をかき分けて、監視員の女性が駆け寄ってきた。
「いくら呼んでも目を覚まさないんです!どうすればいいですか!?」
「落ち着いてください!」
女性はビッキーの顔を見て思わず息を飲んだ。
このままじゃ危ない…。
状況を確認して、急いで人工呼吸を開始する。
胸の下に手を合わせて何度もマッサージを行い
顎を引き、鼻を摘んで口から空気を吸う。
何度も何度も…
息を吹き返す事を信じて。
「………っ…」
藁にもすがりたい思いだった。
人工呼吸をされている彼女の姿を見ると、最悪な状況ばかりが脳裏に浮かんでくる。
頼む…助かってくれ…!
こんな所でお前と別れるなんて、とてもじゃないが考えられない!
さっきケンカした事も、ムカついた事も全部忘れてただただ祈った。
俺が代わりにこの状態になって彼女が助かるというのなら、俺は喜んで代わってやりたいのに…
ビッキーの指はピクリとも動かない。瞼を上げてくれない。
いつもみたいに生意気な口調で言い返してくれない。
何も考えられなくて涙も出なかった。
「ゴホッ…!ゲホッ!!煤v
彼女の口から水が漏れた。
一瞬目を疑ったが、確かに目の前の女性は酷く咳き込み、口から詰まっていた水を吐き出す。
「ビッキー!?」
「ゴホッ!ゴホッ!……っ…」
苦しくて意識が朦朧とする中、視界にうっすらとその姿が映る。
「……ジム…?」
「…ビッキー!」
彼女は目を覚ました。
涙が堪えられず、ジムはキツくビッキーの体を抱き締めた。
人工呼吸をしてくれた監視員も、安心したのか床にペタリとお尻をつける。
「良かったですね…!これでもう大丈夫です」
「ありがとうございます!本当に…ありがとうございます!」
周りの人達からも喜びの拍手が送られ、ビッキーはなんとか一命を取り留める事が出来た。
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